二章 「私は経験豊富なんです」などと供述しており
第三話
――昼休み。食事を早々に済ませて、恭二は保健室に向かった。
今日は、別に休むのが目的じゃない。ただ、保健室の常連だと、担任から届け物を頼まれることがちょいちょいあるのだった。
保健室に何を届けるんだと思うけれど、書類とか荷物とか、案外色々あるらしい。サボっていると睨まれないで済むのはいいが、これはこれで面倒くさい。
(おまけに、重い……)
塵も積もればなんとやら。一抱えほどもあるプリントの山は、紙っぺらのくせにやたらと重たいのだった。早くどっかに下ろしたくて、必然的に歩くスピードも速まる。
「失礼しま――」
「……はい、終わりましたよ」
とっさに、開けかけたドアから手を離す。
保健室には、先客が二人いた。膝頭にガーゼを当てた、ジャージ姿の女子生徒。そして、彼女の足下に屈んで、おそらくは、手当をしてやっていたのであろう柚月。
「どうです? 苦しくはありませんか? 違和感があれば言ってくださいね」
「大丈夫です。すみません……私、先輩にご迷惑を……」
「迷惑なんかじゃありませんよ。私でも、このくらいの手当であればできますから」
優しく微笑む柚月だが、女子のほうは、やはり心苦しそうだ。俯き、怪我した足を見下ろすその唇が、わずかに震える。
「いえ、先輩に対してだけじゃないんです。私、ドジで……転んで怪我とか、本当、しょっちゅうなんです。友達も、皆、本当は私なんかに付き合うの嫌なんじゃって……」
堰を切ったように、女子生徒の口から弱音が零れ出る。廊下に恭二がいることなんて、ちっとも気付いてはいないのだろう。
(さ、最近こんなのばっかりじゃないか、俺……?)
思い出すのは、つい先日の告白劇。またしても盗み聞きの罪悪感に駆られ、恭二は元来た廊下を振り返りかけるが、
「……でも、わざと転んだわけではないのでしょう?」
ドアの向こう。柔く微笑むように、柚月がそう言う。
それは、くすぐったくなるような記憶を、恭二に想起させるもので。
『――我慢しなくていいんですよ』
「もし、お友達が転んで怪我をしていたら、あなたはそれを見て、うんざりしますか?」
「そんなこと……」
「なら、あなたのご友人も、きっとそう思っていますよ。だから、そんな風に自分を責めたりしないでください。私との約束です」
「あ……はい」
恐らく、指切りか何かしたのだと思う。女子生徒の、はにかむような笑い声が聞こえて……それから、二人が立ち上がる気配。考え込んでいた恭二は、そこでやっと、我に返る。
(って、やべ……!)
慌てて、その場を後にした。怪談の影に身を隠したところで、ドアの開く音が聞こえる。「ありがとうございました」という声、そして足音。それは順調に遠ざかって……と思った矢先に、不意に止まる。
「――あ、戻ってきた! 怪我大丈夫だった?」
「う、うん……様子、見に来てくれたの?」
「んー、まあ……大袈裟だった?」
「ううん! ありがと……えへへ」
……相手は、さっき話していた友達だろうか。楽しげに話しながら、女子生徒の声は今度こそ去って行った。
「…………それで? 真山くんは、そんなところに隠れて何をしているんですか?」
「うわ、先輩!?」
いつの間に。
「もう。そんなに遠慮しなくても、普通に入ってきてくれて良かったんですよ? そのプリントだって重かったでしょうに……」
「そうは言っても、あのタイミングで入っていきにくいですよ」
仮にあの時、自分が中に入っていけば、女子生徒は慌てて保健室を出て行こうとしただろう。打ち明けた悩みに対する、柚月の返事を聞かないうちに。そうなれば、彼女が廊下で、友達と出くわすこともなかった。
結果論だけれど、やっぱり、こうするのが一番だったのだ。
「……あまり周りに気を遣ってばかりいると、やりにくくありませんか」
「気を遣った内に入らないでしょ、こんなの」
答えて、それから、気付く。
柚月が何か言いたげに、恭二の顔を見ているのだった。
何か、というか……どことなく、不満そうに。
「……何よ、格好つけて」
ふい、と恭二から視線を外しぎわ、柚月の唇が小さく動く。
いや別に格好つけては……と、弁解する暇もなく、柚月はスタスタと保健室に戻っていった。
途端、腕に抱えたプリントの重みを思い出し、恭二も後に続く。
行ってみると、柚月はドア口に立って、恭二のためにドアを開けておいてくれていた。……機嫌が悪いのかなんなのか、よくわからない。
それとも、これも柚月に言わせれば、親切のうちに入らないということなのだろうか。
「そういえば、養護の先生は?」
「今は席を外しています。その間はいつも通り、私が留守を預かることになりました」
「……前からちょいちょいありますよね、いないこと。こういうのって常駐してなきゃいけないイメージありますけど」
「いえ、それほど頻繁ではありませんよ? どちらかというと、真山くんの来るタイミングが悪いんだと思いますけど。それに、真山くんが思っているより、養護教諭というのはずっと忙しいんです。怪我や病気の対応だけが仕事ではないんですよ?」
「そうなんですか?」
「私も詳しいわけではありませんが、先生がご自分で仰るには、そうらしいですね」
「へー」
思わぬ豆知識だった。
「そういうもんなんですね……保健の先生っていうと、なんかいつもいるってイメージ強くて。小学校の時、よく保健室行ってたので」
「しょっ」
ガーゼやらテープやらを片付けていた柚月が、ごいんっ、と、棚に額を強打する。
「ちょっ……大丈夫ですか? 結構いい音しましたけど」
「~~~っ……た、大したことはありません。わ、私は、オトナですから」
なんだか聞き覚えのある台詞だった。そして、覚えのある展開だった。
恭二の目の前、デコを押さえる柚月の顔はほんのり赤い。その色味は、つい先日の出来事を思い出させるには十分すぎた。保健室に二人きり、という状況も手伝って、急にそわそわしてくる。
「真山くん? 一体どうし――ああ、なるほど……」
不思議そうだった柚月の背後に、『理解』の二文字が浮かんだ(ように見えた)。にまぁ、と、その口元に笑みが浮かぶ。
いつもの穏やかなのとは違う。妙に、勝ち誇ったような顔。
「……もしかして、照れていますか? この前のことを思い出して」
「……そういうわけじゃないっすけど。てか、照れてたのはむしろ先輩のほう――」
「ふふふ、未経験の真山くんにはやっぱり刺激が強すぎたかもしれませんね。まあ私は大人ですから? もう全然気にしていませんけど、ええ全然」
ふっ、と、柚月が顎をそびやかせる。
……こんなキャラだっけ、この人。
「でも、そんな調子では困りますね。これからも、真山くんには色々と教えてあげる予定なんですから」
『は?』と目を瞬かせて。同時に浮かび上がってくるのは、この前の柚月の、あの言葉。
「えぇ……マジだったんですか。あの『覚悟しろ』とか言うの」
「当然です。私はオトナですから。一度口にしたことにはちゃんと責任を持ちますよ? ……それに、真山くんはまだ何か誤解しているようですし。このままにしておいては、私の名誉にも関わりますから」
最後の台詞は、ひときわ強い口調で。いっそ必死なまでの頑なさをその奥に感じて、恭二は内心ため息を吐き出す。
(やっぱこの人、口で言ってるほど経験ないんだろうな……)
一連のリアクションを見ていれば、柚月に恋愛経験が乏しそうなことくらいは想像がつく。
広まっている噂の、どこまでが本当で、どこまでが誇大広告なのかは知らないが。柚月からしてみれば、それは絶対に人に知られるわけにはいかない秘密なんだろう。そう考えれば、こうまでしつこく絡んでくるのにも合点がいく(承服はしかねるが)。
「別に俺、言いふらしたりとかしませんけど」
「ふらすもふらさないも何も、誤解です」
「そんな気にすることですかね、経験乏しいのとか。見栄張ってたってバレるのはそりゃ恥ずかしいでしょうけど、むしろいいんじゃないですか? なんでもできる先輩が実はウブとか、そういう設定好きな奴多いと思いますけど」
「ふぶぁっ!?」
いきなり、柚月が奇声を発した。そして死にそうに咳き込む。
「何事ですか!? てか大丈夫ですか!?」
「だ、大丈夫です、問題ありません! わた、わたたったし、私はおとにゃですから!」
どう見ても大丈夫じゃないのだが、ツッコミ入れたらより大丈夫ではなくなる気がした。なんとなく、体に爆弾巻いたテロリストの相手をしている気分になる。刺激してはならない、そういう空気。
「……と、ところでお腹が空きましたね、もうお昼ですから。良ければ一緒に食べませんか、真山くん」
「脈絡って言葉知ってます?」
恭二のツッコミは無視して、柚月はどこからともなく、サッと弁当の包みを取り出す。
「ふふふ。真山くんの考えていることはお見通しですよ。膝枕で頭をよしよしされながら口移しでご飯を食べさせてほしいんでしょう?」
「そんな特殊な性癖は持ってないですし、人体の構造的に無理がないですかねその構図」
「ふふふ、図星を指されて慌てているんですか? がっついている男の子はみっともないですよ。でも私は経験豊富ですからね。あーん、ぐらいはしてあげましょう」
「耳が節穴なんですか、先輩」
「さあ、真山くん? あーん」
「いや、食べませんよ」
聞く耳持たないのか、それとも本当に節穴なのか。さっさと弁当を開けた柚月が、つまんだおかずを差し出してくる。
「…………」
流れがおかしいにもほどがあるけれど、にっこり笑顔で見つめられると、さすがに少しは、照れないことも、ない。
この数日で知らなくてもいいことを大量に知ったけれども。それでもやっぱり、柚月は紛れもなく美人で、『憧れの先輩』で、そんな女子にあーんをされるシチュエーションは、悪いものではないのだった。
――が。恭二が隙を見せた途端、柚月は『ドヤァァァァ!!』と勝ち誇った笑みを浮かべる。
「ふふ。こんなことで照れちゃって、可愛いですね」
「いや別に。いきなりだったんで面食らっただけですし。そういう先輩こそどうなんすか」
「別に、私はこれが初めてというわけではありませんし。経験があると言ったでしょう?」
「どうせ犬とか猫とかウサギとかハムスターとか、そういうのが相手なんじゃないんですか」
「…………」
図星かよ。
「先輩。そういう台詞はせめて人間相手に経験積んでから言いましょうよ」
「し、失礼な! 人間の雄相手の経験だってちゃんとあります!」
「弟とか親戚のとこの赤ん坊とかそういうのもノーカンっすよ」
「……………………」
わかりやすいにもほどがあった。
「う、うるさいですね! 四の五の言っていないで大人しく『あーん』をされなさい! ほら!」
「んぐっ!?」
強引におかずをねじ込まれて、箸の先が上顎を直撃する。
それなりに痛かったが、文句はすぐに霧散した。口に放り込まれた卵焼きが、普通に美味しかったから。
手作り、なんだろうか。そういえば柚月は、料理も上手いという噂だ。……まあ、今となっては、その噂もどこまで本当なものか疑わしいけれども。
「どうですか、この鮮やかな手並み。このお弁当だって、私の手作りなんですから。私が本当に経験豊富なオトナの女だということが理解できたでしょう?」
……どうやら料理に関してはガセじゃなかった模様。
恭二の無言を都合良く捉えて、柚月は得意満面。その得意そうなツラのまま、自身も弁当の卵焼きをつまんで口に入れる。
たったいま、恭二に「あーん」したばかりの箸で。
あ、と、思わず声が出た。きょとん、と柚月が瞬きをする。
「真山くん? どうかしましたか?」
「いや、それ……間接キスじゃ」
一瞬、『ほへ?』みたいな顔をした柚月が、次の瞬間、石化した。
ギッ、ギッ、ギッ……と、鯖落ち寸前のゲームみたいなスローさで、膝上の弁当に顔を向ける。それから手に持った箸を見る。そして沈黙。
「ふ、ふふ……か、顔が真っ赤ですよ、真山くん。てれ、てっ、ててて照れているんですか、うふふふ……」
『鏡見てから言えよ』、なんてツッコミは、最早、言うだけ無駄なのかもしれない。
顔中から湯気を噴きながら。それでも頑なに、『私は照れてなんかいませんから』という(無理のある)ポーズを貫く柚月を、恭二は見つめる。
……親しかった、なんて自惚れるつもりは毛頭ないけれど。それなりに、知っているほうだと思っていた。彼女のことは。
だけど、今目の前にいる白瀬柚月は、恭二の知っていた――知っていると思っていた彼女とは、似ても似つかない。
一体誰が想像するだろう。あの『白瀬柚月』が。まさかこんなに負けず嫌いで、子供っぽい人だったなんて。
「さ、さあ! まだまだ、昼休みはこれからですから! 今からたっぷりと、お弁当を食べさせてあげますからね! かきゅ、かくっ……覚悟していてくださいね!」
ぷるぷると。箸の先どころか体中震わせながら、柚月はまたも、弁当のおかずを突きつけてくる。今度はミニハンバーグ。
これまた、美味しそうなのだった。鼻先に突きつけられると、デミグラスソースの香りが食欲を刺激してくる。
こうしている間も、柚月の手はかくかくわなわな、危うく震えて、せっかくのハンバーグを今にも取り落としそう。
食べ物を粗末にするのは、やはりよろしくないと思うので。他意はないけど、と思いながら、恭二は大人しく、口を開ける。
瞬間、ただでさえ赤かった柚月の顔が爆発するように紅潮。熱が伝播するように、恭二の頬も熱くなる。
「な、なんですか!? 先輩が口開けろって言ったんでしょ!?」
「わわわ、わかっていまひゅ! いいから動かないでください! 狙いが逸れます!!」
「狙いて……ぶっ!? ちょ、顔! 顔に当たってる、当たってますって!」
見れば、柚月の手はいよいよ震えまくって、虚空にハンバーグの残像を描き出しそうだった。
べちょべちょと、口周りにソースを塗りたくられながらも、どうにかこうにか、口にハンバーグが放り込まれる。
(でも、味は悪くないんだよな)
そういえば、『美味しいですね』とまだ伝えていない。
押し付けられた形とはいえ、食べさせてもらったのは事実ではあるし……言ったほうが、いいのだろうか。
でも、女子の手料理を褒めるって。それは結構。なんか、こう。
早くも微妙な照れくささに襲われながら、恭二は柚月の顔を窺う。燃え尽きた様子でぜぇぜぇ息を吐いている横顔を眺めてみたり、その手の中の弁当箱を、意味もなく覗き込んでみたり。
そして、不意に気がつく。
「……弁当のおかず。それ、先輩の好きな物なんですか?」
思わず聞いてしまったのは、中に納められたおかずに、なんだか偏りがあるように見えたからだった。
なんというか……彩りがない。緑がない。イコール、野菜がない。小さな子供が、食べたいものだけ選んで詰め込みました感。
恭二の視線を追って、柚月も手にした弁当を見下ろす。『ハッ!?』と全てを悟った顔。
目にもとまらぬ速さで弁当箱に蓋をして、柚月は厳かに顔を上げた。
「……いいですか、真山くん。誤解です。これは違います」
「大丈夫です、わかってます。じゃあ俺はこれで」
「待って待って待って! 違うの! 聞いて! 話を!!」
立ち上がろうとする恭二のズボンを、柚月が『ガシ!』と掴んだ。そしてぐいぐいと引っ張ってくる。危うく脱がされそうになり、恭二は慌てて再着席。
「いいですか。これは、ええと………………、……っ…………、……そ、そう! 真山くんのために用意したんです! きっと真山くんは子供舌でしょうから! 野菜なんて嫌がるだろうと思って!」
「大丈夫です、わかってます。じゃあ俺はこれで」
「本当だから!! 証拠を見せるから今!! ここにいて!! 絶対いて!! すぐ戻るからすぐだから!!」
しゅばばっ、と、柚月は猛然と保健室を出て行く……と思ったらあっという間に戻ってきた。
その手が握り締めているのは。
「……缶コーヒー?」
「購買の自販機で買ってきました。本当なら華麗にピーマンを食べてみせたいところですが、今は用意できませんから。代わりにこのブラックコーヒーで、私が身も心も舌に至るまで立っっっっ派なオトナであるということをお見せしましょうとも」
たおやかに缶コーヒーを持ち、柚月は艶然と微笑。カシュッ、とプルタブを起こす音も軽やかに、ゆっくりと口をつける。まるでCMか何かのような、指の動き一つに至るまで洗練された所作。
そして秒で噎せた。
「んっ、ぐふっ、けほっ……! は、鼻に、入っ……!」
「……どうぞ」
見るも無惨な事態に陥る柚月に、そっとティッシュを差し出す。顔は敢えて背けた。それが人の道というものだろう。
「これは、ちがっ……いつもは、飲め……! 今日はちょっと、喉の、コンディションが……!」
「わかりましたから。大丈夫ですから。とりあえず息整えて、顔拭いて」
しばらくの間、柚月の呼吸が整うのを、無言で待つ。
「……す、すみません。お見苦しいところを」
「いえ。気にしてないんで」
今さらだし、という本音は伏せておいた。
「えーとですね。先輩が大人の女性だということは骨身にしみて理解したので、その缶コーヒーは捨てたらどうでしょう」
「い、いえ! もう開けてしまいましたし、口もつけてしまいましたし! 責任を持って、きちんと飲みます。私は、オトナですから」
どことなく悲壮な決意を滲ませる顔で、柚月は果敢にも言い切った。勢いそのまま、コーヒーをぐびっと煽り、
「んぐ……」
何かを堪えながらも懸命に飲み下し、
「う……ぇう……」
両目一杯に涙を溜めながらも再び口に含んで、
「にが……ぐすっ……」
……なんだか猛烈に、哀れをそそる絵面なのだった。
なので。
「……俺、代わりに飲みましょうか?」
つい、言ってしまった。
女子、それも先輩を相手に、回し飲みの提案。普段であったらまずこんなことは言い出さないが、柚月をこのままにしておくほうが、よっぽど躊躇われたのだ。
――一瞬、救われたような光が、柚月の目に灯る。
しかし、彼女はそこで、ぐっと奥歯を噛み締めたのだった。楽なほうに逃げたがる自分を叱咤するように、ふるふる、と首を振り、そして。
「……いいえ! 私はオトナですから! ……オトナなんです!」
言うが早いか、柚月は残りのコーヒーを一息に煽った。ごくごくごく! と、喉が勇ましく動く。恭二は思わず拍手。
「~~~~っ、ぷは……! の、飲んだ……! 飲みましたよ、どうですか!? 私、初めてコーヒーを全部飲めましたよ、真山くん!」
「見てました、見てました。先輩はすごいです。頑張りましたよ」
誇らしげな顔をされ、思わず、子供に接するような台詞が漏れた。
しかし、柚月は子供扱いを気にする様子もない。コーヒーを飲み干した達成感で、頭がいっぱいのようだった。この分では、『コーヒーを飲めたのは初めて』と、自ら暴露してしまったことにも気がついていないだろう。
それに……間違いなく、彼女は頑張ったのだから。
「そうでしょう! 私はオトナなんです! すごいんですからね!」
自慢げに胸を張る柚月の顔を見ながら、恭二は確信を得る。
多分これが、彼女の、〝素〟の顔なんだろうな、と。
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