第18話「て、てっきり三十半ばくらいかと……」
キア・クルミナ教は人々に深く信仰されている宗教の一つであった。
その勢力は大陸全土にも及び、各地に神殿を置くことで巨大な情報網の役割をも果たしていた。
巨大な主要都市群は当然のごとく、辺境の村落に至るまで、規模の大小こそ違えど敬虔なキア・クルミナ教徒である神官が管理する神殿が存在するのだ。
それらは布教の拠点だけでなく、先述の情報網の形成、また医院や学舎としての役割も担っており、人々の生活の基盤として深く根付いていた。
ヤルダにある神殿は、ガリアル王国の中でも有数の規模を誇り、在籍する神官の数も多い。
町の北に築かれた、雄壮な白亜の城を思わせる外観は、ヤルダの観光名所にすらなっていた。
「うわぁ、すっごく大きいわね……」
そびえ立つ太い柱の列を見上げ、ララは思わず感嘆の言葉を漏らす。
柱には蔦の這うような彫刻が施され、重厚な屋根には主神である光の女神アルメリダを模した精緻な彫像が天に浮かぶ太陽に視線を向けている。
「この大きさだと、ロミを探すのも一苦労だな」
降り注ぐ日差しを手で遮りながら、イールがため息をついた。
困窮する人々の為、広く開かれた玄関口からは、絶えず人々が流動している。
さながら巨大な蛇のうねるが如く複雑に波打つ黒山に、二人は早くも苦渋満面である。
しかし、そんな彼女の予想を裏切って、ロミとの再会は非常にスムーズに達成された。
「武装神官のロミですね。少しお持ちください」
神殿に入ってすぐの広いロビーで受付をしていた白い服の神官に用件を話せば、すぐさま傍らに控えていた神官見習いの幼い少年が駆けてゆく。
そして神官の言葉どおり、それほど時を経ずに二人はロミと顔を合わせることになったのだ。
「ララさん! もうお体は大丈夫なんですか?」
「ええ。心配かけちゃったみたいで、ごめんなさい」
いつもの杖を抱えて二人に駆け寄ってきたロミは、開口一番ララの体調を心配した。
ララは彼女に頷くと、申し訳なさそうに笑みを浮かべた。
「それで、今日は何か用件があるんですか?」
早速ロミが切り出し、三人は本題に移る。
ララは自分が迷子になった経緯と、その過程で助けてくれた赤髪の女について話した。
「赤髪の女性に、その方を追う黒服の男たち。ふむ……」
ロミは細い顎に手を当てて思考を巡らせる。
しかし、思い当たる節はないのか、すぐに渋い表情を浮かべた。
「すみません。特に心当たりは……」
「そうか。すまない」
肩を落として謝罪するロミをイールが優しく背中を叩いて慰める。
「一応、神殿の方に何か情報が寄せられていないか調べておきます。何か見つかったら、赤羽根トンビの方に向かいますね」
「ありがとう。すごく助かるわ」
「えへへ。こういう時のための神殿ですからね、任せてください」
えっへん、と得意げに胸を張って、ロミが言う。
頼もしい彼女に、ひとまず情報収集を任せることにして、二人は神殿を後にした。
「この後は、どこに行くの?」
「とりあえず、ギルドに行ってウォーキングフィッシュを納品しないとな」
「うあ、忘れてた……」
「下処理もして軽く干してあるし、保存箱にも入れてるからそんなに急ぐもんでもないさ」
そういって、イールは背中の荷物の中から大振りな木製の箱を取り出して見せた。
角を金属で補強され、さらに蓋の中央に青く透き通った石がはめ込まれている。
「これが保存箱?」
「ああ。冷気を放ち続ける水の魔石を使った冷蔵箱だな」
「魔石……。魔力が固まったものみたいね」
ナノマシンを使った分析によれば、蓋にはめ込まれた石は魔力の結晶体であるようだった。
イールはララの分析が正しいことを認め、箱を背中の袋に戻す。
「旅をしてるなら、一つくらいは持っといた方がいい。あるのとないのとじゃ、受けられる依頼の幅が段違いだからな」
「ふぅん。この町で売ってるのかしら?」
「ああ。落ち着いたら他の道具と一緒に買い揃えよう」
そんな会話を繰り広げつつ、二人はヤルダの町を歩く。
太陽の高さと比例して、通りを歩く人々の数も増える。
「ほら」
「うぇ?」
一歩先を歩いていたイールがおもむろに振り返り、左手を差し出す。
意図が分からずララが首を傾げると、じれったそうに手先を振った。
「また迷子になられても面倒だからな。人も多くなってきたし」
「うぇぇ!? あう、分かったわ……」
驚きつつも、ララは恐る恐るイールの手を握る。
意外と骨太な、がっしりとした感触を感じ、彼女は頬を赤らめた。
「そんなおどおどしなくても、別に噛みゃしねぇよ」
「そ、そういう訳じゃないわよ」
「? なんなんだ、まったく」
訳が分からないとイールは首を傾げる。
吹っ切れた様子のララは、ぎゅっと握る手に力を込めた。
「そういえば、イールはいつから傭兵やってるの?」
「うん? そうだな、十三の頃からだから……大体十五年くらいは傭兵やってるな」
「へぇ、随分若い頃から……。って、イールまだ二十代なの!?」
「はぁ!? あたしはまだピチピチの二十八だ!」
指折り数を数え、ララは思わずイールの顔をみる。
彼女は額に青筋を浮かべ、不届きな同行人を睨んだ。
「て、てっきり三十半ばくらいかと……」
「ほほう。ララとは一度みっちり話し合う必要がありそうだ。……ハルバードの練習、覚えとけよ?」
「うぇぇ!? ご、ごめんなさい!!」
声を低くし唸るように言うイールに、ララは慌てて頭を下げる。
小動物のようにおびえる彼女を、イールはおもしろそうに眺めていた。
「そういうララは十八だったか。とてもそんな歳には見えないけどな」
「わ、私は色々あって成長が十四歳くらいの時に止まっちゃったからしかたないのよ」
「なんだそりゃ? 呪いでも受けたのか」
「うーん、似たような物かしら」
怪訝な顔をするイールに、ララは言葉を濁す。
ナノマシンの注入や電脳化などのいくつかの基礎的な身体機能拡充と共に、不安定ではあるが発展的な先端技術を用いた手術も施されている。
そのため、彼女は十八歳という認識とは異なる幼い外見だった。
その上、厳密に言えば冷凍睡眠していた時間だけ実年齢は加算されるのだが、それを含めると何万と増えてしまい複雑なことこの上ない。
「てっきり十歳そこそこくらいかと思ってたぞ」
「なぁ!? いくらなんでもそんなに幼くないわよ! 外見じゃなくてにじみ出る隠しきれない知性を見なさいよ」
「はははっ! ちまっとした体型の奴がいくら言っても説得力無いな」
目の端に涙を浮かべ、イールは笑い飛ばす。
怒り心頭とばかりに、ララは彼女の腰のあたりをぽこぽこと殴る。
そんな様子を、周囲の人々は微笑ましい表情で見ていることに、二人は気付かないのであった。
「――っと、着いたぞ」
「ここがヤルダの傭兵ギルド?」
「ああ。そうだ」
程なくして、二人は木造二階建ての建物の前で足を止める。
傭兵ギルドの証である、剣と狼の紋章が掲げられた、立派な建物である。
広く放たれた扉を出入りするのは、イールと同じ様な武装をした同業者たちだ。
「そら、入るぞ」
「うん……」
いかにもな強面の屈強な男たちにおびえるララの手を引いて、イールは建物へと足を踏み入れる。
内部の基本的な構造は、ララが登録をした村のギルドとほとんど同じである。
両壁の一面に掲示板があり、奥にはカウンターが設置されている。
違う点をあげるなら、その規模であろう。
「広い、大きい、多い……」
圧倒された様子でララが言葉を漏らす。
掲示板はイールの背丈の倍ほどもあり、ロビーもずっと広い。
なによりも、人々の数が段違いだった。
これから受ける依頼を吟味する者、依頼を達成し晴れ晴れしい表情の者。
さらには、依頼を持ち込む一般人も多く見受けられた。
「まあそんな怖気付く場所でもないさ」
軽く言い飛ばし、イールは迷うことなくカウンターの列に並んだ。
ララが落ち着きをなくしきょろきょろとしきりに首を動かす間に列は進み、すぐに可愛らしい制服に身を包んだ受付嬢が二人を迎えた。
「ようこそ、傭兵ギルドへ!」
「依頼の品を持ってきた。手続きしてくれないか」
「承りました。では、依頼書の写しと現物をいただけますか?」
スムーズに事は進み、イールは懐から紙と箱を取り出したカウンターに置く。
受付嬢はカウンターの下からルーペの様なものを取り出すと、ウォーキングフィッシュの状態を精査し、頷いた。
「はい。確かに受け取りました。ありがとうございます」
背筋のピンと伸びたお礼をして、受付嬢はウォーキングフィッシュをギルドの用意した保存箱に移す。
「では、身分証をお願いできますか?」
「ああ。これだ」
受付嬢の言葉に従い、イールが自分の身分証を差し出す。
そうして、未だにキョロキョロと落ち着きのないララの背中を軽く小突いた。
「うぇ!? な、なに?」
「ほら、身分証を出すんだよ」
「あ、ああ。そうね、分かったわ」
軽くパニックに陥りつつも、ララは自分の身分証をカウンターに滑らせる。
それらを受け取ると、受付嬢は身分証の裏に何かを書き込み、判を押した。
「達成手続きは以上です。これからもよろしくお願いします」
「ああ、ありがとう」
「ありがとう!」
にこやかに手を振る受付嬢に見送られ、二人はカウンターを後にする。
すぐさま彼女は次の傭兵に対応しているあたり、さすがはプロといったところだろう。
「さて、ひとまずすることも終わったな」
「赤髪の女の人のことも、とりあえずはロミの情報待ちなのかしら……」
「できることもないだろ」
人の増すギルドのロビーを歩きつつ、二人はゆったりと会話を交わす。
「よーう、イール。昨日振りだな!」
そんな彼女たちに、背後から陽気な声が掛かった。
イールがさっと髪を揺らして振り返る。
「なんだ、あんたか」
「ええっと……、この人は?」
ほっと肩の力を抜くイールに、緊張の面もちのララ。
「やぁ。隣の子も元気になったんだな」
そういって口元に笑みを浮かべぷらぷらと手を振るのは、昨日ララを保護した青年、パロルドだった。
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