第11話「私もよ。ここ赤くなってる」
「な、ななな、なんですか今のはっ!?」
ララの指先から放たれた風の槍は、まるで生きた猟犬のように草原を駆け回った。
一瞬後、ララはおもむろに歩き出し、心底嫌そうな表情で二匹のウォーキングフィッシュを拾って戻ってきた。
驚きの声を上げたのは、ロミである。
彼女はぷるぷると小刻みに震え、この世あらざるものを見る目つきでララを射貫く。
「何って……ナノマシンよ」
至極当然とばかりに言い放つララ。
もちろんロミがそれだけで理解できるはずもなかった。
「な、なのましんってなんですか! どの系統の魔法なんですか! で、でも魔力は捉えられなかったし、詠唱もなかったです。いや、何か言葉は呟いていましたが、威力に対して短すぎです!」
流石は魔法の力で今の地位をぶんどった魔法使いと言ったところか。
イールの時と比べると、ララの違和感が具体的に表れる。
「うーん、詳しく説明するとまずは分子とか原子の存在からになるんだけど……。まあ、魔法よりも魔法みたいな魔法ってくらいの認識でいいわ」
「よ、余計分からなくなりましたっ」
ララの適当な説明に、ついにロミは混乱を極め目を回す。
そんな彼女の肩に、イールはそっと手を添えて――
「ロミ。ナノマシンについてはあんまり深く考えない方が良い」
優しい笑顔で言い切った。
ロミは諦めたように肩を落とし、暗い声を漏らす。
「ふ、ふふ。――きゅぅ」
そうして、ぱたりと倒れてしまった。
「ちょ、ロミ!?」
「頭がいっぱいになったんだろうさ。目が覚めるまで少し休もう」
うろたえるララとは対照的に、イールはまるで予見していたかのような落ち着きようだ。
ロッドの背中から遮光布を取り出すと、近くの木の枝に張り始める。
「ララ、このあたりの草を刈ってくれないか?」
「うぇぇ、なんで私が……」
「ロミはなんで倒れちゃったんだろうなぁ」
「はい、やらせていただきます」
ララが風を使い、木の周囲の草を刈り取る。
丁度円形に草の倒れた地面が現れ、イールはそこにロミを寝かせた。
「私、芝刈り機じゃないのに……」
「何をぶつぶつ言ってるんだ? それより、あたしはウォーキングフィッシュの後処理をしてるから、周囲の警戒を頼む」
「はいはーい。了解でーす」
ララが手を振り、ナノマシンを起動させる。
イールは狩ったばかりのウォーキングフィッシュを地面に並べると、せっせと腹にナイフを入れて内蔵を取り出していた。
特にすることもないので、ララは背負っていた冷凍睡眠装置を地面に置き、それに座って彼女の作業を眺める。
一切つまる様子も見せず、筋の流れに刃向かう事なく、イールのナイフは切り進んでいた。
彼女の手つきはとてもスムーズで、まるで魚自身が自ら腹を開いているかのような錯覚に陥る。
「やっぱり、ロミの前では籠手を外さないのね」
「うん? ああ。まあ、そんな人に見せるようなもんでもない」
今も籠手を付けたまま作業を続けるイールは、こともなげに言い放つ。
彼女の異形の右腕は、今までも幾度となくトラブルの元となっていたのだろう。
「魔法で偽装とかもできないの?」
「ははっ、そんな器用な魔法があったらよかったんだけどね。まぁ、あったところで、この腕は大抵の魔力は際限なく喰いやがるから、すぐに化けの皮が剥がれちまうさ」
「……そういえば魔力をたくさん消費するって言ってたわね」
難儀なモノね、とララは一回り太い右腕を見て言う。
「……ぅ」
イールが最後のウォーキングフィッシュの腹にナイフを差し込んだ時、ロミの口から吐息が漏れた。
「あ、目覚ましたかな?」
ララが駆け寄り、そっと彼女をのぞき込む。
閉じられた瞼がゆっくりと開き、鳶色の瞳が現れた。
「おはよう」
「んぅ? ……ふわぁああああああああああああ!?」
「あいたっ!」
目の前に現れた白い少女に、ロミは驚き悲鳴を上げて飛び上がる。
そうしてモロにララとおでこを打ち付け合って、二人一緒に悶絶する。
「なにしてるんだ、二人とも」
そんな間抜けな様子を、イールが冷めた目線で見ていた。
「うぐぐ、痛いです……」
「私もよ。ここ赤くなってる」
目の端に涙を浮かべつつも、すぐに二人は落ち着く。
そうすると、ロミは居住まいを正して二人に謝罪を述べた。
「すみませんでした。その、ちょっと混乱してしまって……」
「しょうがないさ。ララの能力はちょっと一般人にはキツすぎる」
「キツいって何よ……。まあ、私もびっくりさせちゃったわね」
こういうときに、素直に自分の非が認められるのも、ララの美点だろう。
二人はすぐに和解して、すぐに再出発の準備に移った。
ロミが意識を失っている間もずっと作業をしていたイールは、木陰でうつらうつらと船を漕いでいる。
「あ、そうだララさん」
ロッドに荷物を積み込みながら、ロミがララに話しかける。
「なにかしら?」
「あの、ナノマシンの能力は、あまり人前では使わない方がいいと思います」
「それもそうね。あんまり目立つもの使ったら、また倒れる人が出そうだし」
「そ、それもありますけど。もっと別の理由があって」
恥ずかしそうに目を伏せた後、一転して強い意志を込めた視線で、ロミはララを見る。
「もし、キア・クルミナ教徒がララさんのその力を見たら……」
「ま、まさか異端審問で火あぶりに?」
魔女裁判。
遙か昔にララの星で行われたという凄惨な事件が、彼女の脳裏をよぎる。
しかし、ロミはその言葉に首を振る。
「いえ、キア・クルミナ教はそこまで過激ではないです。それよりも、おそらくその力の究明を理由に、学院に拘束される可能性が」
「へ、拘束!?」
「はい」
予想外の言葉に、ララは目を剥く。
ロミは神妙な顔で頷くと、話を続ける。
「キア・クルミナ教はあらゆる知の蒐集も使命としています。魔獣の調査もその一環ですね。そして、あらゆる知識の中で最も力を入れているのが、魔法に関する知識なんです」
「知の蒐集、魔法に関する知識……」
「ララさんの力は魔法を遙かに超えています。その力を目の当たりにした教徒は、何が何でも究明したいと考えるでしょう」
それって場合によっては火炙りよりも危ないのでは? とララの背中に悪寒が走る。
そうして、同時に疑問も現れた。
「あれ、じゃあロミは? 教徒というか、神官よね?」
「わたしはあまり魔法について興味はないのです」
「ええ? 魔法で今の地位をぶんどったのに!?」
「そ、その言い方はちょっとひどいですよ! ――わたしの知的好奇心は、種族の文化にあるんです」
だから、魔法にはあまり執着はないのだと、ロミは繰り返していった。
彼女は人間を含めた様々な種族の暮らしや文化について人並み以上の興味があり、武装神官となったのも、それらを見て回る為なのだという。
「それに、ララさんたちには助けて貰った恩もありますし、そんなひどいことしませんよ」
「私、捕まったらひどいことされるの……?」
「さて、準備も整いましたし出発しましょう」
「ねぇ! 答えてくれないの!?」
ロッドの背中に荷物を積み終えると、ロミは木陰で休んでいたイールを呼びに行く。
悲壮な表情のララは、慌てて彼女の後を追う。
「大丈夫です。すぐ解剖には回されないと思うので」
「解剖!? 最終的に解剖されちゃうの私!?」
泣きそうなララの声に、ロミはいたずらっぽい笑みを浮かべていた。
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