第2章 全てを蹂躙する戦車編
吸血鬼の心臓
「……ブラン!!」
妹の幻影を追いかけて目を覚ます。
いつの間にか、真っ白なベットの上に寝かされていたようだ。
気を失ってからどのくらいの時間が経ったのか分からないが、猛烈に血が飲みたい気分だった。全身が軋むように痛いが、持ち前の回復能力のおかげで目立った傷はない。
「あ、起きてる!! 怪我はない?」
ベッドを囲むように設置されたカーテンが開かれ、見慣れたツインテールの人間がやってくる。
片手に軽食を持っており、ふんわりとしている髪がしぼんでいる所を見る限り、ずっと近くにいたらしい。食事を買いに離れて、戻ってきたら俺が起きていたということだろう。
「リリシア、ブランはどこに!?」
「落ち着いて。ブランちゃんは隣のベットで眠っているわ」
「よかった……。ブランは無事なのか?」
「……無事とは言えないかもね」
リリシアがベットを隔てるカーテンを開くと、隣のベットに寝かされているブランの姿があった。ただ、まるで死体のように青白く、呼吸をしていない。
「ブ、ブラン!?」
「心臓に穴が開いているわ。吸血鬼の体に詳しくないから分からないけど、この状態でも生きていられるものなの?」
リリシアが服を捲って見せると、そこには大きな穴が出来ており心臓と肋骨がむき出しになっていた。当然、その鼓動はない。
「魔石が……無くなってる」
不死と呼ばれる吸血鬼は、再生能力が高く、頭を吹き飛ばされても時間を掛ければ復活する。どれだけ臓器が無くなったとしても、いくらでも作り出せる。
アルカナ因子を持った吸血鬼であれば太陽に身を焦がされても、すぐに日陰に戻れば元通りだ。
ただし、それら再生能力は、魔石によるもの。
吸血鬼の身体能力が高く、魔法という超常的な能力を使えるのも全て魔石のおかげ。
補給したエネルギーを魔石が魔力に変換することで、魔法を使ったり、傷を治せたり、身体能力を高めることができるのだ。
「魔石が無いということは、吸血鬼にとって死を意味する」
「じゃあ、ブランちゃんは……!!」
「残念だが……」
「そう断定するのはまだ早いんじゃないかのぅ」
「どういうことだ、シャルハート!?」
俺の影から魔導書が飛び出し、ひとりでにページが捲れる。
輝く本の隙間から小さな赤い球体が飛び出し、ブランの周りをフヨフヨと動き回った。
「この娘から魔石が離れ、砕けたのは覚えているか?」
「……ああ。流星みたいで綺麗だったやつだろ」
「砕けた魔石が四方八方に散らばった。おそらく、あの2人組がやろうとした儀式への拒絶反応によるものじゃろう。それに、魔石を失った吸血鬼は灰のように消えるのが普通じゃ」
「消えてないってことは、ブランちゃんはまだ生きてるってこと?」
「じゃろうな。魔石を集めれば、吸血鬼の再生能力と合わせて復活させられるじゃろ」
「だったら、今すぐにでも追いかけないと!!」
慌ててベットから立ち上がろうとすると、病室の外から背の高い老人がやってきた。外見上の傷は魔法によって回復しているようだが、太陽に焼かれた跡や憤怒の炎による傷などは薄く残っている。
首元にウロボロスの飾りを付けた紫髪の老人は、片手に持っていた地図を広げた。
「話は聞かせてもらった。私が見た限り魔石はこっちの海側には飛んでいかなかったぞ」
「ちょっと待て、ステッキ・ストレガ。なぜ、そんなことを俺たちに教える?」
「モーブ様はまだ傷をいやしている最中だから、私が代わりに謝罪に来た」
「謝罪……?」
自分勝手な吸血鬼が謝罪とは、何かのジョークだろうか。
思わず笑い飛ばそうかと考えていると、ステッキの表情は真剣そのものだった。くだらない冗談のつもりではないことを理解すると、今にも吹き出しそうな顔をしているシャルハートを黙らせる。
「人間にも、愚か者にも迷惑を掛けた。『死』という理不尽から逃げたくて、その結果自分が他者に理不尽を押し付ける厄災になっていたのだと気づいた。本当に、すまなかった!!」
細身の老人が頭を下げる。リリシアの表情は重いものだった。
こいつらの自分勝手な行いのせいで彼女は故郷と家族を失っている。謝罪で何かが変わるわけでもない。吸血鬼と違って、人間は再生することはない。
「顔をあげてください。正直、許す気にはならないですけど、謝って解決できる問題でもないですし、これからの行動で示してください……」
「俺はブランさえ取り戻せば関係ない。大切な人が死んだわけでもないしな」
「……出来る限りの協力はする!! この地図も持って行っていい。血も必要であれば飲んでくれ」
……もしかして、喜びを表しているのだろうか? 封印されている身のくせに贅沢が好きなやつだ。彼にはもう少しばかり付き合わせることになるだろうから我慢させるのも忍びない。
「飲みたいぞ!! 愚か者からもらおうと思ったら、コイツもスッカラカンだから、そこの人間を食べるつもりだったからのぅ」
「え、私!?」
「おい、ブランと仲良くしてたんだぞ。勝手に食ったら悲しむだろ」
「その庇い方もどうなの!? シスコン拗らせすぎでしょ」
シャルハートが血を求めて騒ぎ始めると、それに呼応するように俺の腹の虫が鳴る。食人種実のある吸血鬼は珍しくないし、シャルハートを否定するつもりはないがリリシアを食べられるのは困る。ブランと同じおとぎ話好きのようで、短い間だというのに意気投合していた。
同世代の友達はもちろん、俺以外とのかかわりを持たないブランにはリリシアという新たな友人は歓迎すべきこと。それに、種族は違うが女同士の方が話しやすいこともあるだろう。
食べるつもりは毛頭ないが、腹が減っているのもまた事実。ちらりとリリシアの方を見てみると、仕方なさそうにため息をついて腕を捲って差し出してきた。
「飲みたいんでしょ? いいよ」
「断られると思ったのに……。ありがとうリリシア」
「う……ん……!?」
薄く微笑みながら彼女の手首に口を付ける。
「顔が良いって、反則よね……」
ボソボソと何かを言うのを聞かなかったフリをして、リリシアの血を吸う。細い手首からドクドクと溢れてくる鮮血は、ほのかに甘い味がして絶品だった。
「お前、ここに来る前に甘いもの食べただろ? シュークリームか?」
「え!? なんでわかったの? 海の岬亭で食べた……」
手首を舐めて傷を塞ぐ。
シャルハートの方は、ステッキが持ってきた大量の血液瓶を、文字通り浴びるように飲んでいた。
魔導書に血を垂らすことで血液を補給するから、本当に浴びてるのだ。ただでさえ赤い背表紙がさらに濁った赤色に染まっていく。
ずっと持ち歩くわけにもいかないから、俺の影の中に仕舞うんだぞ。そんなビシャビシャの魔導書、影の中に入れたくないんだが……。
「うん、旨い旨い。ところで愚者、次にどこに行くかは決まっているのか?」
「考えてなかった……。ステッキ、魔石は陸側に行ったんだよな?」
「ああ、具体的にどの辺りまで行ったのかは分からないが……」
「ワシが考えるに、太陽の力を完全に掌握すべきだと思っておる。じゃから、『太陽』のヴァンパイアロードが治める祝福の国『ブレッシュ』に行くべきじゃ」
「なるほど、北に位置する『ヴァ―ジーン』や『マムマム』は国交が封鎖されているし、それが一番いいと思う」
ミラクローアに面している3ヵ国のうち、街道をたどって行けるのは『戦車』のヴァンパイアロードが治めている勝利の国『ヴィクトレース』だけらしい。
国交の断絶って……何をやらかしたんだよ。いや、聞かない方が良いな。
「じゃあとりあえず、次の目標は、ヴィクトレースってことでいいか」
「そうじゃの。寄るついでにアルカナ因子も集めよう」
……平気な顔して無茶ぶりするのはシャルハートの癖なのか?
「ねぇ、私もついて行っていい?」
意を決した様子でリリシアが言う。
胸元で拳を固めており、怯えるように震えていた。怒られるのを覚悟でアイスを2つ食べたいといった時のブランと同じような表情をしている。
「ああ、いいぞ」
「足手まといなのは分かってる。それでも……え……?」
目に涙を浮かべながら呆気にとられた様子で口を開けている。
何を言われたのか分からないという表情の彼女に向けて、もう一度了承の返事をした。彼女が父と故郷を失ったと知ったとき、偉そうな同情心からブランと共に連れて帰ろうとも考えていたのだ。ブランと仲良さそうにもしていたし、彼女の魔石を取り戻した後、リリシアが傍にいてくれればあの娘も喜ぶことだろう。
「えっと……いいの!?」
「ああ、どうせ行くところも無いんだろう?」
「まぁ、コーウィン村も無くなっちゃったし、お父さんも居ないし……」
リリシアが事実を呟く隣でステッキは肩身が狭そうにしていた。
2人の間に気まずい空気が流れる。ステッキ、ひいては『魔術師』のヴァンパイアロードの責任であるので、甘んじてその気まずさを味わってほしいところだ。
「と、とにかく!! 本当に一緒に行っていいの?」
「ああ、人間を連れて歩けば、いつでも血が吸えるからな」
「……あ、そういう理由!?」
当然である。血液タンク以外の用事で下等な人間を連れ回すなんて、死んでもごめんだ。もっと言えば、ブランと趣味が合わなければ血液タンクとしても使うつもりはなかった。
全ては天使のようなブランのおかげである。
「待って!! 海の岬亭に戻って、すぐに準備してくる!!」
「いや、旅支度を整えるから今すぐじゃないぞ? 焦らなくていいからな~!!」
「足の速い人間じゃの……」
魔石を失っているブランをゆっくりと抱え上げて、丁寧な所作で影の中に仕舞う。
影を通じた無限の空間も、吸血鬼の特殊能力だ。
「ステッキ、モーブが起きたら伝えておいてくれ」
「なんだ?」
「『愚者の森にある家、建て直せよ? ミラクローアで一番腕のいい建築士にやらせろ』ってな」
またも気まずそうに口ごもる。ブランは優しいからこいつらを許したが、俺自身の感情としては許せない。何のお咎めも無しというのは腹立たしいことだ。
せめて、このくらいはやってもらわないと割に合わない。
「分かった。必ず伝えよう」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます