第10話「ぐだぐだ言ってても仕方ないでしょ」

「へえ、それじゃあロミは最近武装神官になったのか」

「はい。それまでは、ヤルダの神殿で見習い神官をしていました」


 一時的とはいえ、ララたちの旅程に一人増えた。

 ロミは十歳の頃から神殿で暮らしつつ神官の仕事を覚え、十四歳になったのを機に武装神官への道を選んだ。


「なんでまた、武装神官になったの?」


 先ほどの状況を思い出し、ララが首をかしげる。

 名前から推察できるように、武装神官には一定の戦力が求められるのだろう。

 だと言うのに、彼女はとても荒事が得意とは思えなかった。


「えっと、武装神官には三つの条件を満たす必要があるのです。一つは神官として最低限の知識を持つこと。二つ目は神聖魔法がある程度使えること。そして三つ目が、ある程度の戦力を保持していることです」

「なんだか基準が曖昧ね」

「武装神官の認定は、基本的に各地の神殿長に一任されていますから」


 そのため、望みの進路へ進みやすい神殿へわざわざ遠方からやってくる神殿見習いもいるのだと、ロミは微妙な表情で言う。


「それで、わたしの話に戻しますね。一つ目と二つ目は、まあ特に苦労なく満たすことのできる条件です」

「知識と神聖魔法だっけ?」

「はい。それらは見習い神官をしていると自然に身につくものなので」


 どこか得意げにロミは言う。

 張られた胸の大きさから、ララは意識して視線を外す。

 神聖魔法という言葉の意味があまり分からなかったが、ララはとりあえず分かった風に頷いておく。

 あとでこっそりイールに聞いておこうと、心のメモ帳に記す。


「肝心の戦力なんですが、わたしは武器の扱いの代わりに魔法技術で見て貰ったんです」

「あら、魔法でもよかったの?」

「ほんとはダメらしいです。でもわたしが魔法だけでヤルダの神官全員と丁度視察に来られていた武装神官の方を無力化したら、許可が貰えました」

「うわぁ……」


 少しだけ舌を出し、可愛い笑顔でロミは言う。

 つまるところ、圧倒的な魔法戦力で強引にねじ伏せたのだろう。

 見た目に寄らず破天荒だなぁ、とララは心の中で呟いた。


「それで、晴れて武装神官になって最初の任務がブラックウルフの巣の調査だったの?」

「う……。そ、そうです。助けていただきありがとうございました」

「いや、そんな卑屈にならなくても」


 何気なく放ったララの言葉は、ロミの心に突き刺さってしまったようだ。

 さっと顔を伏せ、ロミは言葉を絞り出すように言った。


「しかし……」

「な、なんでしょうか」


 ララの視線の色が変わる。

 じっとりとした青い瞳に、ロミは己を抱きしめる。


「ほんとにロミって十四歳なの? それにしては身長も高いし――」

「うぅ、言わないで下さいよ~。わたし、同期の子の中じゃ一番身長高くて……」


 唇をとがらせ、ロミは泣き言を言う。

 今いる三人の中で最も身長の高いのはイールだ。

 そして、次点でロミ、ララと続く。

 年齢順で言うなら、イール、ララ、ロミの順だというのに。


「神様って奴は不平等ね……」

「そんな! アルメリダ様は全ての人々の平等であられます!」

「ある……? ああ、キア・クルミナ教の……」


 ララに肉薄して言い切るロミに、思わずたじろぐララである。


「ねぇロミ、アルメリダ様にお願いしたら身長伸びるかしら」

「えっ、いや、うーん。どうでしょうか……」


 NOとは言えないロミは、キラキラと瞳を輝かせるララに何も言えない。

 人が傷つくような事は言いにくい、根っからの善人だった。


「おーい、二人とも。おしゃべりもいいが、そろそろウォーキングフィッシュの生息域に入るぞ」


 そんなロミに助け船を出すように、イールから声が掛かる。

 気がつけば周囲の草は背が高く、ララの腰ほどまである。

 イールはロッドの手綱を握り、油断なく周囲を警戒していた。


「ウォーキングフィッシュを狩るんですか?」

「ええ。ギルドの依頼なの」


 ロミは頷くと、お手伝いしますと言って杖を構えた。


「『神聖なる光の女神アルメリダの名の下、瞳の使徒イェジに希う。遍く邪気を見渡す第三の眼を開け』」


 彼女は力のこもった言葉を紡ぐ。

 ララの目には、周囲を漂っていた魔力が収束し、ロミの目を覆う様子が見て取れた。

 言い終わる頃には、ロミの鳶色の瞳に青みが混じっている。


「それが神聖魔法ってやつ?」

「はい。魔獣の存在を看破する『第三の眼』というものです」


 手短に質問に答えると、ロミは周囲を見渡す。

 そうして、すぐに目標を見つけたのか、頬の端を緩めた。


「イールさん、この先に二匹います」

「便利だな、その目」


 真っ直ぐと指を指すロミに、イールは感心したように言う。

 そうして、手綱をララに預けると剣に手を添えて走り出した。


「イールさんって、凄腕の傭兵なんですね」


 赤髪をはためかせ草むらを走る彼女の後ろ姿を目で追いながら、ロミは言葉を漏らす。


「まあ、傭兵になってそれなりに長いらしいわよ」


 物知り顔で言うララだが、彼女もイールについて詳しいことはそれほど知らない。

 なんといっても、出会って二日しか経っていないのだ。

 そういえば年齢すら知らないのだと、今更ながらに気がついた。


「ロミが十四歳でしょ。で、私は、まあ十八歳にしときましょう。……イールは何歳なんだろ」


 見た目で判断するならば、二十代の半ば程だろうか。

 もしかすると三十代に足を掛けている可能性も考えられた。

 どうにもあの長身と恵まれた体つきが邪魔をして、年齢を推察することが難しかった。


「お待たせ。一匹逃しちまった」


 ララがそんなことを考えていると、イールが一匹の魔獣を握って帰ってきた。


「おかえりって、何その気持ち悪い生物……」

「何って、これがウォーキングフィッシュだよ」


 それはイールの片腕ほどの太い魚のようだった。

 硬い鱗に包まれ、頭を半ばまで切りつけられてもしぶとくバタバタと身体をよじらせている。

 何よりも目を引くのは、唐突に横腹から生えた妙に太い四本の足だ。


「こいつがなかなか旨くてな。すばしっこくて獲るのに苦労する分、いい金になる」


 舌なめずりをして言うイールに、ララはさっと顔を青ざめる。

 感情を映さない黒い瞳も、パクパクと開閉を繰り返す大きな口も、生臭い体臭も、全てにおいて拒否反応を示していた。


「ウォーキングフィッシュですか! 神殿でもたまに食べましたが、ほくほくとしていておいしかったのです」


 歓声を上げるロミに、ぎょっとしてララが振り向く。

 ロミは頬に手を当てると、うっとりとした表情でウォーキングフィッシュを見ていた。


「依頼は三匹だから、まだ獲らないとな」

「うぇぇ。まだ獲るの……」


 心底嫌そうな顔で首を振るララに、イールは呆れた視線を送る。


「依頼なんだから仕方ない」

「こんなヤツだなんて知らなかったのよ!」

「つべこべ言うんじゃない」

「うぇぇぇ……」


 がっくりと肩を落とし、ララは全身で嫌悪を表現する。


「……はあ。しょうがないか」


 しかし、一瞬後には気を取り直し、ナノマシンを起動させているあたり、割り切ることはできる性格である。


「切り替え早いな……」

「ぐだぐだ言ってても仕方ないでしょ」

「それはそうだが」


 ララは手を伸ばし、口を開く。

 ナノマシンのことも知らないロミは、不思議そうに彼女を見ていた。


「嫌なことは極力手短にするのが、私流よ。――一瞬で終わらせるわ」


 彼女の青い目が光る。

 一陣の風が草原を突き抜けた。

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