第3話「あたしにはこっちの方が合ってるのさ」

 籠手によって隠されていたのは、異形の手。

 堅い朱色の鱗がきめ細かく覆い尽くし、長い指先には鋭利な爪が伸びている。


「邪鬼の醜腕って言うんだ」

「それは……生まれつき?」


 指先を動かしながら、どこか得意げにイールが言う。

 ララの質問に、彼女はゆっくりと頷いた。


「生まれたときからこの腕さ。人間やめてる頑丈さと力が自慢」

「それは治らないのかしら」

「そもそもあたしが旅を始めたのは、この腕を治すためさ。まあ、今は傭兵として稼ぐ為に必要な道具になってるけどね」


 その腕は、人間からかけ離れた能力を秘めていた。

 ララが密かにナノマシンによって解析したところ、鱗だけでなく、中の骨もかなりの強度を誇っていた。


「そんなわけで、あたしもララと同じ人外なのさ」

「私、自分が人外って言う自覚ないんだけどなぁ」

「アームズベアを単身で傷一つ負わずに倒せる一般人がいてたまるか」


 納得のいかないララを、イールは一蹴する。

 彼女の長い旅生活の中でも、あれほどの魔獣を単身で倒せると思うのは数人しかいなかった。


「それで、私たちはどこへ向かうの?」

「ああ、そうだな」


 ララの疑問に、イールは馬の背にくくりつけた荷物の中から古びた地図を取り出して確認する。


「この道をずっと進めば、傭兵ギルドの拠点がある村に着く。まずはそこで身支度をしよう」

「傭兵ギルド……?」

「あたしも所属してる、傭兵どもの集まりさ。腕に覚えがあって、旅の生活なら所属しといて損はない」


 ぽんぽんと自分の右腕を叩いて、イールはにっかりと笑った。


*


 その村は、彼女たちがゆっくりと歩いて半日ほどの距離にあった。

 太陽は半身を地平線に隠し、オレンジ色の光が長い影を作っている。


「ひとまず到着だ。さっさと入って宿を取ろう」


 慣れた様子のイールの案内で、村の中に入る。

 規模としては、先ほどのコパ村とさほど変わらない。

 農具を担いだ村人たちが、見慣れぬ二人に視線を向けていた。


 二人は、村の中ほどにある宿屋のドアをくぐった。

 一階は酒場、二階は客室という、ララのイメージした宿屋そのままの構造だ。

 開けた酒場には大きなテーブルがいくつか置かれ、一日を労働に費やした村人たちがジョッキを傾けている。


「二人で一泊。部屋は同じでいい」

「あいよ」


 カウンターに立っていた宿屋の主人に、イールは数枚の銀貨を渡した。

 コツコツとそれを打ち鳴らして、主人は一本の鍵を取り出した。


「一番奥の四番の部屋だ。水は一人につき桶一杯分を持って行く。食事が摂りたいならここでも摂れるが、別料金になるぞ」

「ああ、ありがとう」


 幾度も繰り返したらしい台詞をつまること無く言い終えた主人に、イールはひらひらと手を振った。

 後ろで待機していたララも頭を下げて、歩き出したイールについて行く。

 軋む階段を登って二階に上がると、細長い廊下にいくつものドアが並んでいる。

 イールはドアに掛けられたプレートを確認して、一番奥のドアに鍵を差し込んだ。


「さあ、ここが今夜の城だ」

「……わぁい」


 眼を細めて言うイール。

 清潔で柔らかいベッドに慣れきっていたララは、埃っぽく藁が突き出ているベッドに、ひくひくと頬を痙攣させた。


「さてと、まずは話を聞こうか」


 ベッドに腰を下ろして、イールがララを見据える。

 ララも背中に背負ったものを降ろし、もう片方のベッドに座った。


「何から聞きたい?」

「そうだな。アームズベアはどうやって倒した」

「どうやって、か……」


 いきなり説明しづらいことを聞かれ、ララはポリポリと白い頬を掻いた。


「まず、前情報として私はナノマシンが全身に入ってるの」

「……すまん。なのましんってなんだ?」


 難しい顔になるイールに、ララは苦笑する。


「まあ、ちっちゃくて高性能な何かだと思っておけばいいかな。いろいろ便利なことができるもの」

「ふむ……。それで?」

「そのナノマシンを使って、護身用の技『旋回槍スピンショット』を放った。それであの熊は死んだわ」

「すぴんしょっと……?」

「皮膚の上で超高速振動を起こして周囲の空気を操作して、それを圧縮した上で回転を加えて放つの」

「つまりは風か?」

「まあそうね」


 理解が追いつかないのだろう。

 イールは眉間を揉んで天井を仰ぎ見た。


「ララは風魔法使いなのか」

「ごめん、私魔法って分からないの」


 イールが目を見張る。

 信じられないと言わんばかりに口をぱくぱくと動かした。


「一体今までどうやって生きてきたんだ……」

「眠ってたのよ」


 あっけらかんと言い放つララ。

 イールは努めて無視した。


「魔法っていうのは、生命体が保有する魔力を用いて世界の現象を書き換える術だ」

「? ……うーん、ちょっとよくわかんないかも」

「つまりは……『我が指先に標の火よ灯れ』――こういうことだ」


 おもむろにイールは左手を持ち上げ、言葉を発する。

 すると、左手のすぐ上に、ぼんやりとオレンジ色の光を放つ炎が現れた。

 突然の現象に、ララは肩を跳ね上げる。


「うわっ。なにこれ!?」

「魔法だよ。照明なんかに使う灯火の魔法さ」

「すごい……コレほんとの炎なの?」

「いや、光だけのまやかしだ」


 イールの説明を聞いて、ララは恐る恐る指先を近づける。

 なるほど確かに、炎に触れた彼女の指は、なんの温度も伝えなかった。

 ナノマシンによる解析を使ってみると、その炎を構成するのは大気にも普遍的に存在していた、彼女の知らない元素だった。

 それは今まで出会った全ての人間にも濃く溜まっており、イールの中にあるそれが放出されているようだった。


「すごいすごい! こんなことができるなんて!」

「こんなの子供でもできるぞ。あたしはアームズベアを一撃で殺せる何かを発するララの方がすごいし怖いよ」


 苦笑気味でそう言って、イールは炎を握りつぶして消した。


「イールは魔法使いなの?」

「うんや、そこまでうまくは無いよ」

「そっかぁ」


 聞けば、魔法の行使に必要な魔力のほとんどを右腕に吸われているらしく、威力を持った魔法などはほとんど使えないと言う。

 その代わり、とイールは腰に佩いた剣に触れる。


「あたしにはこっちの方が合ってるのさ」


 人ならざる力を持つ醜腕と相性がいいのは、近接物理戦闘だ。

 イールはそのことをよく理解していて、そしてそのスタイルを気に入っているようだった。


「それでだ」

「はいはい」

「今更聞くのもあれだが、ララはあたしに付いてきてもいいのか?」

「ほんとに今更だね」


 半日間共に行動してからそれを聞くのかと、ララは思った。


「ま、一応な」

「イールは優しそうだし、付いていってもいいなら私は付いていきたいよ」

「そうか。ならいいんだ」


 そう言って、イールが左手を差し出した。

 ララも、彼女の顔をのぞき込んで破顔して、ぎゅっとその手を握る。

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