二人の時間 その6


 体育の授業というのは人によって好き嫌いが分かれるが秋人は好きな方の人種だった。元々運動は得意だが今日はバスケの試合がある。地味な基礎練習より試合の方が好きというのは男子あるあるで、更衣室で着替える男子たちは自然と気合が入っていた。


 紙袋に入ったジャージを取り出す。いつも自分の家で使っている柔軟剤とは違って、何やら甘い匂いがした。ジャージに袖を通しながら今朝のことを思い出す。


 雪菜は学校では秋人に話しかけてこない。逆は何度もあったが雪菜から動くことは全くなかった。二人の関係がバレる危険性を危惧しているというのもあったが、必要以上に人と関わるのを避けようとしているのではないかと秋人は考えていた。


 だが今日は違った。



   ◆◇◆



「これ、昨日はありがとう」


 健史と談笑している中、雪菜がジャージの入った紙袋を手渡してきた。


「ん、あぁ、どういたしまして」


 思わぬ行動に思わず行動がワンテンポ遅れる。雪菜は健史をちらっと見て何か言いかけた後、結局何も言わず二人の元を離れた。


「なんかあったん?」


 健史も驚いたように尋ねる。秋人と雪菜が最近仲良くなったのは知っていたが、あの氷の女王がわざわざ話しかけてくるなんて健史にとっても信じられない行動だった。


「あぁ~、まぁね。ちょっと貸していたものを返してもらっただけ」


 てっきり他の人に見られないタイミングで返してくると秋人は考えていたのだが、健史と一緒にいる時に来るとは予想外だった。


「(もしかして、健史にも話しかけようとした?)」


 昨日人とのつながり云々という少々恥ずかしい話をしたが、今まで人と関わろうとしなかった雪菜が何とかしてその一歩を歩みだそうとしているのではないか。そう考えると秋人は少し嬉しくなった。



   ◆◇◆



 ジャージに着替え終わり更衣室を後にする。体育館へ向かう渡り廊下を歩いているとぞろぞろと女子が合流してきた。


「あーきーと君! 今日はバスケの試合だね! 気合入っている?」


 香澄がいつもの如く元気に話しかけてきた。


「気合いが入っているのは悟の方だよ。見てみ」


 香澄が前の方にいる悟へ目をやる。健史と二人で「今日のフォーメーションは俺がポイントガードをやって……」といった具合に、いつものチャラチャラした悟からは信じられないほど真面目な話をしていた。


「うわぁ、ものすごい気合い入ってるじゃん」


 悟は普段能天気でおバカ担当みたいな雰囲気を出しているが、バスケに限っては真剣だ。一年生にしてすでにレギュラーなのがその証拠で、休み時間もこちらからバスケの話を振ると真剣な顔になってじっくりと解説を始める。気合いの入っている時の悟は、バスケ馬鹿ならぬバスケ真面目だった。


「今日は健史と悟と一緒のチームだし、これは俺も気合い入れないとね」


「じゃあけん君のついでに応援してあげるね」


「ついでかい。まぁ良いんだけどね」


「そりゃあくまで彼氏優先ですので、ってあれ?」


 なにかに気が付いたようにすんすんと鼻を鳴らしながら秋人の周りをかぎ始める。


「秋人君、柔軟剤変えた? なんかいつもと違う甘い匂いがする」


「……いつもと違う柔軟剤を使ったからかな」


「やっぱり! でもう~ん、なんていうか女の子の匂いがする。それもどこかで嗅いだことのあるような……」


「俺は別に女の子じゃないよ。てかそれってもしかして俺がいつも男臭いってこと? ちょっと落ち込むわ~」


「いや待って、そんなことはないよ⁉ 待ってそんなに落ち込まないで」


 何とか軽いギャグで誤魔化すことに成功する。だが内心、秋人は変なところでバレそうになって焦っていた。


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