たまごサンドと川魚の塩焼き

 まだしばらくは街道を歩くことになるだろう。


 風の気持ちいい平原の中、街道を進みながら物思いに耽る。


 これだけ天気が良ければ、ブランはきっと走り回っていたことだろう。そしてまた、帽子を被らず、傘も差さないことを俺が叱って、彼女が無邪気な笑みを浮かべるのだ。


「……ブラン」


 目が眩むほどの晴天を意味も無く睨みつける。

 だんだんと馬車の揺れにも慣れてきて、変わらない平原の景色を見るのにも飽きてきた。


 国を出る前に海の岬亭で朝食を食べたのを最後に何も食べてないことを思い出す。道に迷ったりヘンドラーと話していたりして昼食のタイミングを逃した。

 さすがに手綱を握っているリリシアを吸血するのは危険だろう。シャルハートが影の中から血を寄越せと騒いでいるが、魔導書ごと影に押し込んで黙らせた。自分勝手に吸血吸血とうるさいおじいちゃんだが、いざというときに分身体を登場させるためのことなのかもしれない。


 いや、自分勝手な吸血鬼代表みたいなコイツのことだ。俺から『愚者』のアルカナ因子を奪って逃げるために血を欲しているのかもしれない。疑うような目を影の中に向けると、シャルハートは何やら舌打ちを鳴らした。

 それを放って、馬を御しているリリシアに声を掛けた。


「リリシア、バスケットに入ってるパン食べてもいいか?」


「いいけど。出発前に海の岬亭で作った、普通のたまごサンドよ?」


「吸血鬼は血しか食えないわけじゃないっての」


 動物の血が一番魔力への変換効率が良いと言うだけで、普通の食事もする。人間にとって毒になるような物も平気で食べられるので、食の幅が広いのだ。ありとあらゆるものからエネルギーを摂取できる素晴らしい生物と言い換えてもいい。まぁ、その性質のせいで、ブランが幼いころ何でも口に入れようとして叱った記憶がある。


 リリシアが興味なさげに返事をした。

 コイツに吸血鬼の生態を丁寧に教えてやるのは時間の無駄かもしれない。


 肩掛けカバンの隣に置かれたバスケットを開くと、食パンに卵を挟んだだけのシンプルなサンドイッチが4切れ入っていた。先ほど買ったばかりの卵も一緒に入っている。

 ちなみに食パン1斤は入りきらなかったので俺の影の中だ。


「2切れ貰うぞー」

「どうぞー。私にも1切れちょうだい」


 腹が空いたのなら一度止まって休憩にしても良かったのだが、馬から降りるつもりはないらしい。無理をしているというわけではなくて、久しぶりに馬を操縦できるのが楽しいようだ。何やらおかしな顔をしながら、「ブランちゃん、乗馬は好きかなぁ?」などと呟いている。

 あの娘が可愛くて妹扱いしたくなる気持ちはわかるが、俺の妹だ!!


 荷台から顔を出して、1切れ渡す。

 コショウの味が程よいアクセントになっていて、シンプルな味付けながら飽きが来ない。

 食事処で働いていただけあって、料理は上手いようだ。


「うん。これなら、野宿が続いても大丈夫だな」


 俺自身、料理は得意であると自負しているが、あくまでブランのために覚えたのだ。人間相手に披露するつもりは毛頭なかったので、ある意味安心した。


 腹も満たされ、徐々に眠気が増す。

 当然、吸血鬼は2、3日眠らなくても平気だし、いつもなら元気を有り余らせたブランにせがまれて一緒に遊んでいた時間だ。


 ……まぁ、たまには吸血鬼らしく昼間から眠るか。


 馬車の揺れがだんだんと鈍くなっていき、瞼が落ちる。

 何かあれば、起こしてくれるだろう……。




「ねぇ、日が傾く前に野宿の準備をしたいんだけど、林の方に川はあるかしら?」


 ふと、馬を御していたリリシアから声が掛けられる。影から取り出した地図を広げてみれば、ヴィクトレースまで続く長い川があるようだ。

 吸血鬼の聴力に頼って木々の間を抜けて、河原にたどり着く。


「吸血鬼さん、影からテントを出して。それと、タオルも」


「クーリアって呼んでいいぞ。さっきはそう呼んだだろ」


「あ、馴れ馴れしいかなと思って気を遣ったんだけど、いらなかった?」


 ブランのことは名前で呼んでいたことを思い出して、人間の考え方がよくわからなくなる。

 子どものような見た目でも立派な吸血鬼で、300年は生きているのだが?


「クーリアと呼べ。これから一緒に旅をするのに、気を張っていると疲れるだろう?」


「あ、そう? 吸血鬼ってもっと嫌味な性格してると思ってた。案外優しいんだね」

「優しい訳じゃねぇよ!? 図に乗ったことをすれば容赦なく殺すからな」


「きゃー。こわーい」


 嘘くさい悲鳴をあげてタオルとを受け取ると、靴を脱いで川の方へ走っていく。さっきも感じたが、ブランを相手しているようで気に食わない。おとぎ話が好きという趣味が似ていると、同じような性格になるのだろうか。将来のブランがあんな薄着をするようにならないようにと切に願った。


 いや、きっと似合うのだろうが、小生意気な口をきき始めるかもしれないと思って戦々恐々としているだけである。


 いわれるがままタオルを渡したが、何をするつもりか分からず立ち尽くしていると、急に衣服を脱ぎ始めた。


「クーリア、火の準備お願いね~」


 少し大きめの岩にショートパンツとトップスを脱ぎ捨てて下着姿のまま川に飛び込む。

 流れは穏やかだが、中心の方は膝まで浸かるほど深いらしい。


「間違ってもおぼれるなよ?」


「ちょっとー。乙女が水浴びしてるんだからこっち来ないでよー」


 ……急にフランクな態度に変わりやがった。


 暗闇の方が素早く動ける俺としては、本気で置いて行こうかと迷った。しかし、心の中のブランが必死に宥めてくれたので平静を保てた。


「い、命拾いしたな」


「え、何ー? 聞こえなかった」


 水の中で下着も脱いでいるようで、ザブザブという音がする。


 このままだと、素っ裸でぬれた体のまま河原の近くで眠るということになり、さすがに可哀想だ。わざわざ着火剤などを買ってきていたが、それを無視して魔法で火をつけた。


 ……アイツ、馬鹿なのかなぁ


 なんとなく同情心で連れてきたことを後悔すると、シャルハートまでもが可哀想な生き物を見る目で川に浸かっているリリシアを眺めていた。水浴びをするリリシアから離れたところで魚を捕まえる。人間が食えるかは知らないが、変な毒を持っていない魚を選んだつもりだ。


「ブランが良く捕まえてくるデカい魚……。コレって人間も食えるかな」


 ミラクローアの屋台や海の岬亭のメニューにも載っていた魚も捕まえておくが、毒があったとしても処理方法がわからないのでリリシア頼みだ。


 30分ほど、手づかみ漁(漁とは呼べないか?)を続けていると、リリシアの呼ぶ声が聞こえる。


 すでに着替え終えており、先ほど着ていた物とは別な服を着ている。


「お前、寒くないのか? ローブ貸してやるか?」


 丈の短いノースリーブの服を着ながら、俺が起こした火で温まっていた。ご丁寧に土台と金網まで用意して、その上に鍋を置いてスープを作っている。

 下はタオルを巻いているだけで、下着姿のままのようだ。


「……ブランも風呂上りは、そんなような恰好だったな」


「これでも最低限隠してるから、少しは努力してるのよ?」


 努力の意味を問いただしたくなったが、グッとこらえて捕まえてきた魚を渡す。


「これ、捌けるか? 夕食の準備も明るいうちにしておこう」


「おお~。今日の夜ご飯、コンソメスープだけになるところだったからナイス!!」


「着火剤と燃料の前に、一番最初に用意するべきものだろ……!!」


 全身から力が抜けていくのを感じながら突っ込む。

 ふざけた態度とは裏腹に、丁寧な所作で魚を捌き始めた。海の岬亭で使っていた包丁をきちんと持ってくる辺り、ある程度旅慣れている部分はあるらしい。


「そう考えると、吸血鬼と旅するのがイレギュラーというだけで、本当は正しいのか?」


 着火剤も、人間一人での旅では必須であるし、荷物に制限がある以上補給の手が多い食品類の優先順位が下がるのも、熟練者の知恵なのかもしれない。


 俺のような引きこもり吸血鬼とは違うのかもしれないと感心していると、何も考えて無さそうな笑みを向けて……


「この包丁、デザインが可愛いから気に入ってるの」


 ……やはり人間は尊敬に値しない!!



 しばらくして出てきた料理は美味そうだった。


 先ほど作っていた具材の無いコンソメスープに、内臓を取り出した魚類の姿焼き。串はないので、手ごろな石を魔法で加工して、それらしくしているだけだ。


「いただきます」

「どうぞ~」


 コンソメスープを口に含むと、ジャリジャリという奇妙な感覚が口に広がる。

 砂の塊のようなものを噛んでみると、吐きそうなほど辛かった。


 辛いというか、痛い!?

 陽に焼かれたわけでもなければ、他の吸血鬼の攻撃を受けているわけでもないのに、口の中に激痛が走った。最弱のアルカナ因子とは言え、野良共とは一線を画す俺にダメージを与えるなんてタダ事じゃない。


「なんだコレ!?」


「ああ、コンソメだけじゃ味薄いかと思って、塩入れたの。まな板みたいなやつ」


「コレ、岩塩の板を砕いてそのまま入れたのか!? あれは直接使うものじゃない!!」


 肉を焼く時などに軽い味付けとして使われる岩塩プレートが、なぜか彼女のカバンに入っており、不思議に思っていたのだ。そして、最悪の形でその謎が解けた。


 怯えながら、魚の姿焼きも口にする。


「甘っま!? はちみつ……!?」


「ほら、魚ってそのまま食べるとグロいでしょ? はちみつかけて中和しようと思って」


「中和されるわけないだろ!! お前何考えてるんだ!?」


 あまりに衝撃的な思考を繰り広げるリリシアに恐怖を抱きながら、今度からは俺が料理をしようと心に誓った。


 吸血鬼のプライド?

 口の中に魚の内臓とはちみつの味が広がる地獄よりはマシだ。

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