4人のヴァンパイアスート

 粉々に崩れた瓦礫の影から、ヴァンパイアたちが襲い掛かってくる。

 無限に湧き出る感情を握り締めて、振りかぶった。


「祝福の象徴よ。愚者に加護を与えろ」


 魔導書を開き、『太陽』の力を宿す。空には黒雲が浮かんでおり、温かな日差しを遮っていた。


「さぁ、愚者を殺した者は新たなヴァンパイアスートにしてやろう!!」


 モーブの言葉に吸血鬼の間で動揺が走る。

 吸血鬼たちは顔を見合わせると、隠していた翼や爪を現して突進する。ヴァンパイアスートとは、ステッキやグラディウス、ボトル、リラといった俗にいう幹部連中である。ヴァンパイアロードからより上位のアルカナ因子を譲渡されることで、吸血鬼としての位が上がり、より強力な魔法を扱えるようになるのだ。


 だが、俺の周囲は怒りの炎で囲まれており、吸血鬼の不死性を無視して焼き尽くすため近づけない。爆ぜる火の粉に怯えている様を見ると、どうしようもない笑いがこみあげてくる。調子づいたシャルハートは『愚者』の憤怒に紛れて、『太陽』の業火を強めた。


「どうした? かかって来いよ。それとも、愚者にビビってんのか?」


 軽い調子で煽ると、剣を構えた赤髪の男が強引に突破した。炎に臆することなく突っ込んできたのは、現ヴァンパイアスートであるグラディウスだった。妹を連れ去った実行犯であり、魔導書も奪おうとした因縁の相手。


 辺りの炎を腕に纏わせようとすると、炎の外から怒号が響く。


「全員、グラディウス様に続け!!」


 全身を焼き焦がされながらも足を止めないグラディウス。

 命を捨てたような行動だが、その眼はまだ死んでいなかった。


 確実に俺を殺してやろうという気概が見える。その様は、まるで鏡を見ているかのようであり、おもわず苦虫を噛み潰したような顔をしてしまう。


「一撃必殺、奇跡の知恵ミラクルソード!!」


 奇跡を冠し、吸血鬼の再生能力を低下させる必殺の剣技。太刀筋そのものが素早いことはもちろん、彼の研鑽を前に俺は動けずにいた。


「確かに見事な太刀筋だよ。愚かな俺には躱せない」


 相対する俺は魔導書を緋色に輝かせて、右腕に青い炎を纏う。『太陽』の扱い方はまだまだ底辺レベルであるが、感情が高ぶっている今はどんな魔法でも使えそうだ。


 全てを飲み込む『太陽』の蒼炎が、横薙ぎの必殺を放とうとするグラディウスへ叩きこまれる。


「剣の扱いを知らない俺と、策も弄せず突っ込むお前、どっちが愚かだろうな?」


 グラディウスの体にまとわりつく炎は、一気に赤黒く燃え盛る。


 『太陽』と『愚者』の合わせ技。

 不死の体を焼き尽くし、再生を押し殺す炎は止まることを知らない。


「グラディウス様がやられた!?」


「そんな……。愚者は何の能力も持たないはずじゃ……!?」


 炎の外側で、吸血鬼たちが動揺する。奥で控えるモーブは白い仮面の先で冷たい目つきをしているだけで、言葉一つかけようとしなかった。あの冷酷な目つきは憎たらしいほどシャルハートにそっくりであり、俺が森の中を走っていた時と同じ目をしている。


「ステッキ……」

「ああ、わかってる。ボトル、リラ、愚者を始末するぞ!!」


 背の高い薄紫色のローブを着た男が杖を振るうと、瓦礫が浮かび上がる。その陰に隠れるようにリラが飛び出し、目の前で煙を吐き出した。


 ……違う、体が霧になったのだ。


奇跡の価値ミラクルコイン!!」


 煙の中に紛れる、最愛の白髪の少女。天使と見間違うほどの美しい顔立ち、何よりも追い求めた少女が目の前にいることへの違和感と、手を伸ばせば届く距離にいる安堵で心がかき乱される。

 妹が涙を流してこちらを見つめる。徐々に首元から血が溢れて、嫌な方向へと曲がっていった。


「お、お兄ちゃん……」


 悲痛な声を漏らす妹が、俺に手を伸ばす。


 思わず駆け寄ってやりたくなったが、必死に手を止めて怒りをにじませた。


「こんな幻影で、俺を騙せると思ったのか?」


「な、私の魔法を破った!?」


 まとわりつくような煙を手で払うと、その中にはフード姿を被り、血走った眼をしている紺髪の女が驚愕の表情で立っていた。足元から煙を吹き出しており、払われた霧が徐々に彼女を形作っていく。単純な魔法だが、かなり動揺させられた。


「だったら、これならどう!? 奇跡の価値ミラクルコイン


 またも体が霧へと変わって、再び幻影かと思って警戒すると、予想に反して煙の中から現れたのは複数のリラ。


 幻影でありながら、煙として触れることができる。全員が俺に手のひらを向けて魔法の詠唱を始めた。その全てに魔力が含まれており、どれ一つとっても偽物らしさはない。分身などという都合のいい魔法ではない。霧一つ一つを組み合わせて魔力を流しているのだ。


「祝福の象徴よ。愚者に無限の剣を与えろ」


 深呼吸をして魔導書から作り出したのは緋色に輝く10本の剣。

 俺の背後をくるりと回り、まるで太陽のように照っている。未だ多くの封印が施された『太陽』の力をある程度ひきだしていることにシャルハートは感嘆の声を漏らした。


 背後に浮遊する1本を構えて、霧の中から湧き出す背の高い女へと放り投げた。緋色の剣が幻影の心臓を穿つと、手ごたえもなく通り抜けていく。しかし、ふわりと影が揺れて高まっていた魔力が霧散した。


 周囲を取り囲む幻影に全ての剣を投げつけ、残った本体へと切迫する。

 とっさにバックステップで回避しようとしていたが、遅すぎた。


「させない!!」


 リラの眼前で魔法を放つと、障壁に阻まれてしまう。

 ガラスのような魔法の壁は片目を紫色の髪で隠した少女のものだった。


 おどおどとしながらも、まっすぐに俺を見据えて、リラに防御の魔法を飛ばす。苛立ち混じりに小さなナイフを投擲するが、それも弾かれた。ただの支援魔法と侮るなかれ、相当の使い手であることが窺えた。


 ――子供を相手にするのは苦手なんだが……


 妹の顔がチラつきながらも、青い炎を放って焼き焦がす。

 甲高い悲鳴にやりにくさを感じて頬を引きつらせると、背後から地獄の底のような冷たさを感じた。


 振り返ってみても、小さな氷の粒があるだけで、なんてことない低級の魔法だ。内包している魔力も低く、警戒に値しない。ともすれば、生活魔法の一種と言われても違和感はない。


「おいおい、なんだコレ……?」


「これが魔術師の手品だよ。愚者にはわからんか?」


 気味の悪い薄笑いを浮かべながら、背の高い老人は杖を向ける。瞬間、氷の粒が炸裂し、氷の檻に閉じ込められたかのような極寒が肌を斬る。

 小さな低級魔法? 冗談じゃない。超小型の効果力魔法だ。


 ――手品? どんなカラクリだよ……。


「ふぅむ、どうやら、魔法の逆転といったところかのぅ」


 魔導書の中からシャルハートは冷静に分析する。彼曰く、ステッキがやっているのは普通の大魔法を威力を保ったまま小型化させる魔法なのだという。

 あるいは、弱い魔法ほど威力が上がると言い換えてもいい。


 リラの幻影を躱しつつ、見えないほどに小さな大魔法を躱す。もどかしさからくる苛立ちを吐き出して、腕に力を込めた。


「【ステッキ・ストレガ】お前のやり口が気に食わない!!」


 薄くなった黒雲に向けて、青と赤黒さの混じった炎を放つと、強い日差しが降り注いだ。周りの吸血鬼たちが、一気に苦しみ始め、ステッキたちの動きも陰りが見える。静観を続ける白仮面のヴァンパイアロードは表情を変えることなく見下ろしていた。


 何にも動じず、全てが装丁の範疇。

 そんな顔を続ける様さえもシャルハートに似ていた。


「太陽をさらけ出した!? 気が狂って愚者バカになったか!?」


 ステッキたちの中に動揺が走るが、構わずに魔導書を開いた。


「シャルハート!! 俺に力を貸せ」


「傲慢なやつじゃのう。強欲というべきか?」


 魔導書が一層輝くと、光と炎が俺の全身を包み込んだ。

 日差しを受けていることで魔術師の配下たちは、うめき声をあげる。アルカナ因子を持っている吸血鬼だって日差しの下では弱体化するのだ。


 あくまで、『太陽』を除いて……の話だ。


「理不尽を押し付けるクソども!! 太陽の怒りを嚙みしめろ」


 魔導書から吹き上がった青い炎が辺り一面を焼き尽くす。

 吸血鬼達が悲鳴を上げるさまはまるで、奇跡に洗脳された者たちの狂気の歌。火の爆ぜる音と薄汚いうめき声が入り混じった現場は、『魔術師』のヴァンパイアロードが実験混じりに引き起こした農村の惨劇を再び目にしているようで、気分が悪かった。


 弱々しいが不死さえも焼く炎に包まれたステッキたちの死骸を乗り越えながら、傍観を続けたモーブの目の前に立つ。腰が曲がっていて、俺よりも背は低いが、威圧感は上等である。

 怪物を見ているようであり、逆立ちをしても勝てないような気さえする。


 シャルハートの耳障りな嘲笑。


 必死に虚勢を張って煽った。


「さぁペテン師さん。手品の種明かしをされた気分はどうだ?」


「……赤黒い炎が弱まっているな。やはり持続性は無い。怒りを原動力としているためか?」


 薄笑いを浮かべる白仮面を外して、素顔を晒す。

 腰の曲がった老人には似つかわしくない程整った顔立ちをしており、その背格好含めて歪な芸術のようだ。


「【モーブ・ストレガ】妹を返してもらうぞ!!」

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