第4話「つまり膨らませられないってことだね」
「荷物も置いたし、馬も預けた。それじゃあ傭兵ギルドへ行こうか」
「うん! りょーかい」
というわけで二人は不必要な荷物を部屋に置き、鍵を掛け、宿屋を出る。
イールは人影の疎らな村の中を迷い無く歩き、ララはそのすぐ後ろをカルガモの雛のようなぴったりとくっついて付いていった。
それほど大きい村でも無い。
ほんの少し歩けば、すぐに目的地は姿を現した。
「あそこがギルドだ」
イールが指さした先にあったのは、簡素な木造二階建ての建物だ。
装飾の類いはほとんど無く、無骨でどっしりとした印象を受ける。
軒先には、剣と狼の紋章が掲げられている。
「あのマークはギルドのもの?」
「ああ。傭兵ギルドの拠点や、提携店なんかはあのマークを掲げてる」
そう簡単に説明すると、イールは建物の中に入っていった。
ララも慌てて付いていくと、内部は広いロビーになっていた。
「おお……。天井が高い」
一階の前半分は吹き抜けになっていて、二階の天井がよく見える。
少々空気は汗臭いが、大きく開かれた窓によって、それもずいぶん軽減されているのだろう。
「こっちだ」
少し先から振り返ったイールに呼ばれ、ララは走り寄る。
一階の奥はカウンターが並んでいて、そこには揃いの赤い制服を着こなした受付嬢が立っていた。
イールはそのうちの一人に話しかけた。
「ギルドの新規加入手続きがしたい」
「承りました。それでは、こちらの用紙にご記入下さい」
差し出されたのは、氏名や年齢など基礎的な情報を書き込む用紙だった。
ララは備え付けのペンを使い、書き込もうとして、直前で手が止まる。
「? どうした」
挙動不審な彼女に、イールは首をかしげる。
ララは振り返ると、涙目になり――
「どうしようイール。私、文字書けない」
ナノマシンを使えば言語の理解は完璧にできる。
しかし、文字ともなれば別問題であった。
「あー、じゃああたしが書いてやるよ。ほら、ペン貸して」
「うぅ……ありがとう……」
よしよしと頭を軽く叩かれて、ララはイールと場所を交代する。
イールが用紙に向かい、その隣でララが質問に答えていくスタイルだ。
「えっと、名前はララで良かったな。年齢は?」
「んー、じゃあ十八歳だよ」
「じゃあ、って何だよ……。まあいい。んで、女っと。出身地……」
「……わかんない」
「だよなぁ。まあ空欄でいいか。それじゃ――」
事情が事情故に書くことができない項目もいくつかあったが、それ以外はすぐに埋めることができた。
そこまで正確性を求めるものでもないのか、静かに待っていた受付嬢は、それを一瞥しただけでカウンターの下に仕舞ってしまった。
「それでは、加入費として銀貨三枚をお願いします」
「はいよ」
イールが懐から、形のいびつな銀貨を取り出してカウンターに並べる。
受付嬢はそれを互いに打ち鳴らして、カウンターの下に仕舞った。
「それではこれでギルドの新規加入手続きは終了です。お二人はバディ登録をなされますか?」
初めて聞く単語に、ララが首をかしげる。
それを見て察した受付嬢は、すらすらと説明を述べた。
「バディというのは、傭兵ギルドが構成員の安全度を高めるために講じている制度の一つです。具体的には、二人の傭兵を記録的に紐付けて、二人一組として考える制度ですね。バディ制度を適用すると、ギルドランクの昇級要件が緩和されたり、提携店からの割引を受けたり、あとはバディ評価によって高評価を得た場合は特別報酬が支払われることもありますよ」
つまるところ、二人一組で傭兵を記録し、どちらかが死亡ないしは活動不可に陥った場合の詳細な情報収集を円滑化するシステムなのだろう。
と、ララは身も蓋もないことを考えた。
だがそれも、傭兵という職業の危険性から考えると、突飛と言えるものではない。
「どうする?」
「なっといて損はないし、タダならやろう」
というわけで、二人はバディとなった。
「それでは、これで手続きは終了です。依頼を受注する場合はあちらの掲示板から依頼書を選んで持ってきて下さい」
そう言って受付嬢が締めくくる。
彼女の手の先には、壁に掲げられた巨大な掲示板がある。
そこにはピンで止められた、無数の依頼書があった。
「ありがとうございました!」
「それじゃあ、宿に戻って夕飯にするか」
「うん!」
イールの言葉に、ララはようやく自分が目覚めてから何も口にしていない事に気がついた。
ナノマシンは便利で高機能だが、万能ではない。
無から有を作り出すことはできないし、活動し続ければ停止する。
そのため、彼女は何か栄養を摂る必要があった。
宿屋に戻ると、イールは店主に料理を注文する。
名前を聞いてもよく分からなかったララは、無難に彼女と同じものを頼んだ。
二人がテーブルについて座っていると、程なくして湯気の立つ皿が並べられた。
「おお~」
「そんな驚くようなもんでもないぞ?」
それは、細かく刻んだ肉と根菜を野菜のソースで煮込んだ料理だった。
ドロドロとしたソースには、様々な種類の野菜が溶け込んでいて、それだけでもおいしそうだ。
「いただきますっ」
ララはスプーンを掴むと、勢いよく口に運ぶ。
「~~~~!!」
そうして頬を膨らませ、彼女はぷるぷると震えた。
青い目を輝かせる彼女を優しい表情で見て、イールは口元に笑みを浮かべた。
「ねえ、イール」
「ん?」
瞬く間に半分以上を平らげてしまった後、ララが不意に口を開いた。
「この後はどこまで行くの?」
そうだなぁ、とイールは思案顔になる。
そして、悪い笑みを浮かべてララを見た。
「なあララ、海と山と砂場、どれがいい?」
「えっ?」
唐突な質問に、ララは目を白黒させる。
「ええっと、山……かな?」
彼女がそう答えたのは、母星で暮らしていた頃にそれを見たことが無かったからだった。
高度な技術によって自然環境さえ意のままに操ることができた彼女の母星は、大地を平坦にして海を埋めた。
ララが物心ついたとき、母なる海はわずかばかりに残っていたが、山という存在は教育システムによる過去の記録からしか知ることができなかった。
そんな彼女の答えに、イールはぱちんと指を鳴らす。
「それじゃあ山に決まりだな」
「ええっ、そんな簡単に決めてもいいの!?」
「まああたしたち根無し草の旅暮らしなんだ、どうせなら自分の行きたいところに行くのが傭兵流の生き方ってやつなのさ」
「なんか、傭兵って適当だね……」
「柔軟な思考をしてるって言ってくれ」
むふんと鼻をならし、イールは腕を組む。
たわわに実った胸が、たゆんと揺れる。
「ちっ、柔軟な胸をしてるようで」
「なんだよ突然!?」
山も谷もない母星のような胸に手を当てて、ララが猛獣のような視線をイールに向けた。
突然鋭い殺気を浴びたイールは、顔を赤らめて上半身を背けた。
「うぅ……私だって、ナノマシンを使えばなんとか……」
「なんだかよく分からないけど、ナノマシンってやつはそんなに便利なのか?」
「……DNA参照はできるから、元通りに修復することならできる」
「つまり膨らませられないってことだね」
「うるさーい!」
だんだんとナノマシンについておぼろげながら理解してきたらしいイールが得意げに言う。
ぐさりと弱いところは貫かれたララは、涙目になって料理をかき込んだ。
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