第25話「うわぁ、とっても綺麗!」
「ねぇイール」
「なんだ?」
イールの案内でナイフを売る店へ向かう途中、ふとララが口を開いた。
彼女は申し訳なさそうな顔で、言葉を続ける。
「あの、せっかく案内してもらって申し訳ないんだけどね」
「どうしたんだ? 歯切れが悪いな」
もじもじと指を絡ませ、ララは上目遣いでイールを見る。
しおらしい彼女の様子に、イールは困惑顔である。
「たぶん、ナイフは私が自分で作った物の方が品質がいいと思うの?」
「自分で作ったっていうと、例の銀色の金属のナイフか」
イールの言葉に、ララは頷く。
彼女のハルバードや体の各所を保護する装甲を構成している、元々は冷凍睡眠装置だった特殊金属だ。
ヤルダへ向かう道中で、彼女は急場凌ぎの道具をこの特殊金属で作っていた。
コップや水筒など、普通の素材で代替の利くものもあるが、ハルバードやナイフは特殊金属製の物の方が品質が良いと、ララは考えたようだった
「刃渡りとかも自由に変えられるし、刃こぼれもないわ。切れ味もたぶんこの世界で一番鋭いと思う」
「ハルバードの時もそんなことを言ってたな……。ちょっと見せてくれないか?」
「いいわよ」
ララはベルトに吊ったナイフを、鞘ごとイールに手渡す。
彼女はゆっくりと引き抜き、透き通る様な銀の刃を日に当てる。
「……確かにこっちの方が鋭そうだ」
じっくりと観察し、少し悔しそうにイールが言う。
なにせ、ナノ単位で調整のなされた刃の究極形にも近いナイフだ。
「……ただ、そうだな。鞘と柄は、木か革か、とりあえず何か普通の素材にしておいた方がよさそうだ」
「うえぇ、なんで?」
「こんなにギンギン光る鞘なんて、見るからに金目の物だからな。少しでも盗まれる危険は抑えたい」
「それもそう、なのかな」
イールのアドバイスにララは一応納得する。
確かに、銀色に輝く鞘は普通の剣とはまるで違い、不必要に人の目を引くだろう。
「鞘や柄を付けてもらうなら、やっぱり工房に行った方がいいな」
「分かったわ」
言いながら、イールはララにナイフを返す。
ララはそれを受け取ると、腰のベルトに戻す。
そうして二人は、また往来の中を歩き始めた。
*
「さ、ここだ」
「見るからに工房って感じの場所ね」
少し歩き、二人は町の端までやってきた。
高くそびえ立つ外壁が陰を落とす、少し薄暗い通りだ。
今までの店とは異なり、周囲には石造りの堅牢な建物が多く、そのほとんどが背の高い煙突からもうもうと黒煙を吐き出していた。
二人が訪れたのは、そんな工房が密集する通りの中でも一際大きな建物だった。
「ここにくるのも、久しぶりだな」
そんなことを呟きながら、イールは入り口をくぐる。
偉容な建物に呆けていたララもそれに気づき、早足で追いかける。
「うわっ!?」
通りから一歩工房内に入ると、焦げるような熱気が二人を包み込む。
思わず顔をしかめたララに対し、イールは涼しい表情である。
「すごい……。いっぱい人がいるわね」
工房の内部は、圧巻の光景だった。
見上げるほど巨大な炉がごうごうと炎を燃やし、鉄を打つ甲高い音が絶えず響きわたる。
広い空間を、何十人もの職人たちが縦横無尽に動き回っている。
熱気と水蒸気と男たちの怒号の入り乱れる混沌とした光景に、ララは放心していた。
「あ、いたいた。おーい!」
そんな彼女を放っておいて、イールは早速目当ての人物を探し出す。
彼女が呼び止めたのは、小柄で筋肉質な、豊かな白髭を蓄えた老人だった。
「よう、ゴンド爺。久しぶりだな」
「誰かと思ったら、イールか。随分とご無沙汰だったじゃないか」
ゴンドと呼ばれた老人は、珍しいものを見たと言わんばかりにイールを見上げる。
イールが長身ということを考慮してなお、彼は小柄だ。
しかし、年老いた顔や小さな身長とは裏腹に、彼は作業着の上からでも分かるほどの筋肉を纏っていた。
「えーっと、イール。この方は?」
「ここの工房を仕切ってるドワーフのゴンド爺だ」
「ドワーフ?」
また見知らぬ単語が飛び出し、ララは首を傾げる。
「ドワーフってのは、山岳で暮らす小柄な種族だ。治金や宝石の細工なんかが得意なんだ」
「ふむふむ。確かにちょっと小柄ね」
ララはイールの説明に頷き、ゴンドを見る。
確かに彼は小柄で、ララの胸ほどの身長しかなかった。
「私はララ。よろしくおねがいします」
「ふむ。ワシはゴンドじゃ。――しかし、イールがまさか子供を作っていたとはな」
「はぁ!? 誰が誰の娘だって?」
感心したように言葉を漏らすゴンドに、イールは目を剥く。
そんな彼女をゴンドは不思議そうに見て、首を傾げた。
「む? 随分と親しいようじゃし、てっきり娘をもうけたのかと思ったのじゃが……」
「まだあたしはこんなでかい娘がいる年齢じゃないよ!」
「そうじゃったのか。人間は外見から年齢が分かりにくいのう」
「あたしらからしたらドワーフの年齢が分からないけどね」
呆れたように言うイールに、ゴンドは髭を揺らして笑った。
そんな二人を、ララは大量の疑問符を浮かべながら見ている。
「なんだかイールとゴンドって仲が良さそうね」
「あー、まあ、そうだな。あたしがヤルダに住んでいたときからの付き合いさ」
「この工房では包丁やハサミなんかの日用品も作っておるでな。イールはよくお使いでここに来よったんじゃ」
「へぇ。そんなことが……」
髭を撫でつつ語るゴンドに、恥ずかしそうにそっぽを向くイール。
自分の知らない彼女の過去を垣間見て、ララは少し嬉しくなった。
「しょうもない話はやめだ。それよりも今日は、ゴンド爺に頼みがあるんだ」
「ふむ。なんじゃね?」
更に続けようとするゴンドの言葉を遮って、イールは強引に本題に入る。
ララが言葉の続きを引継ぎ、腰に吊したナイフを見せる。
「このナイフに合う鞘と柄を作ってほしいの」
「ふむ。また珍しい依頼じゃのう。どれ、見せてみぃ」
そっと受け取り、ドワーフの鍛冶師は様々な角度からナイフを見つめる。
彼の黒い瞳の奥に、火花が散る。
「これは――いったい……」
「あんまり詳しいことは言えないが、そこそこの品だろう?」
「そこそこどころではないわ。全く、突然ふらりと現れたかと思えば、とんでもないものを……」
かすかに手をふるわせながらも、ゴンドはナイフから目を離さない。
「古代遺失技術の産物かね? これほどのもの、ドワーフの名工でも鍛えられんわい」
「そこまで言うほどなのか……」
「見たこともない金属じゃ。ミスリルとも、オリハルコンともつかぬ。ダマスカスなら一度見たことがあるが、あれとも違う」
ゴンドは目を見開き、そっと節だった指で刃を撫でる。
初めて目にする未知の金属に、鍛冶師としての好奇心が大いに刺激されているようだった。
「まだまだ、世は広いのう……」
しみじみと、絞り出すように彼は言った。
「それで、このナイフの鞘と柄を……」
「うむ。まかせておけ。すぐにあつらえてやろう」
ゴンドはぽんと胸をたたくと、工房内の作業場に二人を案内した。
石造りの工房の奥にあるゴンドの作業場は、鍛冶に関する技術書や設計図などが散乱する、雑多な部屋だった。
「すぐに図面におこして作るからのう」
そういって、ゴンドは作業台に向かう。
ナイフの寸法を測り、紙にペンを走らせる。
「鞘の材質は何がいいんじゃ?」
「そうね、革が良いわ」
「革となると、耐久力が少し心配じゃな……。竜皮を使おうかの」
図面に向かいながら、ゴンドはいくつかの質問を投げる。
イールとも相談しながら、ララは少しずつ要望を固めていく。
それを元に設計図を書き上げ、すぐにゴンドは工具を手に取る。
「ねえイール、竜皮ってどういうもの?」
「竜の皮膜のことだ。薄くて強靱だから扱いやすい。ただ、竜自体が少ないのと、一匹から取れる数が少ないから、それなりに値段も高い」
手持ち無沙汰になった二人は会話に花を咲かせる。
しかしゴンドに耳にはそれすら入らないほど、彼は没頭しているらしく、黙々と作業を続けていた。
「――よし、完成じゃ」
安堵したように彼がそう宣言したのは、一時間ほどの後だった。
青く、かすかな光沢を持つ鞘に納められたナイフが、ララに手渡される。
「うわぁ、とっても綺麗!」
「鞘にはワイバーンの竜皮を。柄にはブラックウルフの革を使っておる。そう滅多なことでは破れすらしないはずじゃ」
寸分違わず、着飾るように鞘を纏うナイフは、無機質な印象を取り除かれ、一つの芸術品のようにも見える。
しかし同時に、道具としての無骨さも併せ持ち、頼もしさも感じさせる。
「ありがとう! ゴンド爺」
「ほっほ。ワシも珍しいものを見せてもらったでな、久しぶりにどっと疲れたわい」
満足そうな顔で、ゴンドは額の汗を拭う。
「そのナイフ、長く使っておくれ」
「ええ、もちろんよ!」
「ありがとな、ゴンド爺」
「イールもまた何かあったら気軽に来ると良い。あと百年くらいはここにおるでな」
「あはは。それは頼もしいね」
朗らかな笑みを浮かべるゴンドに、吊られるようにして二人も破顔する。
「それじゃあ、気を付けてのう」
「ええ。ありがとうね」
「また来るよ」
ゴンドに見送られ、二人は工房を後にする。
気がつけば日も傾き、煙突の影が細く長く石畳に伸びていた。
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