奇跡の意味 魔術師の夢
「リリシア、不条理への立ち向かい方を見せてやるよ」
鋭い牙を覗かせて凶悪な笑みを浮かべた。
身震いをする彼女に声を掛けて地下牢から出て行こうとすると、階段の隣に置かれた三脚のテーブルに積まれた魔導書が目に入る。クマのぬいぐるみが置きっぱなしになっており、それを回収するついでに一冊の本を見て違和感を抱いた。
「……これ、日記か?」
乱雑に積まれた魔導書とは違い、何度も開いては力強く握った形跡がある。他の魔導書には巧妙な吸血鬼の名前が著者として刻まれているのに対し、これだけは何も書かれていない。
開いてみると、ミミズのような文字と、人の体のスケッチや、解剖図が描かれ、そこかしこに、『不死』だとか『輪廻の輪』だとか、意味不明な文字の羅列が残されている。
「シャルハート、これどういう意味だと思う?」
足元の影から赤い魔導書を取り出す。本の隙間から小さな赤い光が飛び出すと、『魔術師』のヴァンパイアロードが書いたであろう日記を興味深く眺めた。檻に落とされようともアンデッドになったリリシアの父を見ても興味を示さなかった冷淡な吸血鬼が、楽しそうに目を細める。(もちろん、目があるわけではないので、雰囲気だ)
「日記ではあるが、研究の道筋という側面もあるな」
「研究の道筋? つまりは、あのくたびれた老人の企みが書いてあるわけか」
俺やブランを閉じ込めようとするからにはそれなりの理由があるのだろうと思って、興味本位でページをめくってみると、震える手で書いたような文字で魔術師の懊悩が書かれていた。
自他ともに認められる奇跡の魔術師には似つかわしくないほどに弱々しく痛ましい内容。けれど、並べられた言葉は自分勝手でとても理不尽なものだった。
「血歴20万2000年6月、ついに吸血鬼にとっての死の世界を見つけた……」
死ぬことが無いと言われる吸血鬼だが、寿命が存在している。伝説と謳われるシャルハートが4万年ほどの栄華を極めて姿を現さなくなったことから、その程度なのだろうと考察した。
ならば、死を迎えた吸血鬼はどうなるのだろうか?
私はその疑問を解するために自身の死を疑似体験できる魔法を作り上げた。
すると、驚くべきことに私の記憶の底に『前世の記憶』が眠っていることが分かった。前世の私はアルカナに選ばれていない野良吸血鬼だったらしい。
そこではなんてことない生活を4000年ほど続けて、退屈に耐えかねて自殺したらしい。
けれど、今の私はどうだろうか?
『魔術師』のアルカナ因子に選ばれ、王冠すら賜った。
低俗な人間を支配して栄光を極め、様々な魔法で奇跡を演じ、信用足りうる吸血鬼の親友もいる。
これを失うなんて考えられない。耐えがたい屈辱だ。
欲しい。
私は不死が欲しい。終わることのない永遠を我が手に収めたい。
伝説の吸血鬼すら成し遂げられなかった完全なる不死を!!
その結果、私は太陽の弱体化から解放された。奇跡の力で、陽の光を克服したのだ。
だが、まだ足りない。
そもそも、私たちの不死とは何なのだ?
もっと知識と知恵を手に入れる必要がある。自分の体だけの実験では済まされない。人間と吸血鬼の違い、生物のルーツ、進化の差、その全てを知りたい。
私が完璧に至るために、人間の死者を利用した。
シャルハートの伝説を参考にして、必死に集めた20万年前のおとぎ話を再現した。
その研究で私が得たものは、自分が神にでもなったかのような優越感と、限界を超えたのが低俗な人間であって、私ではないという虚無感だった。
だが、阿呆な人間共は私の奇跡に酔いしれ、死者に会えると言って私を持て囃した。
本当に救えない連中だが、実験のためには大量の血が必要だ。大量の死体が必要だ。死体の調達には『ドラマティック・エデン』が居たので困らなかったが、民衆から得られる血には限界がある。
人間の血は吸血鬼ならば、誰だってほしい。
『ドラマティック・エデン』から買うのだって高いし、国民が相手では対価に魔力を与えなくてはならなくなる。
面倒だったが、ステッキの妙案によって解決した。
だが、しばらくすると、死体の数が足らなくなった。
幸い、ミラクローアの付近にはいくつも農村がある。蘇生した死体の実験に使うために使いつぶすのはもったいないと思っていたところだ。
全ては順調だと思い込んでいたが、今まで自分がやっていたことは、無意味だと知った。
人間をいくら強化したところで、私自身の不死にはつながらない。
シャルハートの手記は途中からは偽物であり、販売した『ドラマティック・エデン』の連中も
けれど、都合よくぞんざいに扱える吸血鬼が2人ほどいたはずだ。
私と同じアルカナ因子を持っており、どちらもまだ2000年も生きていないような若い個体。2人とも同時に確保するのは面倒だが、片割れを連れて行けば、のこのこやってくるだろう。
「彼らは、愚かなのだから……」
胸糞の悪い最後で締めくくられており、そこから先の日記は文字が雑過ぎて読めない。日記を裏返すと、血に濡れた文字で『モーブ・ストレガ』と名前が書かれている。
「ハハハ。奇跡を称したペテン師の企みがワシと一緒とはの……」
光は微かに揺らめいて、シャルハートが笑い声をあげる。自虐的なつぶやきの中に嘲笑を孕ませており、偶然が重なっただけの
吸血鬼の多くは、退屈に耐えかねて死を選ぶ。だが、それを超えた吸血鬼たちは自分が生物であること忘れて、烏滸がましくも永遠を望んでしまうのだろうか。
4万年生きて、自身を封印してまで不死に執着しているシャルハートや、周りの生物を自分勝手に害してまで永遠を手に入れようと画策するモーブを見ていると、ブランとの幸福を望んでいる俺自身もいずれそうなるのではないかと恐れを抱いた。
いや、俺のそばにブランが居てくれるのなら、必ず止めてくれるはずだ。少なくとも、今まではそうだったし、これからもそうなるだろう。俺はあの娘を信じてる。
「リリシア、少し離れてろ。ブランのこと、しっかり抱いてろよ」
ふつふつと湧いてくる怒りをゆっくりと吐き出し、赤い魔導書を開く。リリシアが不安そうな目で俺を見つめているが、ブランを背負っている彼女を傷つけるようなことはしない。
俺が愚かであることは認めよう。
モーブの策略にまんまと嵌められ、地下牢に閉じ込められたのは事実だ。相手の思惑すら読もうとせずに、夢中になって妹を追いかけたのは、確かに愚策だ。
この日誌を読んで、死への恐怖は理解できる。
せっかく手に入れた幸せを永遠のものにしたいという気持ちも理解できた。それについては俺も同意だし、たぶん、誰だってそう願っている。
「でも、それで人から奪うという選択をしたことに、納得は出来ねぇ!!」
煮えたぎるような感情があふれて地下牢を揺らす。
俺が使える『太陽』の力を拳の一点に集中させると、腹の中の激情を少しずつ零した。シャルハートが呆れたように魔導書の中に引っこむのすら怒りを増幅させる。
「ああ、怒髪が天を突き抜けそうだ」
ごうごうと燃え盛る拳をしっかりと固めて、地下牢を『太陽』と怒りで満たす。
抑えきれない感情が石壁を焦がし、鉄格子にまとわりつく。リリシアやブランを燃やさないようにと必死に制御するが、これ以上は抑えきれそうにない。
「【モーブ・ストレガ】お前の罪は俺に憤怒を抱かせたことだ」
燃え盛る右手を天井へと振りかざすと、小さな太陽が上へと昇る。
ありとあらゆるものを吹き飛ばし、城が瓦解した。
巨大な爆発と、暴力的な大風。
右手から吹き上げる火柱が、ミラクローアの中心から伸びて美しい芸術のように映る。
見た者全てを魅了するような、まさに
反動により黒雲が立ち込め、瓦礫と焼野原が広がった国の中心で、見えない壁によって炎がせき止められていた。
「な、なにこれ!?」
たしかに城は崩れているが、あまりに不自然な崩れ方だった。
まるで、中途半端な位置から炎が溢れたような壊され方であり、脱出の暇を与えなかったはずだが、崩れ去った城内はもぬけの殻となり、周りには吸血に来た人間や衛兵、ヴァンパイアで囲まれている。
「『愚者』の吸血鬼……。ずいぶんと派手な登場じゃないか?」
「お褒めにあずかり光栄だよ。だが、俺の怒りは収まらねぇぞ」
俺たちが居た地下牢は空間そのものがゆがめられており、階段があるように見えているだけだったのだ。
あの地下空間は、城の地上部分と比べて異様に広かった。
ましてや、あれだけの建造物の下に地下牢なんて言う大穴が開いていて、それを支えている柱すら見当たらないなんて、魔法でもない限りあり得ない。
散々謳ってきた奇跡の正体は、単なる魔法。
魔術師が異次元の空間を作り出し、地下に見せかけていただけのこと。
中の様子を見ることは出来ないようだが、むりやり破壊されたとしても、衝撃から逃れる時間稼ぎは出来るようになっているらしい。
「お前たち、手品もろくに楽しめない愚か者に常識を教えてやれ!!」
「気取ったペテン師が何言ってんだ」
粉々に崩れた瓦礫の影から、ヴァンパイアたちが襲い掛かってくる。
無限に湧き出る感情を握り締めて、振りかぶった。
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