第28話「私、魔法使いじゃないから」
「『
白い光の輪が走る。
ララを中点として拡散する粒子は周囲を舐めるようにして情報を集め、また彼女の元へ帰る。
「森の中に、何人かの生体反応があるわ。少し距離が離れすぎてて、全員が捉え切れてる訳じゃないけど」
「服装とかは分かるか?」
「金属の鎧を着けた男が一人、ローブ姿の男が一人、あとはレイラを追ってた黒服の男が数人ね。彼らの靴底と、この部屋や村の中にある足跡が一致してるわ」
「相変わらず便利だな……」
すらすらと、遙か彼方に立っている集団の詳細な見た目までを述べたララに、イールは戦慄を覚える。
彼女にかかれば、一方的に、自分が気付かないうちに、全身を隈無く調べ上げられるというのは、敵にとって恐怖以外の何物でも無い。
「……ダメです。皆さん、一人残らず、即死だったようです」
村人の亡骸を確認していたロミが、重い声で言う。
「そうか……」
「私たちが、もっと早く来てれば助かったのかしら」
二人も目を伏せ、落命した無辜の民に慚愧の念を送る。
彼らの死と森で見つけた集団は、十中八九関係がある。
それだけに、三人の心には後悔の二文字が重くのしかかる。
「死因はなんなんだ?」
「首を大きな刃で叩くようにして切られたり、心臓を何かで貫かれたりしています。魔法的な痕跡は見つかりませんでした」
ロミの言葉にうなずき、イールは顎に手を添える。
そして、それほど間をおかずに二人を見渡して、口を開いた。
「これからすぐに、森にいる奴らのところへ向かおう。戦闘になるかもしれないから、準備もしておけ」
「分かりました」
「……ごめんなさい。私は少しここに残るわ」
イールの素早い指示に、ロミは頷く。
しかし、ララは表情を硬くし、指示に逆らう。
「……どうしたんだ?」
怪訝な顔でイールが尋ねる。
ララがこの場で指示に刃向かう理由が分からない。
「正直、森の中の人たちは二人で十分制圧が可能だと思うわ。私、少し調べたい場所があるの。そこさえ終われば、すぐに向かうから」
「な、何を言ってるんですか!?」
ララの言葉に、ロミは信じられないと口を開けて驚く。
この場、この状況で、イールに従わない理由が分からないと、瞳が語っている。
「村人の皆さんが、何の罪もない人たちが殺されているんですよ!? まずは、それをやったならず者を排除してから、自分の調べたいことを調べればいいじゃないですか!」
「……いや、大丈夫だ」
「イールさん!?」
顔を紅潮して責め立てるロミを止めたのは、イールだった。
「別に一人だけ逃げだそうって訳じゃないんだろう?」
「ええ。それは約束するわ」
「それなら、大丈夫だ。森の奴らはあたしたちがなんとかするよ」
「イールさん!? い、いいんですか!?」
あわあわと二人の顔を交互に見て、ロミは取り乱す。
そんな彼女をイールはそっと肩に手を置くことでなだめる。
「安心しろって。ララとはそれなりの時間過ごしてきて、そんな不義理なヤツじゃないってことも分かってる。あたしの顔を立ててやってくれないか?」
「……そこまで、言うのなら」
しぶしぶと言った様子だが、ロミが頷く。
「ありがとう。……ごめんね」
気まずげに、ララは彼女に頭を下げる。
「もし死んじゃったら、祟りますからね」
「ロミは強いから、そのあたりは大丈夫だと思うわよ」
「そういう問題じゃありませんっ!」
信頼を込めた目で言い切るララに、ロミは頬を膨らませた。
「それじゃあ、あたしたちは行くよ」
「うん……。詳しい場所は――」
ララがイールに、男たちを見つけた場所を詳しく説明する。
それらを聞いたイールは、頭の中の地図におおよそのあたりを付けて頷いた。
「大体分かった。それじゃあ、その用事とやらが終わったらあたしたちのところへ」
「うん。できるだけ急いで行くわ」
確かな信頼の上に成り立つ言葉だ。
二人は視線を交わし、かすかに笑みを浮かべる。
そして、イールとロミは教会の礼拝堂を飛び出していった。
「……さて」
広い礼拝堂にただ一人、無数の亡骸に囲まれて、ララは立つ。
その横顔には、触れれば切れるような鋭さが宿っている。
彼女はおもむろに視線を上げる。
その先にあるのは、見下ろすように首を曲げる、光の女神の石像。
「――出てきてもいいわよ」
何もない虚空に向かって、ララは言う。
しばしの静寂が礼拝堂を包み込む。
しかしララは、半ば以上の確信を持ち、一点を注視する。
すると、突然女の笑い声が響いた。
「あははははっ! よく気が付いたわね、お嬢ちゃん」
空間が歪曲し、女神の石像にもたれかかった女が姿を現す。
その赤い瞳には驚きと好奇心、そして余裕が映る。
ぴっちりと全身を覆う黒いスーツに身を包み、艶やかな紫紺の長髪を纏めている。
「黒服だったり、スーツだったり、もうちょっと世界観を大切にしなさいよね」
「いいこと教えてあげるわ。この服は由緒正しい、古代遺跡の文献に載ってた古代人の服装らしいのよ。私から見れば、貴女たちの着てる服の方が野蛮で原始的よ」
せせら笑うように、口に手を当てて女は言う。
その様子を、ララは至極どうでも良いと、興味の欠片もない青い瞳で見ていた。
「私からすれば、その服だって古くさい、教科書でしか見たことのない服装よ」
ぼそりと呟かれた言葉に、女は気が付かない。
彼女は台座から飛び降りると、ララと視線を交わす。
「まずは自己紹介が必要かしらね?」
「いいえ。特に必要ないわ」
女の言葉に、ララは首を振る。
「あなた、『
確信を含んで放たれた言葉に、女は微かに目を見開く。
動揺を押し隠し、あくまで余裕を持って彼女は構える。
「ずいぶんと動揺してるみたいね? 心拍数が上がってるわよ」
淡々と指摘するララを、女は奇異の目で見た。
彼女とララとの間には十分すぎるほどの距離がある。
それだというのに、ララは彼女の微かな心情の変化も感じ取っていた。
「……貴女、一体」
「あれ、私のほうが自己紹介しなくちゃいけなかった?」
にこりと、無邪気な笑みでララが返す。
そんな様子に神経を逆なでされ、女はピクピクと目尻を痙攣させる。
「ちょっと、煽り耐性が低すぎるわよ。そんなのでやっていけるの?」
半笑いで、ララは更に追い打ちをかける。
女はぎりぎりと歯ぎしりし、落ち着きを無くす。
「小娘が、ずいぶんと言ってくれるわね」
幾分低くなった声で、女は言う。
その目には、確かな光が宿っていた。
「ずいぶんと魔法がお得意みたいだけど、そうは行かないわよ。『囲め 虚無の障壁 光を堕とし 月を割れ』」
彼女は懐から短い杖を出す。
それを構えると、魔力を含んだ声を放つ。
「……それがあなたの切り札?」
眉をひそめ、ララが聞く。
女は笑いを抑え、彼女をにらんだ。
「そう! これこそが、私の発見した古代遺失技術! 一定の空間の魔力を消し去る魔法! この範囲に入ってしまえば、あなただって、どれだけ優秀な魔法使いだって、ただのか弱い人間に成り下がるのよ!」
杖を投げ捨て、彼女は高らかに言う。
「魔法使いなんて、人を見下すことしか能の無い連中よ。――貴女の指摘通り、私が『
ゆっくりとした足取りで近づきながら、彼女は言う。
完璧に、崩れることのない圧倒的優位を持った彼女は、ララのすぐ目の前にまでやってくる。
「お仲間には申し訳ないけれど、貴女にはここで死んで貰うわ」
「――うーん、それは嫌ね」
「ちっ。まだ自分の立場が分かってないみたいね。この空間にいる限り、貴女は一切の魔法が使えないのよ」
のんびりとした口調のララに、イライザはいらつく。
腰に吊っていた鋭いナイフを引き抜くと、彼女の喉元に突きつける。
しかし、それでもララは表情を崩さない。
「なんだか、ごめんね」
「はぁ? 何を言って――」
「『
「きゃっ!?」
ララが伸ばした右手から、圧縮された空気が放たれる。
腹部にその衝撃を直撃させたイライザは、弧を描いて空中を飛ぶ。
「な、なんで……魔法が……」
台座に激突し、混乱したようにイライザが言う。
頭の理解が追いついていないようだった。
そんな彼女に、ララは満面の笑みを浮かべた。
「私、魔法使いじゃないから」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます