第13話「初めてよ!」
翌朝、ララとイールは朝日と共に目を覚ました。
焚き火の勢いもおとなしく、少し肌寒い。
「ふぁぁ。おはよー」
「ん、おはよう」
「あ、二人ともおはようございます」
ぽーっと焚き火の火を眺めていたロミが、二人に気づいて立ち上がる。
イールは身体の関節を動かし、滞った血流を促す。
ララは猫のように大きな欠伸を一つ吐き出すと、水を求めて荷物の山に這い寄った。
「朝ごはんも携帯食料ですか?」
「ああ、そうだな。手早く済ませて、さっさと出発しよう」
ということで三人はもそもそと携帯食料を飲み込んで、荷物を纏めてにかかる。
イールは鎧を纏い、剣の手入れをする。
ロミも、神官服やその下の道具を点検していた。
そうして、ララもまた見慣れない銀色の細々とした道具類を草陰から取り出して、得意げに点検のようなことを始めた。
「なんだそれ?」
ララの様子に気がついたイールが、鎧のベルトを調整しながら小首をかしげる。
そんな彼女に、ララは得意げな笑みを浮かべた。
「あ、やっぱり気になっちゃう? やっぱり気になっちゃうよねぇ仕方ないわよ! えへへ~、これはねぇ~」
「なんか面倒くさい反応だな」
喜びを隠しきれない表情でくねくねと身体を動かすララに、イールは目尻をピクピクと痙攣させた。
とりあえず話だけは聞くことにして、ララを一睨みする。
「まずはコレ! じゃじゃーん!」
そう言って手に持ったのは、丁度彼女の肘から指先程度の長さの棒である。
ララの手のひらでしっかり握れるほどよい太さをしていて、滑り止め用か細かい溝が何本も刻まれている。
「……棒?」
「棍棒にしてはちょっと小さいですよね」
ララの手に収まるその物体を、二人は不思議そうな視線で見る。
「うふふー、実はコレは変形するのよ。見ててよ――『
彼女の言葉に従い、銀色の棒は白く光る。
それは、ナノマシンの発する光だ。
内蔵された機構が展開し、棒は長く細く形を変える。
ララの背丈を超えてなお延伸は続き、二メートルほどの長さになる。
更に、先端からは扇状の刃と鋭い菱形の尖角、反対には突起が現れる。
「これは……」
「斧槍……ですか」
得意げに、ララは手に持ったハルバードで地面を付き二人を睥睨する。
「いつの間にこんなものを……」
「昨日の焚き火番の時に作ったのよ。ほら、私が背負ってた銀色の塊あるでしょう?」
「……またナノマシンというものですか?」
「うーん、加工はナノマシン頼りだけど、素材自体はナノマシンとはまた違うね」
「ちょっと触っても良いか?」
「うん。どうぞ」
イールが恐る恐る手を伸ばす。
そして、驚愕する。
それはあり得ないほどに軽かったのだ。
子供でも片手で振り回せそうな重量しか、それには存在していない。
「なんだこれ、中空になってるのか?」
「うん。待機形態の時はみっちり中まで詰まってるけどね」
ぶんぶんとイールはハルバードを振るう。
彼女の本来の得物は長剣だが、ハルバードの扱いも慣れた者の動きだ。
しかし、一通り振り回したイールは渋い顔でララに返す。
「軽すぎて、変な感覚になる」
「あはは……。まあそうだよね」
実直な感想に、ララも苦笑する。
本来ハルバードは自重による破壊力と多彩な使い方が魅力の武器だ。
それが片手でも軽々と扱えてしまう軽さというのは、イールには慣れない感覚だった。
「軽くても、強度と鋭さには自信あるわよ。多分この星で一番硬いわ」
妙な自信を持って、ララは言い切る。
なんと言っても、大気圏を突き抜け悠久の時を雨ざらしで耐えきった超素材だ。
ララの母星の技術を惜しげもなくつぎ込み、驚くべき汎用性と硬度と軽さと柔軟性を併せ持つ。
「それで、なんでララさんは突然ハルバードを作ったんですか?」
「昨日ロミが、人前でむやみにナノマシンを使っちゃいけないって言ってたじゃない? だから、普段はこれを使って偽装しようかと思って」
「ちなみに、ハルバードの扱いは?」
「初めてよ!」
胸を張って言い放つ彼女に、イールは冷めた視線を、ロミはなんとも言えない苦笑を送る。
実際、ララがハルバードを振るっても、子供のチャンバラごっこのようにしか見えない。
「……なんでハルバードを選んだんだ?」
「長柄武器なら敵に近づかなくても攻撃できるでしょう?」
「本音は?」
「かっこいいもの!」
いろいろと台無しな言葉に、ついにイールは項垂れる。
「大丈夫よ。同じ素材で作ったプロテクターもあるんだから」
そう言って、ララは銀プレートで作られた薄い装甲を取り出した。
肘から先、すね、胸をそれぞれ保護する防具で、彼女の身体に吸い付くようにフィットする。
「防具にしては露出が多すぎないか?」
「うーん、でも身体強度はナノマシンでかなり強化されてるし……」
もとより便利なナノマシンによって、彼女の身体は重装兵士ほどの耐久度は素肌に持っていた。
保護装甲は、ほとんど見栄えを重視して追加した防具と言ってもいい。
「他にもいろいろと道具は作ったけど、それは追々説明するわ」
そう言ってララが最後に取り出したのは、姿形も様々な道具が吊られたベルトである。
形で分かるものだけでも、ナイフや水筒と言った旅で必要な道具が見える。
「……ヤルダで道具を買う必要もないな」
「水筒とかは別に特殊金属製じゃなくてもいいから、ヤルダに行ったら買い換えるわよ」
あくまでララとしては、ひとまずの急場しのぎという扱いである。
一通りの武器と防具の紹介が終わり、準備も完了する。
イールは最後に焚き火の火が残っていないか確認して、ロッドの手綱を握った。
「それじゃあ時間もないし、出発するか」
「おー!」
そうして三人は、再び土道を歩き始める。
先頭にイール。
その後ろにロミ、ララと続く順番である。
ララは新しい自分の相棒の感触を確かめつつ、周囲を警戒する。
とは言っても、朝の穏やかな空気の中である。
獣たちの姿も見えず、ゆったりとした時間が流れる。
「そうだララ」
「う? 何かしら」
少し歩き太陽が全身を地平から出した頃、唐突にイールが口を開いた。
「流石にハルバードの扱いがたどたどしすぎる。今日から毎日練習するぞ」
「うぇぇ!? あの、扱い方はデータベースからインストールすれば……」
「何を言ってるのか全然分からんが、実戦形式の方が身体に染みつくだろ」
「うぇぇぇぇ、イールが相手なの!?」
楽しげにハルバードを振り回していたララはさっと顔を青ざめる。
今までも全てナノマシン頼みだった彼女に近接による実戦経験は皆無だ。
そのため、データベースからナノマシンを使って身体の動かし方などをインストールするつもりだったのだが――
「なんだ? あたしでは不満か? 安心しな、ちゃんとじっくりと身体に教え込んでやるぞ」
「よ、よろしくおねがいします」
闇の深い笑みを浮かべるイールに、ララが拒否できるはずもなかった。
「あ、対魔法使い戦闘ならわたしもお手伝いしますよ!」
「うぇぇ!? ロミも参加するの?」
「助けていただいた恩もありますので。それに対魔法使い戦闘は大切ですよ」
「ロミって魔法だけで神殿の人たち全員ぶっ潰したのよね?」
「そんなむごいことしてませんよ!?」
なんだか、少し選択を間違えた気がする。
そんな事を思い、ララは遠い目で青い空を眺めた。
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