08話.[心配もいらない]

 三月一日になって卒業式の日がやってきた。

 とはいえ、目新しさは全くないから立ったり座ったりしている間に終わった。


「んー、なんか違うよね」

「え、なにが?」


 いつものように解散になったらかいはすぐに来たが、なんかよく分からないことを言って変な笑みを浮かべた。

 嫌だ寂しいと言い続けていたのに涙が出なかったからだろうか? こういうときに泣かないことが薄情というわけではないのだから気にする必要はないと思う。


「いや、合格しているかどうかも分からないのに卒業しなければいけないって不安になりそうだなって」

「ああ、ただ、人によっては年内とかに終わるからね」

「僕も大学を志望するつもりだけどいまから不安になってきちゃったよ」

「誰だってそういうものだよ」


 こっちなんかそれよりも早く試される時間が早くくるわけだからそうなる。

 それにしてももう三年生になるというところまできているんだから早い話だ。

 あとは……そう、れみとのことに関しては本当になにもしてこなかったんだという事実だけがここにあって微妙な気分になった。

 解散になっているのだから早く帰ろう、れみは友達とかと過ごしたいだろうからいま近づくのは駄目だからね。


「あ、遅いですよ」

「おお、かこちゃんだ」


 僕らは約束をしていたわけではなかった、もし約束をしていたのなら不安になっているかいの腕を掴んでここまで移動してきている。


「かい先輩も一緒にいたならさく先輩を早く連れてきてくださいよ」

「まあまあ、それじゃあお昼ご飯でも食べに行こうか」

「そうですね、行きましょう」


 ちなみに明日このふたりはれみと一緒に過ごすことにしているらしかった。

 会うのが難しくなるから、寂しくなるから、好きだから、そういうことも含めて全部教えてくれたから分かっている。

 まあ、いちいちこっちに報告する必要なんかないけどね、れみが受け入れてくれたのであれば気にする必要はないんだ。

 それにしても大変だろうな、可愛げの塊みたいなふたりに頼まれたら断れない。

 あの子は積極的に外にいたいタイプではないからうーんうーんとベッドの上で考えた可能性がある、「分かったわ」と即答ではなかったみたいだから全部が間違っているということもないだろう。


「さく先輩はなにを食べます?」

「定食かな」

「あー、そういうのを聞くと色々食べたくなってしまいます」

「ははは、だけどひとつを選ぶしかないんだよね」


 明日も普通に登校するのに学校にはもうれみがいないんだ、廊下に出た際に「さく君」と話しかけられることもなくなる。

 放課後の教室で一緒に勉強をすることもできなくなるし、一緒に帰ることもできなくなってしまう。


「やっぱり寂しいよね」

「やっとさくが認めた」

「ははは、我慢してくれていてありがとう」

「言わないって決めていたからね、でも、これぐらいはいいでしょ?」

「うん、全く問題ないよ」


 でも、これは仕方がないことだ、当たり前のことはないとかなんとか言っていたがこれは当たり前のことだった。

 卒業した生徒がいつまでも学校に来てしまったら困るだろう、別に悪いことではないんだから無事にれみが卒業できてよかったと考えておこう。

 意外と切り替えが上手なのかもしれなかった――って、これはこうしてふたりがいてくれているからか。


「いらっしゃいませ」


 案内された席に座ったら少しだけ肩の力が抜けた、堅い雰囲気の卒業式が終わったというのもきっと影響している。


「えー、なんでかこちゃんもそっちなの?」

「あ、自然とこっちに座っていました」

「こっちに来てよ」

「分かりました」


 なんでもいい気分になったからかいが選んだ料理を頼んでおいた。

 お腹が膨れればどれでもいい、この前みたいに高めの料理ばかりというわけではないからお金の心配もいらない。

 ここにれみがいてくれれば、


「酷いわね、三人だけで行ってしまうなんて」

「おお、偶然ですね」

「そう、偶然なのよ」


 これもかいの策略か、僕は何回やられればいいんだろう。

 この前のあれもれみが庇っているようにしか思えない、優しい子だからちょっと問題行為をしてしまう子にだって同じように対応をしてしまうんだ。


「さく先輩、私はなにも関わっていませんからね?」

「分かっているよ、かこがこんなことをするわけがないしね。悪いのは全部かいさ、格好いいとか思っているんだろうね」

「まあまあ、これも全部あなたのためにしているんですからー」

「だからってれみに迷惑をかけるのは――ん? れみ?」

「横に座らせてもらうわ」


 そりゃあまあ三人で横並びになるのは大変だからこっちに座るだろう、誰だってそうする、僕だってそうする。

 それにしてもいざ実際にこうして本人が来てしまうとなんて言っていいのか分からなくなるな、卒業おめでとうとかそういうことでいいのかな?


「いなくなってほしくないですっ。私は一番関わった時間が少ないですけど、私でもこうなんだからかい先輩や特にさく先輩からすればもっと言いたくなるはずです」

「ふふ、ありがとう」

「まあ、かい先輩はともかくさく先輩はダメダメですけどね」

「あら、それはどうして?」


 僕も同じように聞きたくなった、どういう風に駄目なのかを聞いておけばこれからに活かせるかもしれないからだ。

 僕だってね、いつだって開き直って正当化しようとしているわけではないんだ。


「……本当になにもせずに待っていただけだからですよ」

「ああ、それは私のためにしてくれたのよ」

「過去もですか?」

「それは……分からないけれど」


 彼女のためにではなかった、ただただ勇気がなかっただけだ。

 で、それすらも相手のためになっていたとか考えて終わらせようとしている。

 なるほど、って、敢えて言われなくたって分かりやすく駄目だと感じている部分のことだから……。


「さく先輩はやっぱりお兄ちゃんなんかじゃないです、臆病な弟です」

「さくはね、大胆に動けるときとそうじゃないときがあるんだよ。で、れみ先輩のことに関してだけはそうじゃないときのさくになっちゃったってことだね」

「結局、相手によって態度を変えていたってことですよね」

「はぁ、僕なんか後半は全く相手をしてもらえないからなあ」

「私も――私はお出かけとかしてもらいましたからあんまり文句もないですけど」


 今回も料理が運ばれてきて無理やり話を終わらせることができた。

 美味しい食べ物を食べればそんなことはどうでもよくなる、どんなに怖い人であってもそこだけは変わらない。

 で、慌ててれみが注文したのを見て申し訳ない気持ちになった、こちらも話に意識を持っていかれていたから「メニューを見たらどうかな」なんて言えなかったのは残念だ。


「ごめん、言ってあげられたらよかったんだけど」

「気にしなくていいわよ」

「あとかいはぺらぺら適当に話すのはやめようね」

「どこが適当なの? その通りだと思うけど」


 聞こえない聞こえない、いまは目の前の料理に集中しよう。

 そうやって食べている最中にも三人は会話を忘れずにしているから楽しめた。

 なにもなにかを言わなければ楽しめないというわけではないんだ、自分が考えたようにれみがここにいてくれているというだけで大きい。

 まあ、なにをどうしても手に届く距離にはいないんだけど。


「ごちそうさまでした」

「さくは早いなあ」

「ゆっくり食べればいいよ、すぐに動きたい気分でもないからね」


 このままここでではなくても一緒に過ごし続けることができたら、そうしたらこの内にある複雑なそれもどこかへやれるだろうか、なんてね。

 みんなが食べ終わってお会計を済ませたら解散でいい、だかられみも変に優しいところを見せないでほしかった。

 いまの僕には効きすぎるからだ、もう少し落ち着いてからなら困らせてしまうようなことを言わずに済むから考えて行動してほしい。


「ごちそうさまでした、美味しかった」

「ふふ、かい先輩も早いですね」

「え、そう? 特に意識していたわけじゃないんだけどな」

「別に問題はありませんよ」

「それならいいんだけどさ」


 それから少ししたところでれみもかこも食べ終わったからお店を出ることにした。


「あ、用事を思い出しましたので私はこれで失礼します。れみ先輩、ご卒業おめでとうございます」

「ありがとう、帰るときは気をつけてね」

「はい」


 かいとは違うため作戦ということもないだろうから気をつけてと言っておく。

 自由に自分のしたいことをしてほしいからこれでいい。


「残念ながら僕は空気を読んであげたりはしないよ」

「いいよ、一緒にいるなら公園にでも行こうか」

「ふたりがそうしたいのなら私は付いていくわ」


 解散にしてすぐに家に帰るつもりだったが気が変わった、たまにはかいも僕にとっていいことをしてくれる。

 れみ的にも気まずいということはないだろうし、僕ひとりだけで相手をしなければならないという展開は避けられたから感謝しかない。

 いやもうね、抑えつつ相手をするというのは大変なんだよ、上手くできる人間だったらそもそもこんなことにはなっていないんだ。


「想像通りれみ先輩は泣きませんでしたね」

「私でも泣くことはあるわよ? こういうときは出ないけれど」

「どういうときですか?」

「悲しいときね、かい君は泣かないでいられそうね」


 彼の行動力は素晴らしい、先輩が相手でもこうできるのだからそりゃ同級生とかが相手なら全く問題なく仲を深めることができるよと内で呟いた。

 羨ましいと感じたことは何度もある、きっと三年生になってからだってそういうことを繰り返していくはずだ。


「え、僕なんか小学校の卒業式でさえぼろぼろ涙を流していましたよ?」

「そうなの? でも、泣きたいときは泣けばいいのよ」


 最後に泣いたのがいつなのかもう忘れてしまった。

 悲しいことなんて全くなかったし、そういう機会自体がほとんどなかった。

 そこで今回のことが該当するかといえばそうではなく、内にあるのはただただまだ一緒にいたいという気持ちだけだ。


「ぐぇ、いたた……」

「え、大丈夫?」

「なんかお腹が痛くて……、これは帰らないと不味いかも」


 ……なんでこっちを見て言うのかなあ、格好いいと思っているのかな。

 ふたりきりになれば~なんてことはない、気にしなくていいのに無駄なことばかりをしてくる。

 こういうときに「なにを言っているの?」と言わないのが大人なのだろうか、だけどちゃんと言ってあげるのが大人の対応って気がする。


「トイレならそこにあるわよ?」

「あんまり外のトイレは使いたくないんですよね、というわけで漏らしてしまったら嫌なのでこれで失礼します」

「かい、そんなことしな――んー!」

「ごめんさく、いまはさくに構っている暇はないんだ」


 ああ、行ってしまった。

 なんかこれも申し訳なくなったから謝罪をしたらくすくす笑いだしてしまった。

 こういうところも可愛くていいが、おかしくなってしまったのではないかと心配になるところではある。


「こう言ってはなんだけれど、かい君はかこちゃんより下手ね」

「ははは、それ、直接言ってあげないでよ? かいが泣いちゃう」

「でも、ふたりが優しいおかげでやっとふたりきりになれたわ」

「え、まだ終わってないよ? 合格しているか分から――」

「そっちは大丈夫、私が気になっているのはあなたが私のことを好きでいてくれているかどうかよ」


 え、じゃあこの前のは分かっているふりをしていたってことなのか? でも、あの後落ち着きがなさそうだった理由が分からなくなるから……。

 というか、現在好きな子に抱きしめられている状態だというのにこうして冷静に考え事をしていられるなんて僕もやるなあと褒めてやりたかった。


「ぶつけないまま別れようとしていたのにれみは意地悪だよね」

「そんなこと許さないわ、あなたからそれを聞くために頑張っていたのだから」

「嘘つき、大学に合格できるように頑張っていたのは自分のためでしょ」


 また、こんなことは彼女にとってなんの役にも立たないことだった。

 大学で気に入った人を見つけたときに後悔することになる、だからここは僕が大人の対応をしてあげなければならない。

 こういうときだけは自分がよければいいなんてそんな風には行動できないんだ。


「いえ、こういうときならあなたが言ってくれると信じていたのよ」

「結局、最後まで勇気を出さなかったことになるけどね」

「それでもいいの、いまの私にとってのご褒美となるわ」

「やめてよ、なんか買うからそんなこと言わないで」

「いいじゃない、私がそう思っているのだから」


 って、こんなことを話している場合ではない。

 先程からずっと抱きしめられていて心拍数のコントロールが少しずつ難しくなってきた、ばくばくしているところを聞かれるわけにもいかないから少し離れたい。

 普通の距離なら問題なくいられる、自分の中にある一気に出てきた欲望をぶつけることもしないでいられるんだ。


「れみ、とりあえず離れて」

「そうね、ちなみにこれは逃げられないためにしたの、こんなときになってもあなたは言わなかったでしょうから」

「ははは、僕のことをよく知っているねえ」

「だから勘違いしないでちょうだい、私がしたかったわけではないのだから」

「はい、分かりました」


 僕がそう返事をしたことで嬉しかったのか彼女はにこりと笑った。

 その笑みはこれまでのどの笑みよりも魅力的で、ついついじっと見てしまうような力があった。

 だが、すぐに「そんなにじっと見ないでちょうだい」と言われてしまったからごめんと謝罪をしてやめる。


「そろそろ帰りましょうか、今日はさく君のお家に行かせてもらうわ」

「え、ご両親に顔を見せなくていいの?」

「私の両親は共働きじゃない」

「あ、そういえばそうだったか」


 本当に家には何回も行ったわけではないからそういえばそんな話をしていたな~程度の理解度だった。


「だから問題はないのよ、早く行きましょう」

「まあまあ、急がなくたって家がなくなったりはしないよ」

「私が嫌なの、早くしなさい」

「は、はーい」


 まあ、彼女自体は昔からこういうところがあったから違和感はない。

 そのため、そんなことはすぐにどうでもよくなったのだった。

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