第20話「また、赤髪の女の人が出てくるのね……」

 燃えるような深紅の髪は腰にまで達し、前髪の隙間から見える瞳は黄金に輝く。

 深い笑みを湛えた口の端からは、鋭い八重歯が顔を覗かせている。


「よう。また会ったな」


 以前のラフな服装とは違い白い神官服に身を包んだ女は、まるで久しぶりに旧友と出会ったかのような声色でララに声をかけた。


「あなたは……!」


 ララは驚愕のあまり目を見開く。

 その様子に戸惑いつつも、イールは瞬時におおよその状況を察した。


「この人が、ララを助けた赤髪の女か」


 ふるえを押さえつつ、ララはゆっくりと頷いた。

 ロミは女の傍らに控えて、口を開いた。


「この方は、キア・クルミナ教ヤルダ神殿の管理者を務める、神殿長レイラ様です」

「神殿長!?」


 予想を遙かに越える赤髪の女の正体に、二人はそろって声をあげる。

 対して、当の本人はカラカラと声をあげて笑っている。


「あはは。そんなに縮こまらなくてもいいよ。オレ、おっと失礼。私を助けてくれた、命の恩人なんだから」

「……私?」


 側にある椅子に腰を降ろしつつ、レイラは言う。

 彼女の一人称に引っかかりララが小首を傾げると、彼女は困ったように頬を掻いた。


「神殿長としてはある程度の品性が求められるからね。普段はあんなしゃべり方だけど、ここでは私で通さないと、周りがうるさいんだ」

「神殿長ともあろうお方があのような粗暴な話し方では、下々に示しがつかないからですよ!」


 しゃあしゃあと言うレイラに、ロミは頬を膨らませて釘を指す。

 二人はそれなりに親しい仲なのだろう。

 耳が痛いと眉を潜めるレイラの表情に、毒は見られない。


「まあ座ってよ。とりあえず、お茶でも飲みながら詳しいことを話そう」

「では、失礼して」

「し、失礼します……」


 あくまでも気軽な雰囲気をまとうレイラに促され、二人はテーブルを挟んで対面する。

 すぐにロミが温かいお茶の注がれたカップを二人の前に置いた。

 四人がテーブルを囲み、一息ついたところで、話は切り出される。


「まずは、お礼を言うべきだね。まさか師弟揃ってララちゃんに助けられるとは思わなかったよ」

「え、師弟?」


 こくこくと喉を潤していたララは、レイラの言葉に興味を示す。

 それを察して、彼女は頷いた。


「ロミは、私の弟子なんだ。主に魔法を教えてあげてたんだけど、いつの間にか私より上手くなってしまってね」


 少し悔しそうに、しかし嬉しそうにレイラは言う。


「つまり、ロミが武装神官になるために神殿の神官全員をぶっ飛ばした元凶は……」

「ぶ、ぶっ飛ばしてはいませんよ!?」

「ま、多少は私も噛んでるね」


 横で涙目で訂正を要求する金髪少女はさておいて、レイラはいたずらっぽく笑みを浮かべた。

 神殿長直々に魔法の知恵を教わるというロミの出生が、少し気になるララだった。


「まあ、それはともかくとして。まずは何から話そうか」

「『錆びた歯車ラスティ・ギア』の名前くらいなら知りましたよ」


 ララの口から飛び出た言葉に、レイラはかすかに驚きの色を見せた。

 しかし、それも一瞬のこと。

 すぐに平静を取り戻し、彼女は目を細める。


「へぇ。随分と耳が良いようだ」

「そりゃどうも」


 剣呑な表情のイールが、ぶっきらぼうに答える。

 彼女にとって、レイラは初対面である。

 そのせいか、未だ距離感を掴み切れていないようだった。


「ララちゃんの言ったとおり、昨日私を追いかけていたのは『錆びた歯車ラスティ・ギア』の一味だ」

「あれ? レイラさんは私が見たとき、捕まっちゃって……」

「その後、すぐに助け出されたのさ」

「そ、そうだったんですか」


 こともなげに言うレイラに、ララはほっと胸をなで下ろす。

 ひとまず彼女が無事だったことに、今更ながらに安堵を覚えていた。


「誰が助けたんだ?」

「良い質問だね」


 イールの言葉に、レイラは満足げに頷いた。


「私を助けてくれたのは、この町の評議会が秘密裏に組織してる研究機関さ」

「その内容をあたしたちが聞いてもいいのか?」


 眉をひそめるイールに、レイラはおもしろそうに鼻を鳴らす。


「もちろんだとも。特に、イールにはとても関係の深いお話だからね」

「どういうことだ?」


 レイラの言葉に、イールは更に首を傾げる。

 彼女はその研究機関について、何も知らないはずだ。


「その機関の名前は、『壁の中の花園シークレットガーデン』という。『錆びた歯車ラスティ・ギア』と同じく、古代遺失技術の復活を目指す集団さ」

「『壁の中の花園シークレットガーデン』ねぇ。見たことも聞いたこともないな。それが一体、あたしとどう関係してるっていうんだ」


 レイラの口から飛び出た言葉は、イールにとっても聞き慣れないものだ。

 ますます眉間に皺を寄せる彼女に、レイラはごめんごめんと軽い謝罪を繰り返す。


「『壁の中の花園シークレットガーデン』は、古代遺失技術の復活を目指す極秘の研究機関。その代表者として組織を牽引するのは、一人の小さな少女なんだ」

「ヤルダの評議会が秘密裏に組織する機関の代表が、少女なのか」

「なかなか愉快なお話だろう? ちなみに、その少女にはとある二つ名コードネームがつけられているんだ」


 身を乗り出して耳を傾けるイールとララを焦らすように、レイラは一度唇を湿らせる。


「その二つ名コードネームは、『紅緋の百合スカーレットリリィ』。燃えるような赤髪と、百合の花のような淑やかな性格から、いつしかそう呼ばれるようになったらしい。実際、小柄で可愛らしい、笑顔の素敵な少女だったよ」

「また、赤髪の女の人が出てくるのね……」


 イール、レイラと共に長い赤髪を持つ二人の女性に視線を送り、呆れたようにララが言う。

 ふと彼女がロミを見れば、彼女もまた何とも言えない笑みで応えた。


「また、赤髪か。……まさか!」


 イールがララの言葉を反芻する。

 そうして、とある考えに至り、顔をあげた。


「ふふん。イール、たぶん貴女の考えていることで合っていると思うよ」


 にこにこと捕らえ所のない笑みを浮かべ、レイラはカップを傾ける。

 イールは信じられないといった様子、焦燥を浮かべていた。

 そうして彼女はゆっくりと、思い至った予測を口にする。


「まさか――『紅緋の百合スカーレットリリィ』は……、テトルなのか?」

「正解だよ、お姉さん」

「お姉さん!?」


 ララは驚きの声を上げ、イールを見る。

 そういえば今朝、彼女は妹がこの町にいると話していた。


「妹さん、テトルっていうの?」

「ああ。そうだ……。年は七歳離れてる。最後に会ったのはもう五年以上前だが、まさかこんなことになってたとはな……」


 彼女は混乱した様子で、顔を手で覆っていた。


「しかし、何でテトルがそんな怪しげなところに……」

「怪しげとは失礼だね。『壁の中の花園シークレットガーデン』は至って真面目な研究機関だよ。私も神殿の代表として少し噛ませてもらっているけど、あそこの活動は決してお遊びなんかじゃない」


 イールの口から漏れ出した言葉に、レイラは頬を膨らませて反抗する。


「……テトルは学院を卒業した後、食糧供給の改善策について研究してたはずだ」

「その過程で彼女は、とある古代遺失技術に目を付けたんだ。そして、それについて研究を進めるうちに評議会にスカウトされ、『壁の中の花園シークレットガーデン』の創設に至った」


 レイラは滔々と語る。

 その瞳は星のように輝き、溢れ出る好奇心を隠そうともしていない。


「そのとある古代遺失技術とやらは、機密事項か?」

「ふふん。そう物事を急いじゃいけない。今から話そう」


 淡々と疑問を投げつけるイールと、それをにこにこと満面の笑みで受け止めるレイラは、ある意味でとてもかみ合っているようにも見える。

 ひとまず、完全に蚊帳の外となってしまったララは、感情をなくした瞳で話の行く末を見守りつつ、ロミの淹れた美味しいお茶を楽しむことにした。


「『壁の中の花園シークレットガーデン』が復活を目指している古代遺失技術。それは奇しくも『錆びた歯車ラスティ・ギア』が喉から手を伸ばすくらいに欲しがっている物だった。そして、その技術の手がかりとなる重要な記録は、私たちキア・クルミナ教がこの神殿の最奥に保管していた」


 どこからか、『錆びた歯車ラスティ・ギア』はその情報を掴んだのだろう。

 神殿長としてヤルダの神殿で最高の権力を持つレイラは、黒服の男たちに追われることになる。

 そうして、ララの反抗も虚しく拘束されてしまった彼女を助けたのは、以前から神殿とも交流のあった評議会直下の研究機関『壁の中の花園シークレットガーデン』の実行部隊だった。


「そして、今回の騒動の中心にある古代遺失技術。それは――」


 レイラはすっと、猫のように目を細める。

 彼女の薄桃色の唇が揺れ動く。


「――魔導自律人形と言うんだ」

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