07話.[終わりなんだよ]
二月になった。
特に変化というものはなく、僕らは普通に関わり続けることができていた。
れみもぴりぴりしているとかそういうことではなくいつも通りなので、このまま卒業式まで問題なく過ごせると思う。
「やだなー、来月になったら卒業って」
「卒業させてあげないとずっと高校生のままになっちゃうよ」
「はぁ、そういうことが言いたいんじゃないんだよなあ、ふざけないでほしい」
つ、冷たいな、寧ろこの場合は彼の方が酷いということになるけど……。
どれだけ嫌がったって三年生で三月を迎えたら終わりなんだ、やだではなく寂しい程度で留めておけばいい――なんて、嫌だと直接ぶつけた人間はそんな風に思った。
「そうでなくても学校で会えなくなったらさくは終わりなんだよ? それなのに本人はこんな感じなんだから困っちゃうよね」
「気持ちをぶつけるつもりはないからね」
「は? え、本気で?」
「うん、だからこのまま終わるだけだよ」
向こうが分かりやすく求めてきたりしていたら僕だってあっさり変えて勇気を出したことだろう、だが、実際はそんなことは一切なかったことになるからこのままだと言っているのだ。
「後悔しない?」
「しないよ、寧ろ勢いでぶつけてしまう方が後悔するよ」
「分かった、それならもうこのことについてはもうなにも言わないよ」
話も終わったみたいだから次の授業の準備をしていたら急に肩を掴まれた。
振り返ってみるとそこにはれみがいて、なんとも言えない顔をしていた。
目の前に意識を戻せばまだかいはいる、それだというのに話しかけたりしないのは言いたくなってしまうからだろうか?
というか、静かに近寄るのが上手だなと内で呟きつつ廊下に移動した。
「もしかして聞いてた?」
「ええ」
そうか、本人が知ってしまったからもう言わないと口にしたのか。
はぁ、これは最初からかいの罠にハマってしまっていたのかもしれない。
確かにかい本人が変える気がない僕にごちゃごちゃ言うよりも効果がある、なんて考えている場合ではない……。
「抑え込んでいたのね、色々頑張るというのはそういうことでもあったのね」
「そうだね、だけどかいとれみのせいで台無しだ」
「あら、その言い方は酷いじゃない」
「このまま抱え込んで終わらせるつもりだったんだよ、それなのに意地悪なふたり組のせいでなにもかもを失敗しているんだから言いたくもなるよ」
まだなにもかもが終わった後ならよかった、だが、残念ながらなんにも終わっていないということになる。
「ちなみにこれは私がかい君に頼んだの」
「それなら直接聞いてきなよ……」
「そうしたらあなたはまた隠そうとするじゃない」
「待って、やっぱり気づいていたってこと……?」
「ひとつ言っておくとあなたは分かりやすかったわけではないわ」
それはそうだと言っているようなものだ、所謂普通に相手をするということができていたのにどうしてなんだ……。
必死に遊びに行こうと誘ったわけでもない、それこそ分かりやすく態度を変えていたというわけでもない、……これまでのことが無駄だったということなら悲しいぞ。
「あなたの気持ちは分かったわ、でも、とりあえず終わるまで待ってほしいの」
「いや、僕は元々言うつもりなんてなかった、だから終わってからだって言ってくれなくていい」
「いえ、必ず答えるから待っていてちょうだい」
と、届いていない、もうこうなったらどうしようもない。
彼女が卒業したうえに振られたということが積み重なればどうなるのかなんて容易に想像ができてしまう。
……いやでも、これまで迷惑をかけてきたんだから最後ぐらいは付き合ってあげなければいけないか、受験で溜まったストレスの発散装置みたいな感じで扱ってくれればいい。
そう考えたらすぐに楽になれた、あのふたりがいてくれるのなら僕は僕らしく過ごしていくことができる。
「今日は一緒にお勉強をしましょう」
「分かった」
「ここでやっていきましょう、それじゃまた後でね」
「うん、また後で」
教室に戻ったらかいがによによとやらしい笑みを浮かべてこちらを見てきた。
「ふふ、よかったですね」
「かい、三年生になっても一緒にいてね」
「なに言ってるの? さくが相当悪いことをしない限りはそんなの当たり前だよ」
「ありがとう、かいがいてくれてよかった」
ひとりでは無理でもふたりなら、ふたりでは無理でも三人なら変わっていく。
可愛げの塊であるかこを利用するのは申し訳ないのに彼ならいいかもなんて考えてしまっている自分もいて苦笑した。
こういう自分勝手さは後々致命的になる、僕からしたら学生時代中だけいられればいいから気をつけよう。
「ま、僕はいい子だからねー」
「うん、そうだね」
「かこちゃんには負けるけどね、ちなみにさくには大勝ち状態です」
「そんなの当たり前だよ、当たり前のことをそんなにドヤ顔で言ってもねえ」
「ぶう! 可愛くない!」
だからそれも当たり前のことだ。
そういう認識のままでいいから元気な状態でずっと近くにいてほしかった。
「えっと、なにか言いたいことでもあるの?」
教科書やプリントを見ていた際にちらちら見られて集中できなくなった。
僕らは約束通り放課後の教室で勉強をしているわけだが、誘ってきた側のれみが落ち着かなさそうだ。
正直、テストが近いわけでもないから頑張らなければいけないのは彼女一人ということになる現状で、彼女がそんな感じだと意味がなくなってしまう。
「あなたはよくいつも通りでいられるわね」
「まだ振られたわけではないからね、来月になったら駄目になるけどね」
「……振られる前提でいるってこと?」
「卒業なんだよ? このタイミングで受け入れる人はいないんじゃないかな」
仮になにかが間違って受け入れられたとしてもきっとどこかで駄目になる、そんなことになるぐらいなら振られた方がよかった。
だから彼女が言っていることは間違ってはいない、そもそもこれは直接ぶつけたわけでもないんだから彼女が勝手に言っていることでしかないんだ。
そのため、案外そうなっても問題なくやっていけそうな気がした、もちろんかいとかこが来てくれるという前提があればの話だけど。
「私は遠くに行くわけではないわよ? お互いに会いたいと思えば会えるわ」
「いまは勉強をしよう」
「ふふ、もっともね」
もっとも、集中力は先程のあれでどこかにいってしまっていたからこちらができるのは集中するふりをすることだけだった。
まあ、ああ言っておきながら喋りかけて積極的に邪魔をする人間よりはいい、一応確認してみてもずっと目の前のそれに意識を向けていたから気づかれることもないまま時間だけが経過した。
「もう真っ暗ね」
「まだ冬だからね」
「そろそろ帰りましょうか」
「分かった」
外は相変わらず寒かったが辛くはなく会話を楽しむことができた。
正直に言えば場所を教室にしてくれてよかったとしか言いようがない、どちらの家であっても問題になったからだ。
学校の日は一緒に過ごすことが不可能になるんだからいまから慣れておく必要がある、で、一ヶ月ぐらいお試しでしてみれば慣れるだろうと考えていた。
「送ってくれてありがとう」
「いちいち言わなくていいよ、それじゃあまたね」
今日も家まで走って帰って、家に着いたら電気も点けずにソファに転がった。
このままだと駄目だ、無理なことなのに嫌だとはっきりしてしまっている。
かいのことを偉そうに言えるような人間ではなかった、寧ろ酷いぐらいだ。
でも、精神的にならともかく物理的に距離を置くことはしたくない。
「ん? 誰か来た」
遅い時間というわけでもないからかいかかこというところか、玄関に移動して扉を開けてみると、
「こんばんは」
「かこか、ようこそ」
かいではなくかこだった。
いまはひとりでいたくなかったからありがたい、ジュースでもなんでも出すから長くここにいてもらおう。
「先に言っておくと親と喧嘩をして出てきたんです」
「え、あ、泊まりたいってこと?」
「いえ、さすがにそれはできないのでれみ先輩のお家に泊まらせてもらうことになりました」
「そっか、ここに泊まるなんて嫌だよね」
「いえ、れみ先輩に申し訳ないからですよ」
この子もこの子でなんか気に入ってくれているから不思議だった。
僕が彼女のためになにかができたことはやはりあのときのことしかない、それだというのにかいやれみと同じように来てくれているんだからね。
「私にとってさく先輩はお兄ちゃんみたいな存在なんです。家にいてくれれば、同じ教室内にいてくれれば、そういう風に考えるときは多いです」
「可愛げがある妹で嬉しいよ」
「でも、お兄ちゃんはお姉さん系の方が好きなんだよ」
「たまたまだけどね」
たまたま一目惚れした相手が年上だったというだけだった。
一目惚れをせず、普通に友達として存在しているときに彼女が近くにいてくれたらどうなっていたのかは分からない。
「もうこれからはお兄ちゃんって呼びますから」
「敬語はやめたままでいいよ」
「いえ、このままでいいです」
そうか、本人が決めているのならそれでいい。
あの約束があるから来てくれたときだけ相手をするということは不可能だが、あの約束があるからこそ長く友達のままでいられる気がした。
「これなんかどうですかね?」
「うーん、かこにはこっちかな」
出かける約束をしていたから土曜日になったら一緒に出てきていた。
「あの、私のではなくてさく先輩の服を選んでいるんですけど、しかもここ男の子用の服が置いてある場所なんですけど」
「まあまあ、シンプルなやつが似合うって言いたかっただけなんだよ、派手な服を着てみるという冒険も悪くないけどね」
隣を歩く際にしっかりとした服装でいてくれないと困るということなら諦めてもらうしかない。
というか、彼女がしたいことをしてほしいと思う、つまり僕に似合う服なんか探したところでもったいないだけだ。
「あ、お腹が鳴ったね」
「……なんで気づかなかったふりをしてくれないんですか」
「一緒に来ている相手のお腹が減っているのに無理やり付き合わせるのは違うよ、だからご飯を食べに行こう」
お店は豚かつなどが食べられる和食屋さんとなった。
案内された席に座ってメニューを見る、んー、やっぱりちょっと高いかな。
安い物でもなんでも今日は彼女に買うと決めているからこちらではなるべく安い料理を選びたい。
「決まった?」
「はい」
「よし。すみません」
注文を済ませてかこの方を見る、じっと見ていたら「なんですか?」と聞いてきたからこの前の話をしておいた。
「あれは冗談みたいなものですよ、それにさく先輩がお兄ちゃんだったらずっと放置されることになりますからね」
「おかしいな、僕がきみを放置する人間だったらこうして一緒にいないと思うけど」
「後輩としてはこれでも足りないんです、あなたは私を変えたんですから責任を取ってほしいぐらいですけどね」
「変えたのはれみだよ、僕は連れて行っただけだよ」
そんなことを繰り返していたら料理が運ばれてきたから集中することにした。
誰かと一緒にご飯を食べられるということもありがたいが、美味しいご飯を食べることに集中していられる時間というのも幸せだと言えた。
「かこ、なにかかこに買いたいから考えておいてね」
「え? あの……」
いつも一緒にいてくれているお礼としてなにかを買う、たかだかその程度のことなのに気恥ずかしくなってしまったから仕方がない。
だが、集中なんてできていなかった、結局言ってしまったせいで味が分からないとまではいかないが味わえなかった。
「ごちそうさまでした」
「あっ、ま、待っててください」
「当たり前だよ、別行動なんてしたって意味がないからね」
ふっ、こんな人間なんだからやっぱりアピールをしなくて正解だったことになる。
ただ勇気がなかっただけだが、僕はれみのためになることをできていたんだ。
というかれみも気づかなかったふりをしてそのまま卒業してしまえばよかったのにね、他者を振るという行為だって気持ちのいい行為というわけではないというのに。
「ごちそうさまでした、お待たせしてしまってごめんなさい」
「いいよ、さて、それじゃあかこが欲しい物を探しに行こうか」
もうお腹が鳴ってしまうということもないからそれこそ彼女は集中できる。
全く関わったことがない相手から急に言われているわけではないため、まあ、気持ち悪がられることはないだろう。
責任を取ってほしいとか言っていた、逆にここで拒絶されたら笑いそうになってしまうからやめてほしかった。
「れみ先輩とお付き合いをした後もこうしてたまにお出かけしたいです、物よりもさく先輩との時間が欲しいんです」
「僕との時間が欲しいなんてよく言えるね」
「出会ってしまったからです」
出会ってしまったからってそんなことを言わなければならないルールなんてこの世には存在していない、もし存在していたらいま頃世の中は大変になってしまう。
それでもということなら……。
「いつか後悔しても『後悔しました』とか言わないならいいよ、かことこうして出かけられる時間も楽しくていいからね」
好きだからねとは言ってはいけない気がして少し変えた。
それといまの発言はともかくとして、現時点の僕にとってはという考え方しかできないということがよく分かった。
いま問題ないなら受け入れる、そうやってずっとしてきたから違和感というのは全くなかったけど。
「言いません」
「じゃあそういうことにしよう」
食べ終わったのならいつまでもお店にいたところで迷惑にしかならないからお会計を済ませて外に出た。
「早く合格発表日になればいいですね」
「まだ本試験が終わってないのに?」
「だってもどかしいじゃないですか、三月にならないと結果が分からないなんて」
「僕はともかく、かこもなの?」
「はい、まあ、関係が変わることは確定していますけどね」
まあ、振られる前提でいるが気持ちは分からなくもない、もしなにもないならああして一緒に寝たりはしないだろう。
眠たかっただけ、どうしてもベッドがよかっただけ、そういうことだったのなら笑ってしまうと思う。
「ところで、れみ先輩が頑張っている最中に遊びに出かけるなんていいんですかね」
「ははは、そんなこといったらなにもできないよ」
いいんだ、誰だって変に気を使われたら疲れてしまう、僕達にできるのは内で応援することだけだ。
直接言いたくなってしまうのが難点ではあるが、そのときまでなんとか我慢だ。
「そうだ、もうひとつ求めてもいいですか?」
「いいよ」
「今度、れみ先輩に『お姉ちゃん』って言ってください」
「れみが姉でかこが妹なら最高だね」
「いえ、私も姉ですよ? さく先輩は弟です」
弟か、それもそれでいい気がする、ふたりの姉に呆れられながらも仲良くしていけそうだった。
「姉なら弟の背中を押してあげないといけませんよね」
「ぶ、物理的に押してストレスを発散したいだけなんじゃ……」
「え、精神的に押すのって難しくないですか?」
「冗談なんだから真顔で返すのはやめてよ」
何度も言うが彼女は手強かった、場合によってはれみより恐ろしい。
常に試されているような感じがして、常に失敗をしているような感じがする。
僕の反応を見て面白がってくれているのならいいが、こんな人間なんだと呆れて、飽きて離れてしまうようだったら嫌だった。
卒業まで一緒にいるなんて発言は所詮口先だけのものだ、ほんの小さなことで簡単に変わってしまうのが現実だ。
ことこういうことに関しては自信を持つことができない。
「大丈夫です、なにかで困ったらいつでも相談してください」
「ありがとう、心強いよ」
「当たり前ですよ」
当たり前のことなんてやっぱりなにもない。
だが、そろそろやめようと意識を切り替えておいた。
現時点で問題がないならいいだろと内で呟いて言い聞かせておいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます