第24話「ちょっとした背徳感を感じるわね」

「いやぁ、なんだかんだで色々買っちゃったね」


 ララはずっしりと重くなったポーチをぽんぽんと叩く。

 二人は応急用の薬や肉ブロック等の携帯食料、縄や袋といった旅で必要な道具類を、いくつかの店を回って買い揃えた。

 今は買い物も一段落し、丁度昼時と言うこともあって街の一角にあるレストランで休憩をとっていた。


「思ったよりも買う物が多くてびっくりよ」

「ないと困るどころか、最悪死ぬからな。道具は常に点検しておけよ」

「了解です!」


 イールの言葉に、ララはぴしっと敬礼することで答える。

 それの意味することを知らない彼女は少し戸惑いの表情を浮かべ、メニューに目を落とした。


「看板とか見ずに入って来ちゃったけど、ここって何の店なの?」

「ふむ。魚料理を推してるみたいだな」


 周囲の客のテーブルを盗み見るララに、イールはメニューを読み上げる。

 ララはほとんど理解できなかったが、おそらくそれらは魚の名前だったのだろう。


「ヤルダの近くに海ってあるの?」

「海はないが、そこにつながる太い河が流れてる。町の北の方に港もあるぞ」

「へえ。じゃあここの魚もその河で穫れたものかしら」

「大体は川魚だが、少しは海から運ばれてきたものもあるみたいだな」


 イールの言葉に、ララは青い目を輝かせる。

 母星にいた頃でも、魚はしばらく食べた記憶がない。

 この土地の魚に至っては、初めてだ。


「本日のおすすめっていうのもあるぞ。焼き魚と煮魚から選べるみたいだ」

「あ、それじゃあ私は焼き魚にするわ」

「ならあたしは煮魚にするかな」


 そんなわけで、イールが手を挙げてウェイトレスを呼ぶ。

 すぐに、赤羽トンビと同じく獣人の少女が注文票を片手にやってきた。


「本日のおすすめの、焼き魚と煮魚を一つずつ頼むよ」

「ありがとうございます! 付け合わせのスープが、野菜の物とお肉の物で選べますがどちらになさいますか?」

「あたしは肉の方で」

「私は野菜がいいわ」

「承りました。すぐにお持ちいたしますね」


 さらさらと注文を書き込み、少女はすぐに厨房へ向かう。

 その後ろ姿、というよりはふらふらと揺れる尻尾の先を追って、ララはまただらしのない笑みを浮かべた。


「うえへへ。やっぱり獣人の子はかわいいわねぇ」

「何がそんなに気に入ってるんだか……」

「元気に揺れる尻尾とか、感情をストレートに表す耳とか! あー眼福よ、眼福」


 さっぱり理解できないとイールは首を振り、テーブルの上の水で喉を潤した。

 それを気にする様子もなく、そういえば、とララが言葉を漏らす。


「獣人の子って、結構いろんなお店で働いてるわよね」


 今まで訪れた店を思いだし、ララは言う。

 彼女の印象として、ヤルダで人間の次に多く見かけるのは獣人だった。

 飲食店のウェイトレスを初め、雑貨店の接客や、客寄せなど、様々なところで頻繁に目にする。


「ま、人間に次いで数が多いし、獣の血を引いてるからか体も強い。ララみたいに好感を覚える人も多いから、働き口には困らないらしい」

「ふぅん。そういうものなのねぇ」


 ぱたぱたと店内を歩くウェイトレスたちを眺めながら、ララは数度頷く。

 なんにせよ彼女としては、可愛らしい獣人たちが多く視界にはいることはこの世の幸福の体現である。


「お待たせしました!」


 程なくして、両手に銀盆を乗せたウェイトレスの少女が二人のテーブルへやってきた。

 皮目のパリっと焼けた芳ばしい焼き魚と、トマトのような野菜で煮込まれた煮魚がそれぞれの前に置かれる。


「おお〜、美味しそう! これ、なんていうお魚なの?」


 焼きたての魚のじゅわりと透明な脂が弾ける様子に歓声を上げ、ララが尋ねる。


「はい! こちらウォーキングフィッシュの香草焼きとなります」

「う、ウォーキングフィッシュ!?」


 嬉しそうに尻尾を揺らして溌剌と答える少女に、ララは思わず肩を跳ね上げる。

 フォークを取ろうとしていたイールも、手を伸ばしたまま硬直していた。


「はい! 今朝、新鮮なものが市場に並んだので、店長が思い切って沢山買ったらしいんですよ」

「そ、そうなの……。ウォーキングフィッシュって美味しいの?」


 魚が好きなのだろうか、獣人の少女はにこにこと満面の笑みだ。

 改めてララは目の前の皿に視線を落とす。

 至って普通の、彼女の価値観と照らし合わせても特に違いない焼き魚である。

 見た限りでは、あの妙に生々しい足はなさそうだ。


「ウォーキングフィッシュの幼体は、成体と違って水中で暮らすんです。成長する過程で足が生えるんですが、それ以前は普通のお魚ですね。淡泊な脂で、スパイスと合わせるとコクが出て美味しいんです」


 おもしろい生態の生き物もいるもんだ、とララはしみじみ思う。

 改めて見ても、極々普通の魚である。

 添えられた香草の香りも合わさって、なかなかに食欲をそそる。


「ありがとう。頂くわ」

「はい! ゆっくり召し上がってくださいね」


 ルンルンと音符すら浮かべそうな足取りで少女は去る。


「さて。……いただきます」


 ララは意を決してナイフとフォークを握る。

 パリパリと音を立てる皮を開けば、柔らかくほぐれる白身が現れた。


「うん。おいしそう」


 一口。

 口に運んだ瞬間感じたのは、香草の豊かな風味。


「〜〜〜!!」


 思わず身悶えし、噛みしめる。

 先鋒となり現れたスパイスに続くのは、白身魚のあっさりとした甘みだ。

 しっとりとした脂はさらりと喉の奥を流れ、香草と共に深いコクへと変わる。

 濃厚だが、しつこくはない。

 久しく口にした魚の味に、ララは満足そうに舌鼓を打った。


「イール、これ美味しいわね!」


 ララは顔を上げ、イールに話しかける。

 彼女が食べているのは、同じウォーキングフィッシュを野菜のソースとともに煮込んだものだ。

 白い身はうっすらと赤く染まり、温かい湯気を纏っている。


「ああ。ウォーキングフィッシュは干物にしてしまうものだと思ってたが、なかなか美味しい」


 軽くフォークを差し込むだけで崩れる柔らかい身を口に運び、イールは顔を綻ばせる。

 ヤルダの町への道すがら狩った大人のウォーキングフィッシュとは、まるで別の種のようだ。

 付け合わせの白いパンや、スープもまた美味しく、二人は充足した時間を過ごす。


「けどなんだか、ちょっとした背徳感を感じるわね」

「背徳感?」


 こくんと喉を鳴らして、ララが言う。


「えっと、『錆びた歯車ラスティ・ギア』とか『壁の中の花園シークレットガーデン』とか神殿とかさ、いろんな勢力が争ってるまっただ中に突っ込んで行ってるはずなのに随分のんびりしてるなーって」


 この町にやってきて、まだ四日しか経っていない。

 目まぐるしいほどに入り乱れる様々な勢力のただ中だというのに、こうしてのんびりとおいしい料理を楽しんでいることに、彼女は後ろめたさを感じているようだった。


「はははっ! そんな深く考える必要もないだろうさ。三日、レイラから時間をもらったんだ。その間はしっかりと準備して、心身共に万全の状態に調整しておかないと、できることもできなくなる」

「……それもそうね。よし、食べるわよ!」


 くよくよと指を絡めるララを、イールは大きな笑いで吹き飛ばす。

 つられるようにララも笑みを浮かべると、吹っ切れたようにフォークを握りしめた。 



「ふぅ。美味しかったわ。……ごちそうさま」

「結構量も多かったが、全部食べきったな」


 それほど時を経ることもなく、少し多いかとも思われた料理を二人は難なく食べきった。

 水を飲みつつ、体を落ち着かせる。

 魚の正体を明かされたときの衝撃こそ強かったものの、それが逆にウォーキングフィッシュの新たな魅力の発見につながった。

 ララは膨れたお腹をさすりつつ、はふぅと一つ息を吐いた。


「それじゃ、最後にナイフを見に行こうか」


 コップの水を飲み干して、イールは荷物を背負う。


「ナイフ? 武器ならハルバードがあるわよ?」

「武器じゃなくて、道具としてのナイフだ。動物を捌いたり、縄を切ったり、使う機会はいくらでもあるからな」

「ほうほう。そういえばイールも剣とは別に持ってたわね」


 イールの説明にララは頷いた。

 確かに、イールは武器である大振りな剣とは別として、手のひらほどの刃渡りのナイフを持っていた。

 刃の分厚い頑丈なもので、それを彼女は頻繁に使っていた。


「ナイフ一本あれば格段にできることが増える。まあ、これも旅の必需品の一つだな」

「そういうことね。なら早速行こっか」


 イールが近くを歩いていたウェイトレスを呼び止め、代金を渡す。

 そして、昼下がりのヤルダの町へと二人は繰り出した。

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