第19話「固有名詞が多すぎて内容が理解できないわ……」
ところは変わり、三人は通りに面したテラス席のあるカフェでテーブルを囲んでいた。
穏やかな日差しが、白いオーニング越しに降り注ぎ、爽やかな風が吹き抜ける。
ララは紅茶に似た、透き通った薄赤色のお茶の注がれたカップを両手で包み込むように持ち、目の前の青年を見る。
「あなたが、私を助けてくれたんですか」
「そーそー。お嬢ちゃん路地裏なんかで倒れてたもんだから、すっごく心配したぜ」
ハチミツの香りのする琥珀色のグラスを傾けながら、にこやかな表情でパロルドは言う。
「ありがとうございます。あのままあそこで倒れてたら、死ぬところでした」
重々しい表情を浮かべ、ララは丁重に頭を下げる。
パロルドや、隣に腰を降ろしたイールなどは彼女の言動を些か誇大された表現だと思っていたが、実際に彼女があのまま放置されていたならば、それは確かに命の危機だった。
残存エネルギーのすべてを生命維持に投じていたナノマシンの活動が停止すれば、それはイコールで彼女の落命とつながれるのだ。
「まあ、こうやって元気になってるんだったらオレも安心だ。――しかしまた、なんであんなところに倒れてたんだ?」
「それは……」
ララはちらりとイールと目配せし、彼女が頷くのを確認する。
そうして、先ほどロミにも説明したことをなぞって、事の顛末を語った。
話が進むごとに、パロルドの目つきは鋭くなっていく。
こつこつとテーブルに指を打ち付けるのは、彼の癖だろう。
「そうか。赤髪の女に、黒服の男たち……」
「なにか思い当たる節があるのか?」
古い知り合いの纏う雰囲気が変わったことに気づき、イールが尋ねる。
パロルドは浅く頷くと、両の手を組んでテーブルに肘をついた。
「とりあえず、黒服の男たちについては少しだけだが情報を持ってる」
「ほう」
剣呑な目つきで、パロルドは語る。
「おそらく、最近リディア森林を越えてやってきた『
「『
「新興の古代遺失技術を復活させようとする技術者集団だな。随分古い時代から水面下でうまく活動してたみたいだが、数ヶ月前に突然森のこっち側に現れて各地の遺跡を荒らし始めたみたいだ」
「ふぅん。聞いてる分だと随分と力のある集団みたいだね」
「命題に掲げている古代遺失技術の復活を、すでにいくつか果たしているみたいだぞ」
「あの……」
淡々と情報交換を進める彼らの間に、ララはか細い声で割って入る。
「こ、固有名詞が多すぎて内容が理解できないわ……。古代遺失技術ってなに?」
目を白黒させてララは言う。
イールは苦笑しつつ、分かりやすいように噛み砕いて説明した。
「古代遺失技術っていうのは、あたしたちの前にこの大陸で隆盛を誇ってた文明が残した技術群だよ。その古代文明は今よりも更に発展した技術を保有していて、世界のすべてを支配していたとも言われてるんだ」
「古代文明……」
高度に発展した技術を持ち、栄華を築き、そして没落した文明。
ララは言葉を反芻し、一抹の不安を抱く。
――古代遺失技術とは、ララの母星の保有していた技術よりも更に発展していたのだろうか。
つまるところ、ララの持つナノマシンの力をも上回るのだろうか。
そんな疑問を胸の奥に押し隠し、彼女は神妙な顔で頷いた。
「しかし、何でパロルドがそんな奴らの情報を持ってるんだ?」
「そりゃモチロン、オレが優秀な傭兵で、どんな些末な情報も機敏に集めてるからサ!」
先ほどとは一転し、砕けた口調でそう言い切る青年に、思わずイールは額に手を当てた。
「まあ、なんだっていいさ……。それで、その『
「うーん、それについてはさっぱり分からんね」
「肝心なところが分かってないのか!」
「んなこと言われてもなぁ。黒服の名前が分かっただけでも十分っしょ」
声を荒げ身を乗り出すイールに、パロルドは情けない悲鳴をあげて身を縮める。
「……それもそうだ。すまないね」
「いいってことよー」
イールは素直に非を認め、落ち着きを取り戻すためにグラスを傾けた。
「まあ冗談は置いといてさ。ぶっちゃけた話、オレもその集団を追ってるんだ」
「なんだって?」
「依頼主は言えないけどねー。まあそういうわけで、なんかまた情報を掴んだら知らせてやるよ」
「ああ、よろしく頼むよ」
最後にそんな言葉を言い残して、パロルドは席を立つ。
自分の飲み物の代金よりも少し多い銀貨を残し、彼は颯爽と去っていった。
「……なんだか、掴めない人ね」
結局ほとんど会話に参加できなかったララが、思い出したように口を開く。
イールはパロルドの去っていった方角を見つめ、諦めたような声色で答える。
「昔から、ああいうヤツなのさ」
イールは手元のグラスの中身を飲み干すと、勢いよく立ち上がる。
それに倣ってララも慌ててグラスを傾け、けほけほとむせる。
「うぇぇ……」
「ははは。落ち着いて飲めばいいよ。それを飲んだら、ひとまず赤羽根トンビに戻ろう」
パロルドの残した数枚の銀貨をつまみ上げ、彼女はかすかに笑った。
*
「よう。あんたらに伝言を預かってるぜ」
赤羽根トンビに戻ると、カウンターに立っていた宿屋の主がイールに声を掛けた。
見上げるほどの巨体と厳つい顔つきの、禿頭の男だ。
「神官のロミかい?」
「ああ。時間があったら神殿に来てくれ、だとよ」
「ありがとう。そうさせてもらうよ」
白い歯を輝かせて笑みを浮かべる店主に、イールは銀貨を一枚渡す。
それを噛み、男は満足げに頷いた。
「さ、ララ。着いて早々だけど神殿に戻ろうか」
「そうね。了解!」
ララは深く頷くと身を翻し、通りへと躍り出た。
昼前のヤルダの町はどっと混み、進むことさえ難しい。
ララはイールの手を固く握り、ひっぱられるようにして神殿へ向かった。
「イールさん、ララさん。お待ちしてました」
神殿のロビーでは、すでにロミが首を長くして待っていた。
ぐったりと人混みに酔った二人を出迎える。
「それで、何か分かったのか?」
「はい。赤髪の女性と、黒服の男たちに関する情報を担当する方がいらっしゃったのです」
ロミの言葉に、二人は驚く。
「ひとまず、その方の部屋まで案内します。お話はそちらで」
「ええ。分かったわ」
人目を気にするように周囲を見渡し、ロミが声を潜める。
ララは深く頷くと、歩き出す彼女の後ろをついて行った。
「神殿のロビーまでは来たことあるけど、こんなに奥まで入るのは初めてだね」
珍しいものを見るようにイールが言う。
開放的なロビーとは一転して、最低限の明かりが灯るだけの簡素な廊下だ。
白い石材の床は奥までまっすぐと伸び、突き当たりは見えない。
左右には同じ様な姿形のドアがいくつも並び、だんだんと感覚が麻痺していくようだ。
「あまりここは一般の方は来られませんからね。基本的に、神官専用の場所です」
淀みのない足取りで先へと進みつつ、ロミは軽く言う。
「うぅ……。環境の変化が激しすぎるわ」
ぐったりを通り越し、うっすらと顔色を青くするララが、呪詛のようにつぶやいた。
それからしばらく歩き、ようやく一つのドアの前でロミは足を止める。
「ここが?」
「はい。わたしの上司にあたる方の私室です」
控えめに戸を叩き、ロミはゆっくりと扉を開く。
名を告げて、彼女はすっと中へと滑り込む。
イールとララは顔を見合わせ、彼女の後に続いた。
「お邪魔します……」
「よう。また会ったな」
控えめに頭を下げて入室するララ。
掛けられた声に、彼女は思わず目を見開いた。
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