第29話「さぁ、始めようじゃないか」

「……本当にララさんを置いていって良かったんですか」


 村から続く細い土道を走りながら、ロミが言う。

 不安と心配の色を顔に浮かべ、併走しているイールを見る。


「大丈夫だよ。ララにはララのやるべきことがあったんだろ」


 少しの疑いも浮かべずに、イールは即座に言い切る。

 少ない時間だがララと寝食を共にして、二人には強固な信頼関係が築かれていた。


「あたしたちは、あたしたちのやるべきことをやればいいのさ」

「……それもそうですね」


 イールの言葉にうなずき、ロミは前を向く。

 ララが男たちを見つけた場所は、まだまだ遠い。


「しかし、神聖魔法ってやつは便利だな」


 足を動かしながら、感心したようにイールは言う。

 彼女たちは常人を遙かに越える速度を維持して草原を駆け抜けていた。

 それを可能にしているのは、ロミの使う身体を強化する魔法だ。

 疲れを知らず、平時の何倍もの瞬発力・持久力を得るこの魔法によって、二人は人間の限界を越えた身体能力を一時的に有していた。


「魔力消費が激しいので、一刻程度しか持ちませんがね」

「一刻って……」


 ロミの何気ない言葉に、イールは内心で恐れおののく。

 軽く常人の数十倍を凌駕する潤沢な魔力量だ。

 なんだかんだといいつつも、武装神官という地位を実力でもぎ取った彼女の魔法能力はお墨付きなのだった。


「そろそろ森が見えてきますね」

「お? ああ、そうだな」


 快調に移動を続けた二人は、やがて暗く広がる森のそばにたどり着く。

 ララがやってきて、イールと出会った森だ。

 主を失った森の混乱は収まっているだろうかと、イールはふと頭の隅で考える。


「さて、あまり移動していなければいいのですが……」

「アジトでもあるんだったら、そこを襲撃するだけなんだがな」


 森は広い。

 起伏も激しく、視界も通らない森の中での捜索は困難を極めるだろう。

 二人はげんなりと顔をしかめつつ、それでも鬱蒼と繁茂した緑の中へと足を踏み入れていく。


「静かだな、まったく」


 油断なく視線を周囲に向けながらイールがぼやく。

 木々の中は死んだように静寂が満ちていた。

 時折聞こえる鳥のさえずり以外に、彼女たちの耳に届く音はない。

 乾いた落ち葉や枯れた枝を踏みながら、二人は森を奥へと進んでいく。


「……見あたりませんね」

「第四の目にも引っかからないか?」

「はい。といっても森の中だと植物が多すぎて見つけづらいというのもありますが」


 第四の目は、魂を可視化する。

 しかしここの魂を区別することは難しく、故にこの森のような生命に溢れた場所ではほとんど使い物にならなかった。


「うん? あれはなんでしょうか」


 地面に視線を向けていたロミが、枯れ葉の間に何かを発見する。

 近寄って見てみれば、それは銀色の指輪だった。


「指輪……。誰かの落とし物でしょうか?」

「ずいぶんと真新しいな。それに……少し見覚えがあるような……」


 指先で摘まれた指輪を囲み、二人は首を傾げる。

 細やかな刻印が施されただけの、細く質素な指輪だ。

 再度森の中に捨てるのも忍びないため、それはロミが持つことになった。


「あっ!」


 唐突に、ロミが声を上げる。


「どうした?」

「あそこ、黒服の男が……」


 声を潜め、ロミはそっと木々の隙間を指さす。

 濃緑の枝葉の向こう側に、周囲を見回しながら歩く、黒服の男がいる。

 あたりを警戒しているのか、腰には剣を携え、小型の杖も持っているようだった。


「どうします?」

「少し泳がせよう。仲間のところに行ってくれるかもしれない」


 イールの意見に、ロミは頷く。

 二人はそっと草影に身を隠すと、十分な距離を取りつつ男を追尾した。

 森の中の歩き方を熟知しているイールは、不安定な地面の上を音も立てずに進む。

 そのすぐ後ろを、ロミもできる限り素早くついて行く。

 男は自分を追う二人の存在に気づく様子もなく、森の中を歩いていた。


 やがて、男は森の中にある小さな洞窟の口にたどり着く。

 そこには彼と同じ姿の、別の男が周囲を見張るように立っていた。

 目論見通り、彼らの拠点らしき場所にたどり着けたイールは、木の陰で笑みを深める。

 男が洞窟の中へと入り、見張りの男がまた周囲に目を向ける。


「さて、どうするか……」

「わたし、潜入はあまり得意ではないですよ」

「あたしもだよ」


 少し離れた場所に移動し、二人は相談する。

 内容は、いかにしてあの場所へ向かうかである。

 しかし、もとより決まっているような議題は、すぐに一つの結論を出して完結する。


「よし、正面突破だな」

「そうですね。それしかありません」


 思慮も謀略もない、至極単純な作戦、というより戦略である。

 イールが手を打ち、二人はそれぞれ武器を構える。


「先陣はあたしが切るから、ロミは援護してくれ」

「分かりました。任せておいてください」


 頼もしい言葉と共に胸を張るロミ。

 満足そうにうなずき、イールは歩き出した。


「それじゃ……いくぞっ!」


 声を掛け、イールは走り出す。

 洞窟の前は開けた広場のようになっていて、視界も通りやすい。

 立っていた見張りの男は、すぐにイールの存在に気が付いた。


「なっ!? 貴様誰だ!」

「名乗るほどのもんでもねぇ、よっ」

「がぁっ!!」


 電撃のように走り寄り、逆袈裟に切り上げる。

 血飛沫が枯れ葉をぬらす。


「絶命しました」

「了解。中行くぞ」


 第四の目によって命の消失を確認したロミの言葉にうなずき、イールは更に洞窟の奥へと足を踏み入れる。

 洞窟の壁にはいくつかの魔法の灯火があり、視界には困らない。

 イールは次々と、向かう先々の男たちを切り捨てていく。


「ずいぶんと弱いな。 このぶんだとすぐに終わりそうだ」

「油断しないでください。まだ、黒服以外の鎧の男と、ローブの男がいるはずです」


 走りながら、二人は言葉を交わす。

 イールは、予想以上に手応えのない男たちに少し疑問を抱いているようだった。

 それほど広くはない洞窟である。

 二人はすぐに、急造らしい扉の前にたどり着く。


「中に六人ほどの反応がありますね」


 扉越しに魂を透視して、ロミが言う。


「ロミも大概便利な技を持ってるよな」

「神聖魔法って、微に入り細を穿つような魔法が多いんですよ」


 そんな軽口を叩く、心の余裕もできていた。


「さて、準備はいいか?」

「もちろん。いつでも大丈夫です」


 ロミが頷くのを確認し、イールは意を決する。

 少し助走を付けると、勢いよく扉を蹴破った。

 木の割れる音が、洞窟内に響きわたる。

 勢いを殺すことなく、イールは躍り出る。

 そこは、広く削って拡張された部屋だった。


「貴様! だれだっ」


 部屋の中にいたのは六人。

 黒服の男が四人と、鎧を着た男、そして、ローブを着た男だ。


「その女、キア・クルミナ教か。面倒な」


 イールが言葉を発する前に、鎧の男はロミを見て察したようだった。

 苦渋の表情で、後ろに下がる。


「おまえたち、やってしまえ!」


 そうして、そばに控えていた黒服に命令する。

 黒服の男たちは臆する様子もなく、おのおの剣を抜き杖を構えてイールに向ける。


「いいじゃねえか。全員一度にかかって来やがれ」


 イールは凶悪な笑みを浮かべ、剣を握り直す。

 腕がメキメキと筋を鳴らして膨張する。

 みしりと音を立て、籠手がはずれた。


「っ!? その腕は!」

「今はどうでもいい。ロミはあいつ等を」

「……分かりました」


 籠手の下の醜腕を見て驚くロミの言葉を遮り、イールは指示を下す。

 気が付けば、鎧とローブの男たちは奥の扉を潜ろうとしていた。


「イールさん、気を付けてくださいね」

「ふっ。まあ死なない程度にがんばるさ」


 短く声を掛け合い、二人は分かれる。


「さぁ、始めようじゃないか」


 きっと前方からにじり寄る男たちを睥睨し、イールは剣を構えた。

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