第30話「ずいぶんと優秀なモグラのようです」

 イールは疾駆する。

 風に赤髪をたなびかせ、一瞬のうちに接敵する。


「なっ、はや」


 言い終わらないうちに、喉元を一線。

 血しぶきが舞い散り、男は驚愕に目を開きながら崩れ落ちる。


「さあ、次は誰だい?」


 鱗に覆われた禍々しい右腕に剣を握り、イールが周囲に目をやる。

 一瞬のうちにして仲間を一人失った黒服の男たちは、油断なく腰を落として武器を構えていた。


「はぁぁあああああっっ!!」


 雄叫びをあげ、剣を構えた男が猛進する。

 あまりに愚直な動きである。

 イールはそれを半歩身を動かすだけで避ける。


「お前ら、実戦経験がないのか?」


 ララに鍛錬を施したときよりも、輪を掛けて手応えがない。

 訝しんだ彼女は男たちの出で立ちに目を向ける。

 そうして彼女は、とあることに気が付いた。


「ああ、そういうことか。お前ら、護衛じゃなくて研究者なんだな」


 その言葉に、男たちはかすかな動揺を見せる。


「よく見れば、筋肉が全然付いてない。間合いの取り方も下手だし、そもそも武器の扱いになれてない。薬品の匂いは、服に染み付いたものだろ」


 矢を射るようなイールの指摘に、男たちは誰も反応しない。

 しかし、無言こそが肯定の証左でもある。


「まぁ、なんだ。……興ざめだな」


 少しだけ不満そうに唇をとがらせて、イールが言う。


「子供相手に戦って殲滅して、それで喜ぶほどあたしは性根が腐ってないんでね」

「ば、ばかにしやがって!!」


 肩を落とす彼女に、男の一人が激昂する。

 先ほど突進し、さらりと躱された男だ。

 再度殺到する彼を、またイールはさっと避ける。


「はあ、めんどうくさいな」


 そんなことを言いつつ。

 すれ違いざま、イールは彼の首筋に剣の柄を落とした。


「ぐえっ?!」


 そんな奇妙な声を上げて、勇敢な黒服の男は気を失った。


「……どうする? 今なら投降すれば、命は保証するよ」


 まあ、身柄を拘束した後は情報源として活用されるのだろうが。

 そんな事実を心の底に隠して、努めてにこやかに言う。


「ふっ、ふざけるな! 私たちがイライザ様に誓った忠誠は鋼の忠誠。決して裏切るものか!」

「そうだそうだ!」


 残った黒服二人は、杖を掲げて反意を示す。

 そんな彼らを憐憫の目で見て、イールははぁ、と息をつく。


「……それなら、仕方ないね」


 全員ここで死んで貰う。

 イールの琥珀の瞳に炎が燃え上がる。

 先ほどまでの物腰柔らかな雰囲気が一転し、刃を突きつけるような殺気が二人を射貫く。


「ひぃ!?」


 男の一人が、情けない声を上げる。


「覚悟決めたんなら、泣き言言うんじゃねえよ」


 冷酷な声が、彼の耳元で響く。

 一瞬で肉薄してイールが、男を見下ろしていた。


「あ、『赤き豪球――」

「この距離に詰められてから詠唱するバカがいるか」


 一閃。

 断末魔が響き、血の臭いが一層濃密になる。


「『疾風の鏃よ、我が敵を射抜け』!!」


 鋭い針に刺されたような痛みが、イールの右腕に走る。

 しかし彼女が視線を向けても、そこには何もない。

 ただ、堅い鱗の一部が小さく欠けていた。


「み、見たか! これが我らの力だ!」


 それは、おそらくララの『旋回槍スピンショット』によく似た魔法だろう。

 風の針を飛ばし、相手を貫く。

 極度の圧縮によって驚異的な貫通力を持った風の針は、重装の戦士さえも貫く。

 しかし。


「こんなもんなのか……」


 イールは呆れたように言う。

 一向に痛がる様子を見せない彼女に、男は怪訝な顔になる。


「もう少し威力を上げた物じゃないと、あたしの腕は貫けないよ」


 そっと腕を上げる。

 少しだけ鱗の欠けた腕は、既に再生を始めていた。


「な!? なんなんだ、その腕は!」


 声を裏返らせて、男が言う。

 その言葉に、イールは儚げな笑みを浮かべる。


「あたしの呪いで、あたしの加護さ」


 ゆらりと身体を傾ける。

 一瞬後、男は自分の身体を見下ろしながら、絶命した。



「くっ、逃げ足の速い!」


 イールが黒服たちを蹂躙している頃、ロミは奥へと逃走した二人の男を追っていた。

 洞窟は彼らの手によって拡張されたのか、奥へ奥へと際限なく続いている。


「『神聖なる光の女神アルメリダの名の下、腕の使徒ヤダに希う。遁走する獣の足を掴め』」


 走りながら杖を構え、ロミは詠唱する。

 完了と共に、男たちの足下に、土が隆起する。

 それは六本の指を持つ手のような形となり、男の足を掴む。


「ちぃ!」

「落ち着け」


 苛立たしげに舌打ちする鎧の男を、傍らのローブの男が窘める。

 そうして彼は自分の杖を構え、口を動かす。


「なっ!?」


 途端に、腕はどろりと溶けて形を失う。

 魔法を破られたロミは、驚愕する。


「解除魔法? けどあれはあんなに詠唱が短くないはず。となると別の……」


 思考を巡らせながら、ロミは再び走り出した男たちを追う。

 しかし、いくら考えても考えても、答えは見つからない。


「って、ここは……」


 気が付けば、周囲の壁はぐんと遠ざかり、広い空間になっていた。

 滑らかな石材で覆われており、煌々と光源の光を反射している。

 ロミがそこへ躍り出たとき、丁度反対の壁際で、男たちは待ち構えていた。


「やぁ、キア・クルミナ教の神官よ。ようこそ我らが『錆びた歯車ラスティ・ギア』地下研究所へ」


 泰然と構えたローブの男が、両手を広げて言葉を放つ。

 その傍らでは、剣を抜いた鎧の男が油断なくロミに視線を送っていた。

 ローブの男が首魁で、鎧の男はその護衛だろうと、ロミは判断する。


「ずいぶんと大がかりな施設を掘りましたね。ずいぶんと優秀なモグラのようです」


 杖を握り、ロミは言う。

 ローブの男は、目を細める。


「小娘が、なかなか言うではないか」

「キア・クルミナ教の神官は、どこぞのモグラとは違って賢いので」


 ギリギリと歯ぎしりして彼女を見つめる鎧の男。

 それをローブの男はそっと制止する。


「その軽口が、いつまで続くか……。さあ! 出でよ我が最高傑作。復活せし最強の兵団! 魔導自律人形たちよ!!」


 杖を打ち付け、男が高らかに叫ぶ。


「まさか、すでに古代遺失技術を!?」


 ロミは目を見開き、腰を低く落とすと臨戦態勢に移る。

 それとともに、部屋の全方位の壁が開き、無数の穴が姿を見せる。

 そこに立っていたのは、無骨な人型の何かだった。

 鉄の装甲に身を包み、赤い眼光を光らせる。

 生物のような生々しい曲線は排除され、角度によって構成される。

 肉厚な刃の大剣を、片手で軽々と持ち、重い足跡を響かせ部屋へ入ってくる。


「これが、魔導自律人形……」


 油断なく、ロミは観察する。

 男たちは余裕綽々といった様子で、そんな彼女を部屋の奥から見ていた。


「……まずは小手調べ、でしょうか」


 自分にだけ聞こえる小さな声で呟き、彼女は杖を持ち上げる。


「『『神聖なる光の女神アルメリダの名の下、腕の使徒ヤダに希う。愚かなる獣に聖なる鉄槌を下せ』」


 瞬間、彼女を支点とした全方位に衝撃が走る。

 ゆっくりとした足並みで近づいていた自律人形たちが、ひしゃげ、ゆがみ、吹き飛ばされる。

 仮にその様子を俯瞰したとすれば、風の壁が波紋のように広がったことが見て取れるだろう。

 その、たった一度の攻撃だけで、自律人形たちの半数は機能を喪失してしまう。


「ずいぶんと拙い古代遺失技術ですね?」

「ふふふ。そう言っておれるのも今のうちだけだ」


 しかし、そんなロミの攻撃を受けても、ローブの男は不敵な笑みを崩さない。


「さぁ! どんどん出てこい、我が子供たちよ!」


 鉄が軋む、床を打ち鳴らす音が響く。

 穿たれた無数の穴からは、無数の自律人形たちが姿を現していた。

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