第112話「ああ。よろしく頼むよ」

 限界を越えた重量に、車軸が悲鳴を上げる。

 絶えずギィギィと不穏な音をならしながらゆっくりと進む大きな荷車に、町中を歩いている人々は驚きながら道を譲る。


「おうおう、勝手に人が割れて道が出来てるな」


 まるで貴族にでもなったような気分だと、イールがほくほくとした表情で言った。

 荷車のすぐ隣を緊張の面もちで歩いていたロミは乾いた笑みを浮かべる。


「なんだか注目されてて恥ずかしいですね」

「別に悪い事したわけじゃないし、胸張ってればいいのよ」


 荷車の後ろから両手で押しながら歩くララが軽い口調で応えた。

 荷台に満載されているのは、先ほど釣り上げたばかりの海の厄介者、マリンリザード。

 彼女たちは今、それを傭兵ギルドへ運んでいる真っ最中だった。


「しかし、こんな大荷物突然持って行っても受け入れてもらえるの?」


 見上げるほどうず高く積み重なったマリンリザードの山を見上げ、ララが言う。


「大丈夫さ。何も正面からカチ込む訳じゃない」

「あ、そうなんだ。どこか別に窓口でもあるの?」

「ギルドの裏がそんな感じだな。こういう数の多い魔獣の納品とかはそっちでやるんだ」


 初めて聞くギルドのシステムに、ララは感心して声を上げる。

 確かに、手紙の運搬や事後報告だけでいい依頼ならギルドの受付でも簡単にできるが、今回のように場所をとる上生臭い物を持って行くのは些か周囲に迷惑を掛ける。

 なるほど上手くできているものだ、とララは鷹揚に頷いた。


「それじゃあわたしたちも、そのギルドの裏手に回るんですよね」

「そういうことになるな。そっちにいったら大抵は広い裏庭があって、そこに職員が待ちかまえてるのさ」


 そう言うわけで三人は通りを進む。

 相変わらず人々からは好奇の目を向けられるが、それはこの際仕方がなかった。

 むしろそうして人の注目を集めることで、進路の先々にまで話が行き届き、次第に道が開いていって都合が良かった。


「ほら、ギルドが見えてきたぞ」


 いつしか通りの風景は見覚えのあるものになり、傭兵ギルドが現れる。

 三人は荷車を牽いて裏手へ回る。


「ほんとだ、結構広い庭があるのね」


 ギルドの裏には、イールの言ったように広い庭があった。

 舗装も何もされていない、ただ土が踏み固められただけの質素な土地だ。

 だがそこには彼女たちのように荷車を側に置いた傭兵や、血生臭い麻袋を携える傭兵の姿が見られる。

 確かにここにいる人たちがギルドの正面玄関をくぐって受付に並んだら阿鼻叫喚の図になるな、とララは少しの戦慄を覚える。


「それじゃああたしはちょっと手続きしてくるから、その辺で待っててくれ」

「了解。気をつけてね」

「責任を持って守らせていただきます!」


 荷車に寄りかかって体を休めるララとロミと別れ、イールはギルド職員のいるところへ向かう。

 彼女の長い赤髪を見送って、ララは大きなため息をついた。

 そんな気の抜けたような様子を見て、ロミはふふっと小さく吹き出す。


「流石に少し疲れましたか?」

「そうだねぇ。エネルギーもちょっと使いすぎたかも」


 電撃の消費エネルギーはそれほど負担にはならないが、これほどの重量である。

 身体強化に少なくないリソースを割いていたため、ララの表情は若干ぐったりとしたものになっていた。


「もうお昼時ですし、わたしもちょっとおなかが空きました」

「そっか、もうそんな時間なのね」


 ララが思い出したように頭上を見上げる。

 突き抜けるような高い青空に、柔らかな綿雲が浮かんでいる。

 燦々と光を投げる太陽は、天頂を少しすぎていた。


「納品が終わったら、どこかで何か食べましょうか」

「賛成! 今回ので懐は暖かくなるしね」


 状態のいいマリンリザードを売れば、かなりの金になる。

 今日の昼は豪勢にいこうとララは早くも胸を踊らせていた。

 そこへ、イールがギルドの黒い制服に身を包んだ職員と共に帰ってきた。

 ララとロミは荷車に預けていた背中を直し、やってきた金髪の麗人に会釈する。


「そら、鑑定人を連れてきたぞ」

「こんにちは。ギルド専属鑑定人のピアと申します」


 ピアと名乗った女性は、品のいいお辞儀で二人と邂逅した。

 ギルド専属鑑定人という言葉に、ララは疑問符を浮かべる。

 それに目敏く気が付いたピアは薄く唇を曲げた。


「ギルド専属鑑定人は、今回のような物納依頼の際に納品された物品の状態を確認する職員です。私は魔獣、特に水棲魔獣の専門ですが、他にも数多くの専門家がいるのですよ」

「へぇ。それじゃあピアが私達の釣ったマリンリザードの値段を見定めてくれるって言うことね」

「そういうことになりますね」


 飲み込みの早いララに、ピアは満足そうに頷いた。

 この身長の高い麗人は、かなり自分の仕事に誇りを抱いているようだった。


「それで、イールさんたちが納品するマリンリザードはこちらですね」


 積み上げられた山を見上げ、ピアが言う。

 三人が揃って頷くと、彼女は苦笑した。


「なかなかこの数を持ってきてくださる方は珍しいので、久しぶりに腕が鳴りますね」

「な、なんだか楽しそうね」


 瞳の奥にメラメラと燃えさかる炎を幻視してララがひくりと頬を痙攣させる。

 そんな彼女に気付くこともなく、ピアは早速懐からルーペと白手袋を取り出した。


「それでは、鑑定を始めますね」

「ああ。よろしく頼むよ」


 三人の見守る中、ピアは荷車の前に立つ。

 そびえ立つ山と対峙し、彼女の背中は燃えていた。


「えっとその前に、一つお願いできますか? マリンリザードを地面に降ろしてほしいのですが……」


 ピアが申し訳なさそうに振り返り、三人に頼む。

 確かにこの状態では見るものも見られないなと、慌てて三人は荷車からマリンリザードを降ろした。


「それでは、気を取り直して……」


 仕切り直しである。

 今度こそピアは真剣な表情になると、最初の一匹目に手を添えた。

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