PM23:20 ~その頃の柚月~
日曜日――の前夜。
部屋の床一杯に、手持ちの洋服を広げて。柚月はむっつりと腕を組む。
前から持っていた服に、明日のデートに向けて新たに買い足したもの。全部並べてみるけれど、一向に、『これぞ!』というものが決まらない。
衣服を見下ろす柚月の眼差しは、デート前の女子というより、武器の手入れをするアサシンといった趣である。
当然だ。柚月にとって、今回のデートはまさしく決戦。ここでビシッと決めて、バシッとやってやって、今度こそ、奴をあっと言わせてみせるのだから。
となれば。着ていく服だって、それ相応の『威力』というものが求められる。
(やっぱり……これよね)
手に取ったのは、大胆な肩出しのワンピ。以前買った雑誌を参考に、『とにかくセクシーな奴!』と選んできたものだ。
本音を言えば、これを来て恭二の前に出て行くのは結構恥ずかしいのだけれども、これであの男をわからせてやれるなら、肩や胸元の一つや二つ安いもの。
赤くなって目を逸らす恭二の顔を思い浮かべ、柚月は悦に入るが。
(でも……やっぱり、もっとスリットとか、露出が多いほうが良かったかも……)
実のところ、見て回った中には、もっときわどい感じの服もあったのだ。でも、それはさすがに恥ずかしさが勝って、試着すらもできなかった。今になって、そのことがじわじわと気になり始める。
もし。ちょっと日和ってしまったことが、恭二に見透かされたら……。
『はー? そんなもんで大人の色気とか笑わせますね。今どき中学生だってもっと大胆な格好してますよ? それでも高校生なんですか、先輩』
「にぃぃぃぃ……!」
ぎゅう、と、思わず両手に力が入る。買ったばかりのワンピースが、握りしめた手の中でしわくちゃになる。
『ハッ!?』と我に返って、慌てて伸ばし伸ばし。
……だってこれ、高かったのだ。普段買っている、キャラ物Tシャツの五倍くらいはした。お金がかかるのだ、大人でいるのも。
(お、落ち着いて、落ち着くのよ私……! どうせ真山くんは未経験だもの! 女子とデートなんて初めてのはず……! む、無理に色気で勝負しなくても、どうせ、勝手に緊張して勝手に自滅するわよ!)
それに、自分達は高校生だ。柚月は大人だけれども、最初から飛ばしすぎても、後輩の教育上よろしくない。年下に配慮してあげるのも、また大人の余裕。今回は健全にいこう。
(そうなると……これとか?)
ワンピースは丁重にしまって、代わりに取り出したのは、中学の時に買ったお気に入りの服。これはどうだろう? 自分では似合っていると思うけれど……。
『服の趣味が小学生で止まってますね。まあ、いいんじゃないです? 先輩らしくて。ププッ』
「みぁぁぁぁ!!」
お気に入りの洋服を、ベシーンと床に投げつける。
――そもそも。
「なんで!? なんで私が、あいつのことでこんなに悩まされなきゃならないの!! わざわざ服まで買って!! お小遣いもなくなるし!! これじゃ私が、明日のデートが楽しみで仕方ないみたいじゃない!! 良く思われたくて必死みたいじゃない!! そんなんじゃなーいーのーにー!!」
広げた服の上に倒れ込んで、手足をばたつかせる。
「大体、オシャレとか気にするのは向こうでしょ!? 私、ものすごくモテるのよ!? 人気あるのよ!? デートできるんだからもっと喜んでよ! ……喜んでよ」
暴れた勢いに任せ、ごろり、とうつ伏せになった。腕で顔を覆って、そのまましばし、動きを止める。
「……いっつも、私ばっかり」
初恋だった。大好きな人だった。
でも、そう思っていたのは自分だけ。
あの時、柚月は学んだのだ。どんなに人を好きになったって、相手からも好かれなければなんの意味もない。
ならもう、自分から誰かを好きになんてならない。自分を磨いて、誰もが憧れるような大人の女になるのだ。そうして、自分を好きになってくれた人と、幸せな恋をすればいい。片想いなんてしなければ、失恋することもないのだから。
……むくり、と。もう一度、体を起こす。
壁の時計はそろそろ深夜を告げようとしている。そろそろ寝ないと明日が辛いことは目に見えていたが、服が決まらないことにはそれもできない。
「……負けないんだから」
ぐしぐし、と目元を擦った。なんだか濡れている気がするけれど、きっと気のせい。だって、泣く理由なんか何もない。
別に、あいつのことが好きとか。変に思われたくないとか。またフラれるのが怖いとか。そんなことは少しも、考えてはいないのだから。
――結局、柚月がベッドに入ったのは、明け方近くになってからだった。
保健室のオトナな先輩、俺の前ではすぐデレる 滝沢慧 @Kei_takizawa
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