3話 蒲公英と報復

私は松浦のSNSに連絡すると、迷ったのか既読が付いて数時間後に承諾の連絡が来た。

待ち合わせ場所のテレビ局近くのホテルにある地下駐車場だ。

知らなかったが、誰でも出入り出来る作りの駐車場は、通常長居する場所ではないので密談や密会に適しているらしい。


駐車場の一番奥に行くと、マスクと伊達メガネで変装をしているのに、その意味が無いほど派手なカラフルなブルゾンを羽織った男が1人、ホテルへの入口近くに立っていた。



「松蒲さんですね?」

と話しかけると、マスクとサングラスで表情は見えないが、それでも感じる程不機嫌な雰囲気で少しの無言の後

「……どこまで知ってんだよ」

と苦々しげに言った。


松浦は自分のファンへの対応すら好みでなければ露骨に悪いので

自分のファンですらない人間の「お願い」など聞いてくれる訳もない。


私は交渉の材料として、彼のSNSの裏垢を使った。

そこからスクショした女性と一緒に写っている都合の悪そうな写真を何枚か彼に送り付けた。

「この画像を週刊誌に売られたくなかったら一対一で会え」という脅迫の言葉を添えて。


世間の公表していない本名と裏垢


知られたくないこの二つの秘密を顔も知らない誰かに握られているとなれば

松浦だって相手が誰なのか知りたいはずだ。

誘き出すエサには十分だ。



私達は車と車の間の防犯カメラの死角になる場所に入り話をする事にした。

「本当に1人で来てくれたんですね」

「誰になんて言って同行頼むんだよ。女との写真で脅されてるから着いて来てってか?」

「確かにそうですね」

「で、要件てなに?……ってまぁ大体分かるけど」

「多分ご想像の通りです、解散の理由を教えて下さい」

「だからさ、コウが居なくなったからだってニュースでも言って__」

彼が喋る終わる前に、私はカバンから持って来た小さなナイフを取り出し、素早く彼の足に刺した。

彼は一瞬何が起きたか分からない様子だったが、左足の生暖かい感覚と、履いていたデニムの色がじんわりと濃くなる様を見て、急に騒ぎ出した。



「う、ぁぁぁ!お……お前、何、馬鹿じゃねぇの!こんな、これ、血っ!」

そう怒鳴りながら半狂乱でポケットからスマホを取り出しながら、私から少しでも離れようと後退るが、バランスを崩してそのまま倒れた。

転がる様に地面を這いながらスマホのロックを解除しようと躍起になって画面を人差し指でガンガンと叩く。

緊急SOS機能もあるのに、本当の緊急時には思い付かなくなるものなんだなと、冷めた感覚で観察しながら話しかける。


「これくらいでは死にませんよ。それとも警察か救急車呼びます?全部ニュースになりますけど」

その言葉に液晶をタップする指が一瞬止まった瞬間、スマホを持っている手を蹴り上げた。

スマホはコンクリートの床に落ち、クルクルと円を描きながら近くに停まっている車の下に入り込んだ。

「お前…頭おかしいよ」

そう悪態を吐きながら、松蒲は左足に刺さったままになっているナイフを抜こうと手をかける

「あ、ナイフ抜かない方が良いですよ。死なないって言いましたけど、ナイフ抜いたら血が沢山出るんで、止血出来ないと5分か10分くらいで死にますよ」

松蒲は呼吸を浅くしながら、私を睨み付ける。

「まぁ5分あれば何があったかくらい話せるんで私は全然困らないですけど」


「その足で逃げても追い付けますし、私は持っている他のナイフで確実に貴方を刺して殺します」


「今貴方が取れる最善は、私が納得する話をして、私が帰った後、ここにマネージャーを呼び、安全な場所で止血と傷の手当をして、今後の身の振り方をよく考える事だけです」


しばらく松蒲の浅い息遣いだけが、駐車場に響いたが、観念したかのようにその場に座ると


「分かった、話す」

と答えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る