第14話「さあ、ようこそヤルダへ」

 その後の道程はつつがなく、一行は一度小さな村の小さな宿で夜を明かしつつ、ヤルダを目指して歩き続けた。

 代わり映えのしない風景に、ララは早々に心を乾かし、列の後ろを歩きながら銀色のハルバードを退屈しのぎに振っていた。

 なお、イールによる戦闘指南はヤルダにたどり着いてから、ということになっていた。

 小さな村の宿では練習に使えるほどの広さも無く、またできうる限り早くヤルダに到着したいという三人の意志が合致していた為だ。


「うぇぇ、イールぅ、まだ着かないの?」


 村の宿を立って半日。

 燦然と輝く太陽の下、げんなりとした表情でララは泣き言を漏らす。

 先頭を歩いていたイールは呆れたような視線を送りつつも、もう少しだと激励した。


「もうそろそろ、ヤルダの外壁も見えてくる頃だ」

「外壁? ヤルダには壁があるの?」


 イールの何気なく放った言葉に、ララはぴくんと耳を跳ね上げた。

 これまで見てきた村はどちらも簡単な柵で囲われているだけで、壁というものは存在しなかった。


「ヤルダは歴史も古く、人も多い町ですから。神殿や各種ギルド、議会などといった重要施設もあるので、魔獣の危険を避けるために、立派な外壁が築かれてるんです」


 杖を突きつつ歩いていたロミが歩調を落とし、ララと並びながら説明した。

 彼女が武装神官として認められたキア・クルミナ教の神殿もヤルダにあるのだという。


「議会……。そういえばここって、なんていう国なの?」

「そ、それも知らないんですね……。ここはガリアル王国という国に属してます。ただ、本国との間に広大なリディア森林という森が広がっていて、そのせいで外部との交流はほとんどありませんね」

「ガリアル王国、リディア森林……」


 苦笑しつつも丁寧に説明してくれるロミに感謝しつつ、ララは聞き慣れない固有名詞を口の中で繰り返す。

 ナノマシンは高性能で、大抵の会話は難なく行えるが、それでもこの土地固有の言葉などの意味をくみ取ることができるほどではない。

 結局は自分の記憶力との勝負なのである。


「人の移動も困難な辺境で、ヤルダはガリアル王国の第二の首都みたいな役割をしてるんです。ある程度の自治権も国王から許されていて、そのために議会も独立して存在しているのですよ」

「へぇ。なんだか特殊な場所なのねぇ」

「魔の森のせいで外界から切り離されていますし、文化や慣習もかなり違うと聞きます」


 一国の片隅の地域、というよりは属国のような扱いなのだろう。

 武装神官として経験を積んで、ロミはいつかリディア森林を越えたいのだと語った。


「外の世界には、きっと私たちびっくりするような文化や生活があると思うんです。わたしは、それを直に見てみたいんです」


 そう、彼女は鳶色の瞳に輝きを湛えて言う。



「――そら、そこの二人。ヤルダが見えてきたぞ」


 二人が会話に花を咲かせていると、イールから声がかかった。

 道は小高い丘を登り切り、眼下にはなだらかに波を打つ丘陵地帯が広がっていた。

 緑の絨毯をよく見ると、ジグソーパズルのような線を描く畑が敷き詰められている。

 あれらが、ヤルダを支える食料庫なのだろう。


「あそこにヤルダが見えるだろ」


 そう言って、イールがまっすぐ指をのばす。

 ララがそれに沿って視線を飛ばすと、遙か前方に黒ゴマのような影が見えた。


「あれがヤルダの外壁?」

「ああ。まだ遠いから分からんだろうが、巨大な円形の外壁がぐるっと町を覆ってるんだ」

「四方向に開いた門も見上げるほど大きくて、壮観ですよ」


 二人の言葉に、ララは期待に胸を膨らませる。

 なにせ、この土地で初めての町である。


「二人とも遅いわよ。さぁ、急ぎましょ!」

「今まで一番遅かったのはララだけどな」


 先ほどまでの気怠げな雰囲気はどこへやら、彼女は元気よく丘を駆け下りた。

 その後を、呆れた様子のイールと苦笑いのロミも続く。


「この丘を越えたら、あとは平地だから歩くのも楽だな」

「畑よりも先にまっすぐな道を作っておけば、もっと楽だったと思いますけどね」


 ずんずんと先を歩くララの背中を眺めつつ、イールとロミはそんな軽口を言い合った。

 イールの言葉通り、次第に土地の起伏は緩やかになり、畑の中を縫うように道は伸びる。

 畑に並ぶ小麦のような植物はまだ若く、新緑の葉を風に揺らしていた。

 数刻ほどの時を風と共に歩けば、次第にヤルダの黒々とした外壁は気高くそびえ立つ。


「うわぁぁ、すごい。とっても大きいわね!」


 見上げるほどの高さになった外壁に目を見張り、ララは声をあげる。

 壁は黒色の煉瓦を積んで作られていた。

 白い目地材が網のように走り、モノクロのコントラストを作り上げる。

 ぽっかりと口を開く大きな門は、むしろトンネルと称するほうが正しいほどの奥行きを持ち、堅牢な外壁の分厚さを示威していた。


「なんだか門の近くに人がいっぱい並んでるわよ?」


 壁の足下、門のすぐ側に様々な姿の旅装の人々が集まっていた。

 イールのように荷物を持たせた馬を連れる者も少なくない。


「ああ、あそこは関所だ。あたしたちの場合は傭兵ギルドの会員証を見せて、銀貨五枚を払えばいい」

「ちなみに武装神官は身分証を見せれば無料です」

「ず、ずるい……」


 町に近づくにつれて道は切りそろえられた石によって舗装され、近隣の村からやってきたらしい人々が育てた野菜を並べた露店が散見されるようになる。

 ララは見慣れぬ色彩豊かな作物に気取られながらも、イールによってしっかりと捕縛され、道を進む。

 やがて関所の列に並び、それほど時間も経たずに順番もくる。

 イールとララは身分証を見せ、銀貨五枚を払う。

 ロミは無料ですんなりと立ち入りを許可された。


「さあ、ようこそヤルダへ」


 門をくぐりながら、イールがララに言葉を掛ける。

 琥珀色の瞳に、得意げな色を浮かばせ、白い歯をこぼす。

 長い門の暗がりを抜けると、――光が爆発した。


「うわぁぁ……!」


 思わず、ララは口を大きく開けて声を漏らす。

 一気に広がった風景は、これまでララの見たことのないほどの活気と色に満ちていた。

 赤褐色の煉瓦で築かれた背の高い建物が軒を連ね、石畳で舗装された大通りの両脇には極彩色の旗を掲げた露店が立ち並ぶ。

 人々の数は膨大で、濁流のようでもあった。


「すごい……。こんなに賑やかな町は初めて見たわ」


 空を揺らすような活気に包まれて、しみじみとララは言う。

 毒々しいネオンの光と息の詰まるような煙の充満した故郷とは違う、人々の生気が流れる町だ。


「このへんじゃ一番大きな町だからな。人の数も物も、何もかもが桁違いなのさ」


 人混みを縫いながら、イールが言う。

 その声には、この町を誇りに思う気持ちが少なからず含まれていた。


「お二人はこの後どうされるんですか?」


 並んで歩いていたロミが尋ねる。


「とりあえず、ギルドにウォーキングフィッシュを納品して、宿を見つける。その後はまだ未定だ」

「そうですか。わたしはこの後神殿に行って、その……始末書を……」

「そ、そうか。まあ、頑張れ」


 青い顔で言うロミに、イールは気まずそうに慰める。


「あ、この町の宿屋なら、赤羽根トンビという店がおすすめですよ」

「へぇ。聞いたことない店だ」

「宿屋街じゃなくて、平民街の近くにある宿なんです。あまり知られてないんですが、安くて食事もおいしいですよ」

「ありがとう。じゃあ、そこへ行ってみるよ」


 ヤルダに幼い頃から住んでいたロミは、旅の身の上であるイールよりも詳しいようだった。

 地元の民ならではの情報に、イールはロミを拝む。


「それでは、また何処かで。ここまで同行してくださって、ありがとうございました」

「はは、旅はお互い様さ。じゃあ、また何処かで」


 言って、二人は固く手を交わす。

 そしてロミはぺこりと頭を下げると、ふと気がついたようにあたりを見回した。

 イールが小首を傾げると、彼女は戸惑ったように口を開く。


「あの……」

「どうした?」

「ララさんは……どこへ……?」

「――は? ……ええっ!?」


 気がつけば、ララがどこにも見あたらない。

 一瞬の出来事だった。

 周囲を見渡しても、人混みが絶え間なく流れ、彼女の白い髪さえ見つからない。

 つい先ほどまで隣にいたというのに、彼女は忽然と姿を消していた。

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