第17話「なんだか関係の希薄な家族ねぇ」

「はぐっはぐっ! もぐもぐ……。んぐ!」

「ほら、水も飲め」

「けほっ、ありがとう」


 ララはハムやベーコンなどの食料を両手につかみ、猛然と食べ続ける。

 一体その小さな体のどこに入るのかと、水差しを構えたイールは呆れた視線を送っている。


「くふぅ。結構食べたわね」

「結構も結構、食べ過ぎじゃないのか」


 結局彼女はイールが用意した食料をすべて食べてなお、物欲しげな視線を送っていた。

 無尽蔵な胃袋に戦慄さえ覚えつつ、イールは彼女にコップを渡し、詳しい説明を求めた。


「結局、どういうことなんだ?」

「だから、エネルギー不足だったのよ」

「えねるぎぃ?」

「栄養ね。ナノマシンだって万能じゃないから、動かすには相応の栄養が必要なの」


 無から有は作り出せない、効果の範囲が狭いというナノマシンの欠点に付け加えられる三つ目。

 それが、燃費の悪さだった。

 いやー失敗、とララは頭に手を当てて言う。


「つまりなんだ、ララは腹が減って倒れたのか?」

「まあ、そうだね」


 乾いた笑みを浮かべて言うララを見て、イールはがっくりと肩を落とす。

 てっきり暴漢の類にやられたものかとも思ったが、よくよく考えればナノマシンを使う彼女にかなう相手などいようはずもない。


「でも、今までも食事はちゃんと摂って来ただろう?」


 イールも傭兵を生業としている以上、体は資本である。

 そのため栄養を考えた食事を用意して一緒に食べてきたはずだった。


「単純に量が足りなかったかなって。私自身の体を維持するための栄養素はあったけど、ナノマシンの消費量には追いついていなかったみたいね」

「ナノマシンとかいうのは、そんなにドカドカ栄養を喰いやがるのか」

「以前いた所だと食事もそれに合わせられたものだったし、あんまり意識してなかったんだけどねぇ」


 ララの母星では、ナノマシンはごく一般的に普及しているものだ。

 それこそ、彼女のような成人したての少女にも与えられる程度には普遍的である。

 そのため供される食事もナノマシンの稼働を前提とした栄養素を含んだものだったのだが、この世界ではその“普通”が通じない。


「まるで、あたしの腕みたいだな」


 籠手に包まれた腕を持ち上げて、イールが言う。

 彼女の右腕もまた、魔力を常に吸収し続ける厄介者だった。


「そういえばそうね。あはは、私たち似た者同士なのね」

「なんで妙にうれしそうなんだよ……」


 にへら、と笑みを浮かべるララを、イールは冷めた目で見た。

 突然、ララははっとした表情を浮かべる、


「そ、そうだ。体力も回復したし、早くあの女の人を探さないとっ」


 ララは自分を助けてくれた赤髪の女を思いだし、がばりとシーツをはねのける。

 しかし、それをイールは腕を差し伸ばして制する。


「まだ体力は全部回復してないんだろう。それにこんな真夜中じゃあ見つかるものも見つからないぞ」


 イールはちらりと窓の外を見て言う。

 町はすでに太陽も沈み、風景は漆黒の闇に飲まれている。

 まばらな街灯が頼りない薄明かりを落とすのは大通りだけであり、路地裏を支配するのは完全なる黒だ。


「そんなこと言ったって! ナノマシンがあれば暗闇なんて怖くないわ」

「そのナノマシンが本調子じゃないんだろう!」

「うぐっ……」


 怒髪天を突く様に声を荒げるイールに、ララは言葉を詰まらせる。


「ひとまず今日は休め。明日から情報を集めたらいいだろ」

「そんな! ……分かったわよ」


 ぎっと睨む琥珀色の瞳に、彼女はようやく投降した。

 反抗しつつも、自分でもまだ本調子でないことが分かっていたのだ。


「もう寝ろ。明日神殿に行って、ロミにも事情を話そう」

「……うん。ありがとう」


 イールが立ち上がり、ランプの火を消す。

 墨を塗るような暗闇の中、ララはゆっくりと目を閉じた。



 翌朝。

 まだ日も昇らぬ薄暗い部屋の中で、ララは目を覚ました。


「……『起動アクション』」


 恐る恐る腕を伸ばし、小さく言葉を放つ。

 白磁のような肌を這うように、見慣れた光が滑り出す。


「よかった」


 ずっと頭の片隅を占めていた不安が氷解し、ほっと胸をなで下ろす。

 半ば確信はしていたが、それでも実際に動く様子を見ると安心するものだ。


「よし」


 彼女はベッドから立ち上がり、未だかすかに寝息を立てるイールに近づく。

 おそらくは、昨日付きっきりで看ていてくれたのだろう。

 ララは彼女の肌理細かな頬にそっと唇を近づける。


「――ありがとう」

「ああ、大変だったぞ」

「うひゃぁ!?」


 そっと言葉をつぶやいた直後、ぱっとイールの瞼が開く。

 気怠げに返された言葉に、ララは思わず仰け反った。


「おおお、起きてたの!?」

「あんな至近距離まで近づかれて、目を覚まさないのは傭兵としてどうかと思うぞ」

「むきーーー!! 起きててもそっと寝たふりするのが礼儀ってものでしょ!」

「何を逆ギレしてるんだ……」


 呆れた様子でのっそりとイールは上半身を起こす。

 薄いシーツがはらりと床に落ち、日焼け跡の残る肌が現れる。


「んもー! ちゃんと服着てよ!」

「だからあたしはいつもこの格好だって言ってるじゃないか……」


 顔を真っ赤にして叫ぶララに、イールは欠伸を返すともぞもぞと着替えだす。

 ララは両目をぴったりと手で閉ざし、彼女に背中を向けた。


「どうせ女同士なんだからいいだろ別に……」

「そう言う問題じゃないわ!」


 カチャカチャとベルトの金具が擦れる音が響き、剣を腰に差す気配を感じ、ララはようやくイールの姿をみた。

 そこに立っているのは、いつものように革の鎧を纏った赤髪の凛々しい女傭兵である。

 彼女が愛用の櫛を取り出し、持ち上げる。


「あ、イール」

「うん?」

「私が梳いてあげるわ」

「は?」

「まあまあ、昨日のお礼よ」


 そう言うとララはイールから櫛を受け取り、背中に回る。

 ゆっくりと、丁寧に、嵐のような髪を梳く。

 初めは戸惑っていたイールも、次第に彼女の櫛に身を任した。


「よし、かんりょー!」

「……おい。なんだこれは」


 櫛を置き、もぞもぞとイールの髪をいじって、ララが声をあげる。

 イールは半目で、自分の長い髪を見た。

 いつもは乱雑に紐で束ねているだけの赤髪は、ララの手によって細い三つ編みにされていた。


「こっちの方が動きやすいと思うわよ? なんならもうちょっと纏めてもいいけど」

「……いや、これでいい」


 気忙しげに自分の髪の先を指先で回し、イールは言う。

 ララは少し頬を膨らませ、物足りなさそうにそれを見ていた。


「よし、それじゃあ出かけましょう!」

「そうするか」


 荷物を纏め、必要のないものは金庫に残す。

 そうして二人は宿を後にして通りへと出た。


「早朝なのに結構人はいるのね」


 薄靄の覆うヤルダの通りには、すでに人の往来があった。

 今までの村々では見ることのできなかった光景に、ララが声をあげる。


「農民や職人徒弟なんかは朝が早い。それに、そもそもヤルダは規模が違うだろ」

「農民ねぇ。あ、町の外にある畑で働く人たち?」

「そこもあるし、新たに畑を耕す奴もいるはずだぞ」

「食べ物少ないの?」

「ヤルダはそもそもでかいし、今も移民が多くやってくるからな」


 通りを歩きつつ、二人はそんな会話を繰り広げる。

 ヤルダは絶えず人の流入する町だった。

 故に慢性的な食糧不足に陥っているのだ。


「あたしの妹がこの町で食糧事情を解決するための研究をしてたっけな」


 そういえば、と思い出したようにイールが言う。


「うぇ!? 私イールに妹がいるなんて聞いてないよ?」

「なんでいちいちララに言わないといけないんだよ……。そもそも何年も会ってないし、今もここで暮らしてるのかも分からん」

「なんだか関係の希薄な家族ねぇ」


 あっけらかんと言い放つイールに、ララは呆れた様に返す。

 イールが自分の右腕を治す術を探す為傭兵になったのは何年も前の出来事で、それ以来ほとんど交信はないのだと言う。


「もしかして私を助けてくれたのはその妹さんだったりして」


 くすくすと笑いながら、ララが言う。


「それはないな。妹はあたしと違って大人しい性格だし、ガラも悪くない」

「一応自分の性格に自覚はあったのね……」

「傭兵なんて仕事してると、どんな乙女でもこんなのになるさ」


 すげなく一蹴し笑い飛ばすイールだった。


「まあ、私を助けてくれた女の人はともかくとしてさ。妹さんにも顔見せた方がいいんじゃない」

「う……。まあ、考えとくよ」


 ララが言うと、イールは表情を渋らせる。

 今まで会うことすらしなかったのは、多忙だけが理由ではなさそうだと、ララは心の中でため息をついた。

 そんな彼女の視線を振り払うように、イールは顔をあげて歩調を早める。


「そんなことより、今は神殿だろ」

「それもそうね。れっつ・ごー!」


 ララはイールの隣を歩き、威勢のいい声と共に腕をあげた。

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