第171話「神は、私の物ね」

「貴女たちがガモンの言っていた変わったお客さんね」


 サクヤはララ達の顔を順に見て何度か頷く。

 ガモンが自分たちのことをどう伝えていたのかララは少し気になったが、追求するにしても今では無い。


「はじめまして。私はララよ。今回、カミシロに行きたいって言ったのは私なの」


 ララは三人を代表してサクヤに話しかける。

 その言葉に彼女も納得する。


「それじゃ、赤髪の人がイールで金髪の人がロミね」

「そうそう。イールは傭兵で、ロミは神官よ」


 おおよそのことはガモンから聞いていたのだろう。

 サクヤはふむふむと頷き他の二人の名前も言い当てる。


「早速本題に入らせて貰うんだけど、カムイの件は誰に聞いたらいいのかしら」


 サクヤの黒い瞳が光り、四人を見る。

 彼女が、ガモンに拡大するカムイの謎を調査するよう言い渡した大元なのだろう。


「その件については、儂がこれに纏めました。お目通し頂きたい」


 ガモンが懐から折りたたんだ紙を取り出して言う。

 サクヤはそれを受け取ると、素早く目を動かして文字を追った。


「蒼灯の灯台が、カムイの増幅に……。ああ、ララ達が調査してくれたのね」

「随分読むのが速いのね」

「こんな仕事してると速読は自然と身についちゃうのよ。職業病ね」


 思わず漏らされたララの言葉に、サクヤは目を離さずに答えた。


「ねえ、ララ。この蒼灯の灯台のことについて詳しく知りたいわ」

「分かったわ。まず、蒼灯の灯台の光は、普通とは少し違うの。古代遺失技術のように異常な力を持っていて、その光には純粋な魔力が含まれてる」

「カムイの波がギリギリその灯台に到達したら、その純粋な魔力がカムイの影響に晒される?」

「そういうことね。カムイの力を持った灯台の光が、あたりにまき散らされる。それによって、更に範囲は拡大していったんだと、私たちは結論付けてるわ」


 ララの説明に、サクヤは顎に指を添えて俯く。

 彼女の頭の中では、今様々な思考が交錯しているのだろう。

 無言のまま、しばらくの時間が過ぎる。

 静かな室内に、風に擦れる木々の音だけが窓越しに響く。


「ねえ、ララはカムイの発生源を知ってるの?」

「分からないわ。ただ、発生源かもしれないような物に心当たりがないと言えば嘘になる。だからこうやって大陸からやって来たの」

「そう……」


 ララの言葉に、またサクヤは押し黙る。

 一度扉が開き、お盆を携えた無貌の者が温かいお茶の入った人数分の湯飲みを置いていった。


「カムイは、太古の昔から存在してる。それこそカミシロという歴史が始まる以前から。おおよそ年に一度、一定の周期で島の魔獣達が活発化するの。だけど、その範囲は回を重ねる事に強く広くなっていってるって気が付いたのはつい数年前の事よ」

「どうして範囲が拡大してることに気が付けたの?」

「アルトレットとの貿易をするようになって、沿岸部の魔獣も活発化し始めたからよ」

「ギリギリ大陸に届いちまった訳か」

「そういうことね」


 サクヤは悔しそうに唇を噛んで頷く。

 島の最高責任者とも言える彼女は、カムイの影響が遠い大陸に及んだことに少なくない責任を感じていた。


「ここからは私の持論よ」


 そう前置きして、サクヤは言葉を続けた。


「カムイは多分、何かを探してる。それは魔獣の王かもしれないし、何か強力な古代遺失技術かもしれない。それを探すための目であり足であるのがあのカムイなんだと思う。だからカムイは徐々にその範囲を拡大しているんだわ。見つからないから、より広範囲に」

「探してる、ね……」


 サクヤの意見に、ララは頷く。


「そういえば、緑珠院に来る時に全身の力が抜けて倒れちゃったんだけど、サクヤは何か心当たりあるかしら?」


 全員が押し黙り、これ以上は話が進まないと判断してララが話題を変える。

 サクヤはそれを聞いて首傾げた。


「全身の力が? うーん、ちょっと分からないわ……」

「緑珠院の敷地内になにか結界的な魔法が掛けられてるわけじゃないのね」

「一応防犯用の物は沢山掛かってるわ。けどそう言った呪術系統の結界は使ってないはずよ」

「そういう結界があったらわたしが気が付いてますよ。あんまり上手く隠されてると自信ないですけど」

「そっか……。うーん、なんだったんだろ」


 少し頬を膨らませて主張するロミを慰めて、ララは考え込む。

 緑珠院の設置した結界の効果ではないとしたら、いったいあれの原因は何だったのだろうか。


「ま、そのうちぽろっと分かるかも知れないし、今はいいわ」

「そう? 一応、こちらでも警備を見直しておくわ」


 あっけらかんと言い放つララに、サクヤは若干しこりを残しつつも頷く。

 そうして、ひとまずこの場は解散する流れとなった。


「船旅で疲れてるところを無理言っちゃって、ごめんなさいね」

「いやいや。巫女様からのお言葉とあらば、たとえ火の中水の中ですわい」


 労うサクヤに、ガモンは慌てて手を振る。

 そんな忠臣に彼女はくすりと嬉しそうに微笑して、改めて感謝を示した。


「ララ達もありがとう。カムイの件はこちらで更に調べるわ」

「巫女様も大変そうね」

「これが仕事だもの」


 ララの言葉に、サクヤはおどけた様子で言う。

 そこで彼女はあっと口を開くと、思い出したように言った。


「そうだ。ララだけちょっと残っててくれないかな?」

「私だけ? イールやロミは?」

「申し訳ないけど、客間で待っててくれない?」

「分かった。あたしとロミは先に戻っとくよ」

「一足先にのんびりしてますね」


 サクヤの要請に、イールとロミはすぐに頷く。

 そうして彼女たちはガモンと共に部屋を出た。


「決断早いわね、あの二人……」

「信頼されてるって事よ」

「ほんとかなぁ」


 残されたララは、しばし呆然と扉を見つめる。

 正直に言えば自分も早く帰って一眠りしたかった。


「それで、私だけ引き留めた訳は何かしら?」

「まあまあ、とりあえず座って頂戴」


 サクヤの言葉に従って、ララはまた元の席に戻る。


「ふぅ、緊張した」

「緊張したって、ガモン船長とかに会っただけでしょう?」


 大きく息を吐き出すサクヤに、ララが突っ込む。

 その言葉に彼女は分かってないと言いたげに首を振った。


「巫女様っていうのは基本あんまりお客さんとかと会ったりしないのよ。大体は他の院の人とか無貌の人たちとかなの」

「へぇ、そういうものなのね。じゃあ私たちが今日会ったのは特例なの?」

「そうそう。私がどうしてもあなたに会いたいと思ったからね」

「あなたって、私のこと?」


 てっきり珍しい異国の客を見たいのかと思っていたララは首を傾げる。


「そう。ずっと待ってたの。私たち巫女はずっと。神が探し求めるただ一人の少女をね。今回私が無理を通して貴女たちに会ったのも、そのためよ」


 サクヤは言う。


「そう、あなたよ。銀髪に青い瞳、まさしくあなた。待ってたわ、ララさん」


 サクヤは笑う。

 それは予言などでは無かった。

 あらかじめ、彼女はララの容姿を知っていたのだ。


「もっと大きい人なのかと思ったけど、案外小柄で可愛らしいのね」

「……なんで、知ってるの?」


 ララが動揺を抑えて尋ねる。

 サクヤは椅子に座り、答える。


「カミシロの神が教えてくれるのよ」

「カミシロの神……。洞窟の奥にあるんだったかしら?」

「そう。巫女は一日の半分をそこで過ごす。そこで巫女は、神の声を読むのよ」

「神の声を、読む……?」

「段々分かってきた顔ね」


 サクヤの言葉は、自然にララの中へと溶け込んでいく。

 それらは全て、彼女の推測を補強する材料にしかならない。


「多分、私はその神の声とやらを読めるんでしょうね」

「それどころか、神を目覚めさせることもできるでしょう?」


 サクヤの言葉に、ララは否定できなかった。

 その代わり、彼女は絞り出すようにして言葉を放った。


「神は、私の物ね」

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