二人の時間 その7


 バスケの授業は男女別々で行うものの、体育館は一つしかない。したがってコートを半分に区切って男女それぞれで試合を行っていた。


 試合のないチームはその間試合中のチームを応援したり作戦会議をしたりするものだが、生憎とそれはやる気のある男子に限る。女子はというと試合中のカッコイイ男子を見ていたりおしゃべりをしていたりと、割とだらけていた。


「さすが悟君、バスケ部だけあって上手いよね」


「でも秋月君もすごいよね。運動部ですらないのに一番点を決めてるじゃん」


「ほんとカッコいいよね秋月君。私本気で狙っちゃおうかな~」


 やや不純な動機で試合中の男子を見つめる女子が多数の中、雪菜は真剣なまなざしで秋人を見つめていた。


 秋人は本日何点目かになるシュートを決めた後、汗をぬぐいながら悟とハイタッチをかわす。同じチームの他の同級生とも楽し気に会話していた。


 そんなキラキラとした青春を送る秋人を見る雪菜は、少しセンチメンタルな気分だった。


 昨日の放課後、秋人は人と関わる重要性について話していた。人は一人では生きていけないとも。試合の様子を見ていれば、秋人が有言実行しているのは明白だ。


 対して、自分はどうだろうか。


 秋人には以前学校で雪菜が他者を拒絶している理由について尋ねられた時「周りが私を避けるだけ」と話したが、それが正しいとは雪菜も思っていない。自分の口の悪さが原因で人が離れていっているという自覚はあった。不必要な暴言が、他者とのつながりを断ち切っている。


 秋人の言う通り人は一人で生きていけない。雪菜が中学一年生の時、雪菜の父親が死んだ。母親は子供たちを立派に育てようと必死になって働き、雪菜はそんな母親を誇りに思いつつ家事を手伝っていた。弟も当時は小学生だったができることは全部自分でやっていた。家族みんなで助け合いをしている。それは今でもだ。


 だからこそ、頭では人と関わる重要性は理解していた。それでも反射で暴言をはいてしまう自分には家族以外と関わりを維持するなんて無理だと半ばあきらめていた。


 そんな考えが最近変わったのは秋人と出会ってからだ。自分と同じで両親を亡くし、しかも叔父のお世話になりつつも仕事を手伝うという苦労の多い生活を送っている。なのに秋人は雪菜と違って社交的で誰とでもすぐ仲良くなれる。そんな秋人をいつのまにか雪菜は心の底から尊敬していた。自分も彼のように社交性を身につけたい、と。


 手始めに今日は秋人が健史と話をしている時に接触を試みた。その流れで健史にも話しかけられればと思っていたが、そう上手くは出来なかった。緊張して話しかけることが出来ず、健史の目すら見ることが出来なかった。


「(こんな自分ではダメ、よね)」


 悲し気にはぁとため息をつく。癪ではあるがせっかく秋人が少しずつ水川雪菜という人間の印象を変えてきてくれているのに、雪菜は未だ自身の殻を破れずにいた。


「水川さん。そろそろ私たちのチームの試合始まるよ」


 突然話しかけられて思わず体がびくっとなる。振り返るとそこには香澄がいた。


「そう。ありがとう多田さん」


 またしても素っ気ない態度を取ってしまった。自分で自分が嫌になる。そんな雪菜を香澄が微笑みながら見てくる。


「どういたしまして。それより男子の試合を見ているなんて珍しいね。誰のことを見てたの? 悟? ……それとも秋人君?」


香澄の口から出た秋人という名前に、ほんの僅かだが反応してしまう。


「……別に誰も」


「ふ~ん秋人君か」


 香澄はその僅かな変化を見逃さなかった。あまりの鋭さに思わず身構える。もしかして自分のテリトリーにいる男にちょっかいを出されて牽制しに来たのだろうかと疑う。たまにそういうタイプの女子がいることを雪菜は経験で知っていた。


「あー待って! 別に文句を言いに来たとかそういうのじゃないの! そもそも私が付き合っているのはけん君だし!」


 慌てて香澄が首を横に振る。


「じゃあ、なに?」


「あ、あのね、元々水川さんとは話してみたかったの。秋人君と話すようになってから雰囲気が柔らかくなったというか、そ、そんなに怖い人じゃないのかなと思って」


 おろおろする香澄を見て、思わずはぁとため息が出る。


「そんなに怖がられているなんて思っていなかった。でも話しかけてくれてありがとう」


 軽く笑顔を見せる雪菜を、香澄は驚いたように見つめていた。


「なんだ、やっぱり全然怖くない。ねぇ、雪菜ちゃんって呼んでいい? 私のことも香澄で良いから」


「……いいよ」


「やった! じゃあ早速だけど雪菜ちゃん、試合始まるし行こ!」


 香澄に手首をつかまれると、雪菜はそのまま試合が終わったばかりのコートへ連れていかれた。

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