第113話「本職の人が言うなら安心ね」
ピアの鑑定は素人目から見ても手慣れたプロの物だった。
まず始めにマリンリザードの背中を覆う緑の鱗を検視する。
艶や傷の有無をそれで確かめる。
その後に指先でそっと撫でて感触を確かめる。
白手袋を通して微細な違和感も逃さない。
そうして全体を俯瞰した後に、個々の部位の鑑定へと移る。
前後の足先の爪、目の濁り具合、鋭く並んだ牙、尻尾。
多岐に渡る項目を瞬時に見抜き、彼女は手元のメモ帳にそれらの結果を書き連ねていく。
「すごい……。何がどうすごいのかは分からないけど」
自分だけの世界に没入し、無言で作業を進めるピアにララは無意識に喉を鳴らした。
戦闘中のイールや、呪文を詠唱するロミを見ていても感じる、ある種の憧憬である。
道を極めた者が自然と醸す、正体不明の雰囲気。
気迫とも言い換えられるその空気を、ララは今まさに全身の肌で感じ取っていた。
「こればっかりは、ナノマシンに頼り切りの私には至れないよね」
少々の諦めを含め、ララは口の中でつぶやく。
それは彼女にはどうやっても手にすることのできない高嶺の花だった。
「ララさん? どうかしましたか」
肩を落とすララに気が付いたロミが小声で言う。
ララは慌てて頭を振ると取り繕うように笑った。
「ううん、なんでもないわ。ちょっと見とれてて」
「そうですか。確かにピアさんの手さばきは流石ですよね」
ロミはピアへと視線を移すと、うっとりとした表情で言う。
そんなことをしている間にも彼女は次々とマリンリザードの鑑定を進め、早くも折り返しへと迫っていた。
「あら……?」
ふと、ピアの手が唐突に止まる。
何かを確かめるように、彼女の手がふにふにとマリンリザードの白い腹を数度揉んだ。
「なにか問題でもあったか?」
後ろで見守っていたイールが少し焦ったように駆け寄る。
「いえ、問題はありません。ただ、少々珍しいものを見つけたようです」
「少々珍しいもの?」
ピアの台詞に、三人は揃って首を傾げる。
彼女は懐に手を入れ、細い刃のナイフを取り出した。
「すみません。少し、この個体に刃を入れてもよろしいでしょうか? この個体は状態もいいので相場の三割り増しで価格を付けますので」
「ああ。それくらいなら別にいいが……」
冷静に見えるピアの表情だが、彼女の言葉には隠しきれない興奮が見えた。
イールは若干気圧されるように頷く。
少し遅れてララとロミも頷いていた。
「ありがとうございます。では、失礼して……」
三人の了承を得られたことを確認して、ピアはそっとマリンリザードの腹にナイフを沿わせる。
銀に輝く鋭利な刃が、すっと沈むように皮を断つ。
血管をうまく外しているのか、血が流れることはなかった。
「ふむ……」
何かを探るように空いた手を添えて、ピアがナイフを滑らせる。
腹の中から内蔵が露わになる。
それらを掻き出し、ピアはなおも探し続ける。
「どうしたんでしょうか」
「さあ……」
真剣な顔の彼女に、見守るララとロミも緊張の面もちである。
ララが額に滲む汗を拭おうと右腕を伸ばしかけたその時、ピアが声を上げた。
「ありました!」
彼女は指先を腹の中に突っ込むと、ぱっと表情を明るくする。
マリンリザードの腹から抜き出された彼女の指先には、小さな薄い水色の玉があった。
「それはなんなんだ?」
二人も浮かべた当然の疑問をイールが代弁する。
ピアは大切そうにその玉を手のひらに転がすと、誇らしげに解説した。
「これは竜玉です! 話には聞いていましたが、まさか本当にマリンリザードから採れるとは」
「竜玉!?」
「りゅ、竜玉ですか!?」
「え、何。これ常識的なお話なのかしら。えっと……りゅ、竜玉!?」
立て続けに驚愕の声を上げるイールとロミ。
戸惑いながらもそれに合わせるララである。
「で、その竜玉って一体全体どういうものなの?」
素直に尋ねるララに、ピアは不快の色さえ見せずに弾む声色で語る。
「竜種の体内からたまに見つかる、魔力の凝固した物体です。大抵はレッドドラゴンのような竜種、もしくはワイバーンを始めとする亜竜種から見つかるんです」
「竜に、亜竜……。亜竜はさっきエドワードにそれの皮のグローブを貸して貰ったわね」
先ほどの釣具屋の男を思いだし、ララが言う。
彼がマリンリザード釣りに際して貸し出してくれた道具の中に、亜竜の皮で作ったという頑丈なグローブがあった。
そんなララの言葉に、ピアは頷く。
「竜種の素材は総じて優秀なことで知られています。亜竜もそれには及びませんが、一級品ですね。牙は希少な霊薬の素材に、鱗は鉄よりも堅く皮よりも軽い防具に、といった具合です」
「ふむふむ。それじゃああのグローブもなかなか高価な物だったのね」
「ま、全体の貸し出し料で結構いい金額したからな」
支払いも担当しているイールが少々苦い顔で言う。
しかしまあ大きな出費ではあったがその分リターンも大きい。
「けど、マリンリザードって竜には見えないけど……」
「そうですね。マリンリザードはリザード種に分類される魔獣です。リザード種は別名を魔蜥蜴種と言って、まあ端的に言えば魔法の使える蜥蜴です」
簡潔に言うピアの説明に、ララは頷く。
確かにマリンリザードは外見からして泳ぐ蜥蜴である。
「ですが、最近の研究でリザード種は太古の時代に竜種から分岐したと分かったのです。竜、亜竜は絶大な力を持つ代わりに生殖能力が低く、絶対的な個体数が少ないのですが、リザード種は力を多く失う代わりに数を増やすことを選んだ種族なのです」
「質より量ってことね」
ララの言葉に、ピアは嬉しそうに頷く。
つまるところ、竜種と亜竜種とリザード種は根を同じくする親戚なのだった。
「と言うわけで、リザード種であるマリンリザードの体内からも極々希に竜種や亜竜種に見られる竜玉が見つかる可能性があったのです」
「ふむふむ。そういうことね」
「今回見つかったこれは、紛うこと無き竜玉です。つまり竜種とリザード種の相関が裏付けされる証拠なのです!」
頬を紅潮させ、ピアはララに迫るようにして言う。
その気迫に押され、ララはピンと背筋を伸ばした。
「そ、それで、その竜玉って見つかると何かいいことはあるの?」
そんなララの素朴な疑問に、ピアは一転してうっと詰まる。
なおも首を傾げるララに、ピアは気乗りしない様子で答えた。
「本来竜種から採れる竜玉はもっと大きな物です。最低でも人間の頭くらいはあるでしょうか」
「結構大きいのねぇ……」
おもむろに隣に立つロミの顔を眺め、ララが言う。
それに気が付いたロミは顔を赤くして手で覆った。
「うぅ、どうせわたしはほっぺた膨れてますよぉ」
「そ、そんなこと言ってないよ!?」
涙目でいじけるロミを、ララは慌てて慰める。
そんな彼女たちに構わず、ピアは話を続けた。
「それと比べると、この竜玉はかなり小さいですね。それはまあ、力を捨てたリザード種の宿命でしょう。竜玉は魔力の凝固した物なので、魔導具や魔法具、魔法触媒等によく使われますが、これは流石にそういった用途に耐えられるほどでもありません」
「だとすると、あんまり価値はないのか?」
イールが疑問を口に出すと、ピアはすかさず首を横に振った。
「この竜玉の真の価値は、魔獣研究の場にあります。先ほども申し上げたとおり、竜種とリザード種を関係付ける決定的な証拠となりえるので、学術的価値はかなり高いです」
「……と、なると」
キラリとイールの琥珀色の瞳が怪しく光る。
それに答えるように、ピアもまた薄い笑みを浮かべた。
「これほどのお値段で買い取らせていただけないかと」
さらさらとメモ帳に記された金額。
ゼロのいくつも並ぶ数字を見て、イールはさっと左腕をつきだした。
「乗った」
「ご理解いただけて幸甚の至りでございます」
二人は堅く手を交わし、どちらとも無く頷いた。
どちらにとっても得をする、相互利益享受関係が瞬時に構築されていた。
「それでは、鮮度が落ちないうちに残りの個体も調べさせていただきますね」
「ああ。よろしく頼む」
ほくほくとした様子のイールが頷き、キラキラと目を輝かせたピアは鑑定に戻る。
ピアは珍しい物を見つけることのできた興奮を胸に、クールな仮面を若干外しかけながらも正確な鑑定を続けた。
そうして、残りのマリンリザードの鑑定も恙なく終了した。
「マリンリザード全二十六匹の鑑定、終了しました。随分と状態もよく見やすかったですよ」
少々の時間を経て、白手袋を外しながらピアがそう宣言する。
残念ながら残りのマリンリザードから新たな竜玉は見つからなかったが、思わぬ幸運に見舞われた三人であった。
「それでは今回の依頼は無制限駆除ということで、これらの個体の処分はイールさんたちの好きなようにできますがどういたしましょうか」
「貰っても困るし、あたしは全部売却でいいと思うが?」
「私もそれでいいわよ」
「わ、わたしも大丈夫です!」
顔だけ振り返るイールに、ララとロミが答える。
三人の意見も一致していることもあり、全てのマリンリザードはギルドが購入することとなった。
「それでは全部併せて、これくらいの金額ですね」
鑑定結果を鑑みて、ピアがメモ帳にペンを走らせる。
そこに記された金額は、彼女たちがの予想を遙かに上回るものだった。
「竜玉の売価があるとはいえ、かなりいいお値段ね」
驚いて言うララに、ピアは不思議そうな顔で答える。
「状態も良く、鮮度も十分。これくらいの金額が妥当だと考えていますが」
「本職の人が言うなら安心ね。ありがとう」
「いえいえ、こちらも仕事ですので」
そうしてマリンリザードは全てギルドへと渡った。
一度建物へと戻ったピアから、イールが代表して報酬の入った袋を受け取る。
「ありがとう。世話になった」
「こちらこそ、良いものを見せていただきました」
なおも興奮さめやらぬ様子のピアに、イールは苦笑する。
とはいえ望外の大金が懐に転がり込んだ三人である。
昼食は豪勢な物にしようと既に算段を整え始めていた。
「それではお気をつけて」
丁寧なお辞儀をするピアと別れ、三人はギルドの裏庭を出る。
彼女たちが雑踏に紛れ見えなくなるまで、ピアは完爾として見続けていた。
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