第27話「コパ村の人たち、驚くかしらね」
「『女神の翼』って、この陣のこと?」
ララの言葉に、レイラは一つ頷く。
「そう。これが教会が保有する古代遺失技術、まあ遺失してないから古代技術かな。その一つである『女神の翼』だよ」
得意げに口の端を引き上げて、レイラは言う。
「けど、これでどうやってコパ村まで飛ぶんだ?」
「実はこの『女神の翼』というのは、最低二つ以上用意することで初めてその効果を発揮するんだ。そしてその効果とは、別の『女神の翼』へと、陣の中の物を転移させることさ」
レイラは言葉を区切り、陣の前に移動する。
そうして彼女は得意げに胸を張る。
「人でも物でも、この陣の範囲内に収まる物ならなんだって、自由に各地の神殿の奥にある他の陣へと転送できるんだ」
「そ、そんなことが、ほんとにできるの?」
レイラの説明にいち早く反応したのはララだ。
彼女の母星の発達した科学技術を以てしても、物体の遠隔地への転送は難しかった。
ましてや、生物の転送も可能などという事実を彼女はすんなりと信じることができなかった。
「あは、やっぱり驚いちゃうよね」
そんな彼女の心情を知るはずもないが、レイラはうんうんと頷く。
「さすがは教会、といったところでしょうか……。レイラ様に説明されても、中々信じられません」
「ちょっとあたしたちの理解の範疇を越えてる気がするな」
ロミは唖然と、イールは頭の痛そうな表情で、おのおのの言葉を漏らす。
三者三様の反応に、レイラはひとまず満足したようだった。
「まあ私も最初に体験するまでは半信半疑だったけどね。まあ今は説明してる暇もないし。ほら、手早く乗っちゃって」
そう言うとレイラは動きの鈍い三人の背中を押して、陣の中まで移動させる。
「起動は私がやるから、三人は肩の力を抜いてたらいいよ」
「す、すぐに転移するの?」
「うんうん。ほんとに一瞬だよ。瞬きしてる間に、ララ達は遠いコパ村の神殿の地下にいるはずだよ」
未だ不安げなララに軽く言い放ち、レイラは準備を始める。
「……しょうがない。覚悟を決めよう」
落ち着いた声で言うのは、イールだ。
歴戦の傭兵らしい肝の据わった彼女は、すでに泰然と構えている。
「キア・クルミナ教の技術力は世界一なんです。何も恐れることはありません!」
瞳を少し潤ませながら健気に言葉を漏らすのは、白杖をぎゅっと握りしめたロミである。
キア・クルミナ教の敬虔な信徒として、彼女は己の神の翼を信じる。
「私も、うじうじしてちゃだめね」
二人の様子をちらりと盗み見て、ララはそっと息を吐く。
未だに一抹の不安は胸の底に淀む澱となって重くのしかかっている。
それでも、ここで泣き言を言うことはできない。
「――さぁ、私はいつでも大丈夫よ」
「みんな、覚悟は決まったみたいだね」
三人の覚悟を感じ取り、レイラは起動を始める。
陣の縁に立ち、言葉を紡ぐ。
「『古の殻を破りし頂の法、光抱きし女神の翼、楔穿つ標を結び、時を越える』」
陣を構成する線が、文様が、記号が、詠唱に併せて輝く。
それは白く、赤く、青く、一時も止まることなく絶えず極彩色に移り変わる。
円形の部屋を百の色彩が目まぐるしく照らす。
やがて陣を構成する円が、光の輪を浮かべる。
それは幾重にも重なり、三人を囲む円柱となる。
「『信ずる者に、深き慈悲の滴によりて、一片の加護を。――此方より彼方へ、ヤルダよりコパへ、その広き翼はためかせたまえ』」
レイラが口を閉じる。
円柱は収束する。
ララ達が声を上げる暇もなく、光は消える。
「……頼んだよ。オレのぶんも」
人の気配のなくなった部屋で一人、レイラは言葉をこぼした。
*
「……ここは」
ララが目を開くと、そこは暗闇だった。
淀んだ空気で満たされた、狭い空間のようだ。
じっとりとした不快な湿度が肌にまとわりつく。
「『我が指先に標の火よ灯れ』」
彼女のすぐとなりから、ロミの声が聞こえる。
同時に明るい光源が現れ、鮮明に周囲を照らした。
「ここが、コパ村の神殿の地下のようですね」
指先の炎を白杖の先端に移しつつ、ロミはあたりを見渡す。
「あんまり実感はないが。とりあえずどこかしらに転移はしたみたいだな」
すぐ後ろに立っていたイールも、灯火を指先に留めて言う。
三人は、ヤルダの神殿地下にあった部屋をそのまま小さくしたような円形の空間の真ん中に立っていた。
足下には見覚えのある陣がしっかりと刻まれている。
「『――遍く魂を見渡す第四の眼を開け』っと。ひとまず、外に出てみましょう」
ロミの先導で、三人は陣の外へと足を踏み出し、部屋に唯一の扉をくぐる。
内側から開けるぶんには何も問題もないらしく、スムーズな動きで扉は開く。
「やっぱり地下みたいだな」
扉の向こうは、長い石廊。
そしてその先には階段が続いていた。
「コパ村の人たち、驚くかしらね」
「まず神殿の地下にこんなのがあるとも知らないだろうからな」
そんな軽口を交わしつつ、三人は道を進む。
石廊を抜け、階段を登ると、分厚い扉に出会う。
これもすんなりと開き、また階段が続く。
「基本的な作りはヤルダと同じみたいね」
「そうですね。……やっぱり、すべての神殿にこの設備があるんでしょうか」
未だに信じられないといった様子でロミは言う。
しきりに指先などを動かしては、ちゃんと自分の体が実在することを確かめているようだった。
「まさか、ほんとに一瞬で転移できるとはね」
「ナノマシンなんて奇妙なもん持ってるヤツが驚いてもなぁ」
「物質の転移なんて、私にはできないわよ」
転移は一瞬だった。
それこそ、レイラの言葉の通りに。
腰に巻いたポーチや、ハルバードにも問題は見られない。
それどころか、ナノマシンにも異常はなさそうだ。
「まったく、どういうメカニズムで転移させてるのかしら」
まさしく神の御技としか形容できない事象に、超科学の申し子たるララは難しい表情を浮かべている。
「!? 止まってください」
唐突に、先頭を歩いていたロミが声を上げて立ち止まる。
ぶつかりそうになりながらも、ララとイールは足を止めた。
「どうしたんだ?」
困惑顔で、イールが尋ねる。
「少し地上の様子がおかしいみたいです」
「地上の様子が?」
物々しい表情で言うロミに、イールとララは首を傾げる。
場所はまだ暗い階段の途中だ。
外の様子も察知できるものはない。
「村人の反応が、わたしの第四の眼に映らないんです」
「えっと、第四の眼っていうのは?」
「『第三の眼』の上位に当たる神聖魔法で、範囲内のすべての魂を察知することができるんです。でも、家畜や植物の反応ばかりで人間の魂が見つかりません」
「……なんだかきな臭いな」
困惑するロミの言葉を聞いて、イールは剣の柄に手をかける。
何かの異常が村に発生している可能性を、三人は考える。
「少し警戒しながら外に出た方が良さそうだ」
イールの意見に、二人は頷く。
先ほどとは一転し、切り詰めた雰囲気を纏って三人は進む。
「……あれが最後の扉です」
地上へとつながる扉が立ちはだかる。
互いに顔を見合わせ、頷く。
「――でるぞ」
イールの言葉にあわせ、ロミがそっと扉を開く。
「……!?」
初めに感じたのは、鉄の匂い。
遅れて、腐り落ちた臓腑の饐えた臭気がやってくる。
そこは、地獄の様相だった。
「これは、いったい……」
ロミが喉をふるわせる。
簡素な石の神殿。
扉の先にあったのは、その中心にある礼拝堂だった。
光の女神アルメリダが慈しみを湛えた目で見下ろす、信仰の間。
そこには、夥しい数の物言わぬ躯が転がっていた。
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