二人の時間 その4

 その日は天気予報が外れて小雨だった。一日を通して晴れの予報だったが、午後になるとぱらぱらと雨が降ってきた。


「これならバスケ部は今日外でランニングの予定だったけど室内に変更じゃん、やったボール触れるじゃん!」


 バスケ部の悟が嬉しそうに話す。だが他の者からすれば予定外の雨なんていい迷惑だった。秋人は常日頃から折り畳み傘を持っていたので問題なく帰宅できるが、クラス内からは「傘持ってねぇよどうすっかな」といった声がちらほらと聞こえる。


「(水川さんは折り畳み傘持って来ているのかな)」


 そんなことを考えているとちょうど雪菜からメッセージが送られてくる。


『今日は日直の仕事で遅れます』


 この様子なら傘を持って来ているのだろう。『了解』と返事を返すと、折りたたみ傘をカバンから取り出して昇降口まで歩いた。



   ◆◇◆



 自宅に着いてから外を見ると、土砂降りになっていた。


「いや、天気予報外れすぎだろ」


 テレビをつけると午後のワイドショーで気象予報士が慌てながら「これは予想外です」と話していた。これからもきちんと折り畳み傘を持って行こうと決意していると、インターホンが鳴った。画面には雪菜が写っている。画質が粗くてよく見れないが何やら様子がおかしい。


 すぐにオートロックの玄関を開けると、数分後には部屋のドアからノック音が鳴った。急いで扉を開けると、そこにはずぶ濡れの雪菜が立っていた。


「だ、大丈夫⁉」


「傘忘れてしまって。小雨だし傘無くても大丈夫かなって思ったら、途中から土砂降りで…」


 急いで洗面所からバスタオルを持ってくる。そのまま家の中に入ると床がびしょびしょになるので、一旦拭いてから上がってもらうことにした。


 髪の毛が雨水でずぶ濡れになっており、顔に張り付いていた。だが雪菜の美貌やクールな雰囲気も相まって、まるで映画のワンシーンに写るヒロインのようだった。


「とりあえずシャワーを浴びなよ。そのままじゃ風邪をひいちゃうだろうし」


「……そうだね、お言葉に甘えてお借りします」


「どうぞどう……ッ⁉」


 少し考え込んでから返事をする雪菜をよそに、秋人はとんでもないものを目にしてしまい思わず言葉に詰まった。


 ブラウスが濡れたせいで、中のブラががっつり透けていた。キャミソールを着ているようだが雨のせいでその機能を失っており、黒のレースが付いた派手目のブラが思いっきり露わになっていた。


「どうかしたの?」


「いや、なんというか、その」


 指摘するかどうか悩んでいると、雪菜は不思議そうに秋人を見つめた後、視線を下にして自分の体を見た。


「あっ……」


 雪菜は透けているのに気付いたが、慌てるようなそぶりは見せなかった。


「何、ブラが見えた程度で意識しちゃったわけ? 秋月君ってモテるのに意外とうぶなんだね」


 上目遣いをしながら雪菜が聞いてくる。髪の毛から滴る水滴が、やけに艶めかしく秋人の目に映った。


 挑発するように尋ねる雪菜だったが、本人とて恥ずかしくないわけではなかった。基本的に同級生と、特に男子とは普段ほとんど話さない雪菜にとって、下着を見られるなど異性への免疫がない分余計に恥ずかしかった。しかしここで慌てふためくのはクールな性格で通している雪菜にとって下着を見られる以上に恥ずかしい事だった。


 特にここ最近雪菜は学校で秋人に主導権を握られているような気がして若干不服だった。それ故に、今こそ主導権を握り返すチャンスだと雪菜は珍しく意気込んでいた。


 だが秋人はそんな雪菜の心情をすぐに理解していた。なぜなら表情は確かにいつもの如くクールさを維持していたが、耳はびっくりするくらい真っ赤だった。


「そういう余裕の発言は真っ赤な耳を隠してから言おうね」


「ッ!?」


 秋人がそう言うと雪菜は慌てて真っ赤になった耳を両手で隠した。


「そこは最初に耳じゃなくて胸を隠しなよ……。とりあえずシャワー後の着替え用に俺の学校のジャージを用意しておくね」


「……最近手玉に取られてばかりな気がする」


「気のせいじゃない? それよりほら、洗面所へどうぞ」


 真っ赤になった耳を隠したまま、雪菜は促されるまま洗面所へ向かった。



   ◆◇◆



 余裕の表情で洗面所へ案内した秋人だったが、彼自身も気恥ずかしさをポーカーフェイスで隠しているだけだった。


「……黒、か」


 先ほどの光景を思い出してさらに悶える。確かに秋人は異性から人気があるし、告白されたことは何度もある。だが特定の誰かと付き合ったことはなかった。もちろん同級生の女の子の下着など、見たこともない。


そんな秋人にとって先ほどのアクシデントは刺激が強すぎた。それでも雪菜と違って余裕を維持できたのは「思ったことをそのまま顔に出さないのが人間関係を円滑にするコツ」という、雪菜にはない社交性で身につけたスキルの賜物に過ぎなかった。

「いや待て待て。そんなことを思い出している暇じゃない。翻訳作業終わらせないと」


 気を紛らわせるようにパソコンを開く。秋人は悩み事があると仕事に没頭する、叔父と同じでワーカホリックなタイプだった。

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