06話.[言ってしまえば]
「……くしゅっ、寒いわね」
「着込んでいてもこればかりは無理だね」
何枚か服を着た程度でなんとかなるなら冬なんか全く問題ないということになる、残念ながらそんなことはないから上手く付き合っていくしかないわけだが辛い。
簡単に言ってしまえば極端だった、もう少しぐらい夏と冬を足して二で割った程度でいいんだけど……。
「かこちゃんが参加できなかったのは寂しいわね」
「本当なら出るべきではないからね、清水さんが正しいよ」
「できることなら参加してほしかった?」
「一緒にいられたら嬉しいけど、僕的にはれみが付き合ってくれているだけでも十分だよ」
ひとりで出たところで寒いし寂しいしでこれまで大晦日の夜に家を出たということはなかった、だから誰かと一緒に新しい年がくるのを待っているというだけで楽しいということを知ることができたから感謝している。
「新しい年になったらあっという間だろうね」
「私がいなくなってもあのふたりがいてくれれば大丈夫よ」
「嫌だよ」
「嫌だと言われても、私は三月一日までしかいられないから」
それ、無理なことを言っていないで黙っていよう。
あと、正直に言ってしまえば距離感はこのままでよかった。
大学生と高校生ということになれば一緒にいられる時間は減るし、そもそも彼女にはもっと相応しい人がいるからだ。
初恋は実らないものだからね、しかもそこに僕という要素が加わればこうなることは当たり前というか……。
「もうすぐね」
「ありがとう、今年もお世話になりました」
「ふふ、なによそれ」
クリスマスも大晦日の夜に出ることも今年になって初めてできたことになる、となれば来年もまたこうして過ごせる可能性は低いから言わせてもらったんだ。
れみもかいも清水さんも側から消えて、ついついひとりになってしまうんじゃないかと不安になっている自分がいる。
もちろんそうならないように努力をしていくつもりではあるが、向こうが離れる選択をしてしまったらそんなものは意味がない。
「明けましておめでとう」
「ええ、今年もよろしくね」
「それはれみ次第だから」
最近は自惚れでもなんでもなく僕の存在のせいで制限をかけてしまっていた、一緒にいてなんて直接言ったわけでもないのにだ。
そのため、今回は少し考えて直接言ったりはしなかった。
興味があればこちらに引き続き来るだろうし、興味がないなら離れるだろうから問題にはならない。
とにかくいまは負担をかけないようにしなければならないんだ、当たり障りのないことだけを言っておけばいい。
「れみはどうしたい? まだ外にいたいなら付き合うけど」
「もう少しいたいわ、寒いのに不思議だけれど」
「分かった、それなられみの家の近くまで移動してからにしようか」
「場所はどこでもいいわ」
変なところに行くよりも彼女の家の前で話すことにした。
帰りたくなってもこれならすぐに帰れるし、家が後ろにあるということで落ち着けるだろうからだ。
変なことはしたりしないが知らない人が来て万が一ということもゼロではない。
まあ、ここだとより一層声量などは気をつけなければならないけどね。
「温かい飲み物を持ってくるわ」
「ありがとう、よろしくね」
うーん、だけどここならもう家の中が話した方が……なんて野暮なことを言いたくなってくる。
でも、彼女の家に入ることはできない、一度もしたことがないからずっとしたことがないままでいい。
遊びに行けた回数も限りなく少ないし、思い出す度に僕らは本当に友達だったのかなんて言いたくなるときもあるが、僕らは間違いなく友達だと言えた。
「お待たせ、はい」
「ありがとう」
それにこれぐらいの方がいつかのときの自分がダメージを受けなくて済む。
ただまあ、こんなに近くにいるのに触れることもできないなんて悲しいけど。
「色々なことを頑張るよ」
「え? えっと……?」
「急にそう言いたくなったんだ」
だかられみも頑張ってって内側でだけ言っておいた。
熱々の紅茶を一気に飲み干して勢いよく立ち上がる。
「それじゃあこれで、こんな時間に起きていることなんてほとんどないから眠たいんだよ」
「あ……」
「暖かくして寝てね、それじゃっ」
青春物語みたいに走って走って走って、家に着いたときにはたったあれだけの距離でもくたくただったが何故か気持ちがよかった。
極端な行動をしようとしているわけではない、ただほんのちょっと意識を変えてれみといようと決めたというだけだった。
一目惚れで最初から好きではいたものの、ちゃんと友達としていられているつもりでいる。
それなら会話とかができるだけでいい、なにも多くのことを求めているというわけではないのだからこのままであってほしかった。
「もう冬休みも終わりだよなあ」
四月になって三年生になってしまえばあっという間に時間が経過することだろう。
来年のこの日にいい気分で過ごせていればいいななんて考えたのだった。
また学校が始まって、すぐに席替えになった。
友達が教室内にいるわけではないし、別にどこだって学べるからどこでもいい。
そうしたら廊下側になったため、なんとなく壁によろしくと言っておいた。
あ、だけど右側に人がいないというのは楽かもしれないとすぐに知る。
ほとんどないが目のやり場に困った際には壁を見て過ごせばいい。
「ま、まさか一度も連絡してこないなんて……」
「それはかいでしょ? そりゃ邪魔をしたくないから連絡はしないよ」
「酷いよっ、スマホを握りしめて待っていたのに!」
「嘘つかないの、ほら、お弁当を食べようよ」
お弁当箱を開封して広げつつ、この明るいクラスメイト達といられるのもあともう少しだけかと内で呟いた。
「あれ、そういえば席の位置が変わってる」
「えぇ」
「さくしか意識にないから関係ないけどね、だけど今度は教室に入ってすぐにさくと話せるからいいね」
真ん中でも窓際でもすぐに話せるような距離だから大袈裟な発言だ、こっちのところに来てくれることは嬉しいから言わないようにしたけど。
逆にあの日から清水さんとは会えていないから心配になる、まあ、お前なんかに心配されなくてもちゃんとやっているよとか言われそうだ。
「うーん、自分で作ってみたけどお母さんとかさくみたいにはできないなあ」
「挑戦することが偉いよ、最初は誰だって上手く作れないものだからね」
「でも、こんなに卵焼きが焦げたりした? 焦がしたりしてしまった人だけがそういうことを言えるんですよ」
「目玉焼きだって焦がしたことがあるよ? ただパンを焼くだけでも時間調節を失敗して真っ黒にしたこともあったなあ」
あのときは冗談でもなんでもなく涙が出てもう二度と自分でやらないとか言ったのだが、両親は僕が小さい頃から帰宅時間が遅いことが多かったからそれでもやるしかなかったのだ。
これはひとり暮らしを始めたときにも役立つから自分のためとはいえ頑張ってよかったと思っている。
失敗を繰り返してしまっても始めたばかりなんだから仕方がないだろと開き直るぐらいでいい、食材のことを考えたら食べられるレベルにはしたいところだけどね。
「これからも頑張るよ、上手くできるようになったら食べてね」
「分かった、じゃあその場合は一番に食べさせてもらおうかな」
「ふむ、確かに両親を犠牲にするのは可哀想だから毒見役としてさくはいいね」
「ははは、上手くできるようになったら食べさせてくれるんだから毒味とはならないでしょ」
「ははは、確かに!」
食べるだけ食べてろくに運動をしていなかったから食後は歩くことにしていた。
反対側の校舎に行くことは滅多にないから行ってみたり、先輩や後輩達がいる階を歩いたりもする。
教室内を覗いていくわけではないから主に清水さんがどう過ごしているのかは分かっていないままだった。
「長濱先輩っ」
「おお、丁度いま清水さんのことを考えていたんだよ」
勢いよく近づいてきてくれるなんて可愛げの塊みたいな存在だ、僕がれみに対して同じことをやったら絵面が大変やばいことになるというのにこれはやばい。
この子の行動次第では変わってしまうが、自分が卒業するそのときまでは一緒にいられるという話だからその点もやばかった。
かいとかれみとかではなくてその相手が僕だからだ。
「もしかしてあの日から一度も行っていなかったからですか?」
「それもあるよ、あとは僕らといないときはどういう風に過ごしているのか気になってね」
「行っていなかった理由は嫌になったからとかじゃないですよ? ちなみにどういう風に過ごしているのかはあれからクラスメイトとも話せるようなったので女の子の友達とよく話していますよ」
「そっかそっか、それならそっちで忙しくなってこっちに来ることは難しいよね」
そう言うと彼女は分かりやすく笑みを引っ込めて無表情になってしまった、いや、少し怒っているようにも見えるそんな顔か。
「正直に言うともやもやしていたからです、ちなみに長濱先輩のせいですからね?」
「まさか清水さんも連絡待ちだったとか?」
「違いますよ、そもそも私は交換をできてすらいないんですからね」
言葉に棘を感じる、じゃあそれならなんでもやもやするんだろう。
一緒に過ごした日に適当に対応をしたわけではない、何度も言うが相手によって分かりやすく対応を変える人間ではなかった。
大晦日のときはれみ経由で参加できないことを知ったから話せていないわけだし、話せていないなら失敗しようがないからやはり分からなかった。
「ごめん、教えてくれないかな」
「一緒にいてほしい、それだけで終わらせてしまったからですよ」
「え、清水さんも卒業までは一緒にいるということで終わらせてくれたでしょ?」
「あれは我慢しただけなんです。というか、たまにはさ、さく先輩の方から来てほしいんですけど……」
「こっちにばかり来てもらうのは不公平だから迷惑ではないなら行かせてもらうよ、かこさん」
名前を呼ぶときにそんな風になるところが正に似ている、言わないが僕の中ではそういうことにしておこう。
「ふぅ、大体、さく先輩は嘘つきです。当たり前と言えば当たり前ですけど、当然のように私とれみ先輩では対応が違うじゃないですかっ」
「え、そんなときがあった?」
「ありましたよ!」
「少なくとも三人とか四人でいるときとかはかこさんとかかいを優先しているけど」
集まるとれみが黙ってしまうというのも影響している、そうなれば僕だって自然とふたりを優先することになるわけだ。
また、仮にお喋りなれみが存在していても同じだ、好きだからってなんでもいつでも優先するというわけではない。
そもそもいまの僕も今後の僕も関係を変えてやろうと頑張ろうとはしないため、そうなると友達の内のひとりという感じでしかないから……。
「呼び捨てでいいです、でも、それとこれとは話が別ですからね」
「降参します、だから怒らないでよ」
「……今度また一緒にお出かけしてくれたらいいですよ?」
「分かった」
あ、だからって「長濱先輩っ」と近づいてきてくれる彼女に変えたというわけではないから勘違いしないでほしい。
「かこ、一応言っておくと僕はれみが好きだからね」
「知っています、私は同じ友達なのに同じようにしてくれないことが気になっただけですから」
「それならよかった、可愛い後輩を振らなくて済んだんだからね」
「あはは、なんですかそれ」
「本当にね、馬鹿な発言だ」
ふたりでいるならとふたりで食後の散歩をした、教室でのことを多く話してくれたからこちらは安心できた。
孤立していなければなんとかなる、ひとりだけでも友達がいてくれれば行事だって楽しめる。
悪く考えて近づくことを選択しないのはもったいないからね、そこだけは僕に似ていなくて本当によかった。
「あ、ふたりでいたのね」
「もしかしてさく先輩に用があったんですか?」
「ちょっと話したかっただけなの、さく君、放課後なら大丈夫かしら?」
「うん、大丈夫だよ」
あのときのことを言われそうで受け入れておきながら放課後になったらすぐに帰りたいななんて思った。
だって邪魔はできないんだから仕方がない、しかも極端に避けているとかそういうことでもないんだから触れるのはやめてほしい。
こっちが微塵も期待なんかできないぐらいの態度でいてほしいんだ。
「それならまた――え、かこちゃん……?」
「いまも放課後も一緒に過ごしてください、私は山口先輩とも話せていなかったから話してきます」
かこが去って静かになる、近くに教室があるのにそうなっているのだから面白い。
「ねえ、どうしてあのとき急に頑張るなんて言ったの?」
「自分が頑張っていなければ他者に頑張れなんて言えないでしょ? だからまずはその資格を得るために――れみはポーカーフェイスができないね」
かこもそうだが悪い方面、マイナス方面のことに関してだと駄目になる。
そして僕はその度に負けるんだ、ずるいとしか言いようがない。
「簡単に言ってしまえばもうすぐ受験のきみに迷惑をかけたくなかったからだ」
「どういうことで?」
「それはもう全部だよ、小さなことでもいまのきみには余計なものになりかねないんだからね」
言ってしまえばこういう対応をされることすらも彼女からすれば嫌かもしれない、だから僕はその小さな積み重ねをなくすために気をつけているという状態だった。
でも、この時点で失敗していることになるのかなあ、結局吐かされていることには変わらないんだからそういうことになるよなあ。
「私のためだったのね」
「別にそういう風に言うつもりはないけどね」
どうにもならないから物理的にではなく精神的に距離を作ろうとしているだけ、結局これは自分のためにしていることだから彼女のためとは言えない。
「それならよかったわ、なんか別の意味も込められていそうで不安になったのよ」
「そういうところから判断するしかないもんね、実際のところは本人にしか分からないことだから不安になる気持ちは分かるよ」
予鈴が鳴ったから別れた。
椅子に座ってからなんとなく頬杖をついて座っていたらすぐに教科担任の先生が入ってきたからやめた。
れみに対してなにかを隠すということはこれまで何回もしてきたが、今回が一番大変だと感じていた。
昔ならなにもかもをぶつけて終わらせるということもできたものの、いまはその方法も選べないからだ。
しかも普通に来るものだから試される機会が多くて困る、かこもかいも積極的にふたりでいさせようとするからその点も微妙だった。
「さく先輩、ちゃんとれみ先輩と話せましたか?」
「うん、話せたよ。でも、次からはああして離れなくていいからね」
「ははは、分かりました」
自分が近づいたタイミングで離れられたら人間は気にする、どんなに強い人間だろうと何度も繰り返されたらあれ? となってもおかしくはない。
友達の友達だということなら気持ちも分からなくもないが、かこだってれみの友達なんだからいればいいんだ。
なにか用事があるとかなら仕方がないけどね、強制的にいさせることは行動を制限していることに変わらないから難しい。
「あ、勝手な想像なんですけど、お互いに本当に言いたいことは言えていなさそうですね」
「なんでそう思うの?」
ちなみにその発言通りだ、本当に言いたいことはなにも言えていない。
ただ、れみの方は言えていると思う、先程のあれが正にそうだろう。
「いつもと違って微妙そうな顔をしているからです、話しかける前に一瞬悩んでしまったぐらいですよ」
「それはごめん、ちょっと廊下に行こう」
やはり廊下に出ると途端に静かになる感じがする。
「ちなみにいつもはどういう顔をしているの?」
「こう……眉間にしわが寄っていない感じですかね」
「ちなみにかこは不安そうな顔をしているときが多いよ」
「そんなの当たり前ですよ、弱いからすぐに不安になるんです」
「かこが弱いなら僕なんかクソ雑魚だね」
僕だったられみ以外の先輩にこうして近づくことはできないし、彼女以外の後輩に近づくこともできない。
精神状態が微妙なのか暗に弱いと言われているようにしか思えなかった。
だが、そこは年上として出すことはしなかった。
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