05話.[ちゃんと寝てね]

「送ってくれてありがとうございました」

「気にしないで、僕のためではなくても一緒に過ごしてくれてありがとう」

「はい――あ、先程のあれは冗談ですから、寧ろふたりきりの時間を邪魔してしまってすみませんでした」

「ははは、清水さんは冗談を言うのも上手なんだね」

「長濱先輩はしっかり柳原先輩を見てあげてください、それではこれで失礼します」


 さて、あとは背負っているかいを家に帰して、その後はれみを送ればいい。

 実は清水さんの家が自宅から一番近いということを知って驚いていた。

 よく来るくせに、一緒に登校するのにかいの家が離れているというのも笑えてくるところだ。


「さむい……」

「もうちょっとだから我慢して、あ、言い忘れていたけどかいもありがとね」

「ふぁぁ~、そんなの別にいいよ、明日から来年まで会えないから一緒に過ごせてよかった」


 そうか、またやってきたことになる。

 ただまあ、去年も冬休みは一日も一緒に過ごさなかったから寂しさはなかった。

 家ではひとりでばかりいるからそれに慣れてしまっているんだ、余程のことがない限りは変わらないことだと思う。


「さてと、さく下ろして」

「え、どうせなら家まで運ぶよ?」


 ここまで来たならあまり変わらない、だから最後まで運ぼうとしたが下りようとしたから足を止めることになった。


「いや、ここまででいいよ、さっき清水ちゃんも言っていたけどゆっくり柳平先輩と話してほしいんだ」

「そっか、じゃあここで別れよう」

「うん、それじゃあまた来年に」

「うん、気をつけて行ってきてね」


 彼はれみにも挨拶をしてから「またねー」と走っていった。

 いつまでも外にいると冷えるだけだから歩こうとしたらこの前みたいに腕を掴まれてぐわんと揺れる。


「泊まりたいの」

「え、僕の家に?」

「ええ、このまま帰りたくないの」


 それなら家に帰ろうか。

 着替えはどうするのかとかそういうことも聞かずに帰って、まずお風呂を溜めた。

 それでも気になるからせめてご両親には許可を貰ってほしいという話をしてみたものの、そのことは既に話していて最初から泊まる前提で来ていたみたいだった。


「お風呂溜まったよ、先に入っていいよ」

「ありがとう、入らせてもらうわね」


 ちなみにこれ、泊まる泊まらせるということは初めてのことだ。


「なにがどうなっているのやら……」


 好きな人がいるのにしていいことではない、これはもうあの発言も怪しく見えてくるというものだった。

 だけどなんのために? こういうことになった際に僕がどうするのかなんて近くで見てきたれみは分かっているはずなのに変だ。

 特別な存在と付き合ってしまう前に僕がと、僕が行動することを期待してやったのだとしたらかなり大胆な行為だと言える。

 って、もしかして好意があることをとっくの昔に見破られていたとか……。


「さく君――」

「うわあ!? あっ、お、おかえり……」

「まだ温かいから早く入った方がいいわよ」

「そうだね、そうさせてもらうよ」


 そこには触れずに流してくれて助かった、今度はお風呂場で疲れとかそういうのを一緒に流してしまうことにしよう。

 もっとも、今日はぼけっとつかっているわけにはいかないから十分ぐらいで出てリビングに戻った。

 そうしたられみがうとうとしていたから布団を持ってきて掛けておく、流石に自分のジャンパーとかそういうのを掛けるのは残念ながらできなかったことになる。


「……戻ってきていたのね」

「眠たいなら布団で寝た方がいいよ、さっきまでかいが使っていたのが嫌なら新しく敷くけど」

「さく君のお部屋で寝たいわ」


 分かりにくいような分かりやすいような、どちらにしても難しい子であることには変わらない。

 僕的には全く問題はないがちゃんと聞いておかなければならないことがある。


「あのさ、あの発言って嘘なの? もし嘘ならそれでもいいけど、上手くいかなくて投げやりになっているだけなら僕は止めるよ」


 お風呂に入った後だけどやっぱり家に帰ってもらうつもりだった。

 もちろんその際は送らせてもらう、間違いなくいい反応はしてもらえないだろうがそれだけはね。


「嘘をついたの、私は――」

「理由はいいよ、それなら僕もちょっと疲れたからもう寝ようか」


 布団一組を持って二階に上がる、レディファーストということで先に部屋に入ってもらった。

 ちなみに嘘だったと言われても分かりやすく喜べたりはしなかった。

 何故ならもう共通テストとかそういうのがやってくる、ここまできてしまったらゆっくりこうして過ごすこともできないからだ。

 あとは好きな人が存在していなくたって僕のことが好きだということではないんだから期待しても悲しくなるだけだと冷静に対応しているというのもあった。


「こっちでいい?」

「あ、じゃあ僕は布団で……って、そういうことか」


 同じ部屋で寝るという時点でそこまで変わらないから気にせずに寝転ぶ、それからすぐに振動で彼女も同じようにしたことが分かった。

 向き合っているわけではないからいまどういう顔をしているのかは分からない。


「正直、清水さんに言われたからってあっさり変えてしまったのは気になるけれど、それでも高校最後のクリスマスを楽しく過ごせたから満足しているわ」

「れみとは違ったパワーがあったんだ、あのまま断り続けるのは無理だったよ」


 頑なに続けるとクリスマスに一緒に過ごす過ごさないだけではなく、喧嘩になって一緒に過ごすことができなくなっていた。

 無理やり参加させるのは違うと言っていたかいも何度も繰り返している内にきっと怒って一緒にいることすらもできなくなっていたと思う。

 家でひとりなのは先程も言ったように慣れているが、それは学校とか外では誰かといられているからこそのことでもある。

 だからそういう前提を崩してしまわないためにも折れてしまう方がよかったのだ、たまたま清水さんが言ってきたときに折れたというだけだった。


「ただ、こんなことをしてもいいのかな?」


 彼女のご両親だってここまでは許可をしてはいないだろう、そもそも僕の家に泊まっていることすら知らない可能性もある。

 とやかく言われたくないから嘘をつくというのは普通にあることで、彼女がそういうことをしないとも限らないからだ。


「れみ? ……寝てる」


 この子もこの子で問題だ、というかあっさりと寝すぎだ。

 仕方がないから黙って目を閉じた、が、残念ながら眠気がやってこない。

 ドキドキしているから寝られないとかそういうことではなく、まだまだ早い時間だから寝られないということになる。

 そのため、布団から出て飲み物でも飲むことにした。

 再度歯を磨くことになるのは面倒くさいから水を飲んでからソファに座る。


「あ、かい? まだ起きてた?」

「うん、家に着いたら眠気が飛んだからね」

「それならよかった、一応言っておくけどさ」


 もう隠しても意味がないから全てを吐いておいた、もちろん彼は「えー!?」と気持ちがいい反応をしてくれた。


「ふ、不純異性交遊……」

「違うよ、僕はいまひとりでリビングにいるからね」

「でも、眠たくなったら部屋に戻るでしょ? そうしたらベッドの上には……」

「嘘らしいからね、僕的にはなにも問題がないから普通に寝るだけだよ」


 こんなことをしてもいいのかなと聞いたのは言質を取りたかったからだ。

 れみがそれに大丈夫とか反応してくれたらきっと安心してあのまま寝ていた。

 つまり、問題はなくても不安になることではあるから必要だったことになる。


「やばい、眠れなくなりそう」

「ちゃんと寝てね、明日から楽しむためにもしっかりしないと」

「って、さくのせいだからね?」

「ははは、ごめんごめん」


 睡眠不足状態にしてしまったら可哀想だからお礼を言って電話を切った。

 ないだろうが下りてくる可能性があったから電気を消して部屋に戻る。

 起こさないようにベッドに寝転んで目を閉じて、なるべく寝られるように集中していたら目を開けたときには朝だった。

 ちなみに目を開けた瞬間に眠気が一気に吹き飛んだ、目の前に人の顔が見えたら誰だってそうなるものだよね。


「かい君、なんで君はここにいるんだい?」

「さくがやばいことをしそうだったからね、早めに家を出たけど柳原先輩が起きていてくれたから助かったよ」

「そのれみは?」

「下で読書をしているよ」


 まあ、昨日は早寝すぎたから仕方がない、僕だってあの時間に寝たからこそこの時間に起きていることになる。

 それにしてもあっという間にクリスマスが終わってしまった、ああして盛り上がってしまうと翌日に寂しい気持ちになるということを初めて知った。

 なんかこれだと寂しい人間みたいだ、高校二年生のクリスマスに初めて友達と過ごせたってなんかね……。


「おはよう」

「うん、おはよう、ちょっと歯を磨いてくるね」


 特に慌てるとかそういうこともないか、結局僕は男として見られていないのかもしれない。

 こちらのことを意識しているのならあんなことはできない、ましてや、すぐに寝るなんてあり得ないだろう。


「好きな人がいるというのは嘘らしいからかいがアタックしてみれば?」


 何気に付いてきていたかいに言う、なんにも知らない人間に取られてしまうよりはその方がいいからだった。


「またまた、本当は自分が柳平先輩の特別になりたいくせにー」

「知らない誰かに取られるよりは知っているかいに取られた方がマシだからね」

「取られるとか言っている時点で駄目だね、仮に僕が付き合い始めたら顔に出したりとかしそう」

「ないよ、僕はいつだってポーカーフェイスさ」


 どうせ来ているならご飯でも作ってあげようと決めて早速行動をする。

 目玉焼きやウインナーなんかがあれば立派な朝食になる、そこに炊きたてのご飯が加われば、ふふふ。


「できたよ」

「おお、さくも成長しているということだね!」

「ふたり分だけ作るなんてできないよ、れみ、できたから食べよう」

「ええ」


 美味しい、これで今日も一日元気に過ごすことができる。

 残念ながらここにいるかい君とは一緒に過ごせなくなるが、そういうことは多くあるものだから仕方がないと終わらせた。

 とにかく楽しんできてほしかった。




「おはようございます」

「おはよう、今日はどうしたの?」

「あの、大丈夫なら付いてきてください」

「じゃあちょっと上がって待ってて」


 あまり使わない携帯や財布を持って付いていくことにした、この時点で去年までとは違うことになるからわくわくしていた。

 かいやれみではなく、後輩の子と関われているということも面白い。


「れみ先輩と一緒に過ごしていたわけではないんですね」

「うん、あの日は結局泊まったけど連日は無理だということでね」


 もちろんこちらからずっといてほしいと頼んだわけではないから勘違いしないでほしかった、帰り際にれみがそう言ってきただけのことだ。


「全部教えてくれました、なんでこのタイミングでなんですかね?」

「僕もかいに教えたからなあ」


 そのおかげで凄く楽になった、いやもう柳平先輩とか言わなくて本当にね。

 まあ、先輩が相手なのに敬語を使っていなかった時点で、そういうことに厳しそうなのにれみが注意していなかった時点で隠そうとしても意味はなかったと思うけど。


「やっぱり関係が変わった……とか?」

「ないよ、普通に会話をしただけだからね」


 気に入っているとかそういうことでもなければ「敬語はやめなさい」なんて言わないだろう、だから彼女達がすぐにそう言いたくなる気持ちも分からなくはないのだ。

 でもね、分かりやすくアピールとかをされたわけでもないからこちらとしてはどうしようもないんだよ、気にせずに動けるのであればとっくの昔に振り向かせようと動いている。


「あ、ここです」

「なんか可愛らしいお店だね、女の子向けなのかな?」

「いえ、普通の飲食店ですよ、入りましょうか」

「そうだね」


 入店してみたら女性ばかりだった、なんてことはなく、あくまで普通の飲食店で安心した。

 メニューも偏ってはいない、美味しそうな料理の写真が沢山あって迷ってしまう。

 何分かかけてからやっと決めてまとめて注文させてもらった、もちろん謝罪は忘れずにしておいた。


「私は長濱先輩に感謝をしているんです、今日だって嫌な顔をせずにこうして付き合ってくれているわけですし」

「んー、僕が分かりやすくきみのために動けたのはれみのところに連れて行ったときだけだよ。そこから先はきみが頑張ったのと、かいやれみがそれを受け入れてくれたというだけだ」

「でも、それにしたって長濱先輩のおかげですよね? れみ先輩や山口先輩と友達でいてくれたからこそできたことじゃないですか」

「なるほど、確かにそれはあるね」


 友達ではないのにその人のところにこの子を頼むと連れて行くことはできない。

 何度も言うが、僕がそんな人間だったらこうはなっていないんだ。


「だからお礼がしたいんです、どうすればいいですか?」

「それならこれからも一緒にいてよ。きみにとっては嫌かもしれないけど、なんとなく似ている気がして落ち着けるんだよね」

「私と長濱先輩が、ですか?」

「あ、いや、ごめん、忘れてほしい」


 そのまま続けると冷たい顔になりそうだったから急いで自分を守った。

 喜怒哀楽――怒のときの彼女はまだ見たことがないから怖い。

 そういうことから、自分ではなくれみと似ていると言った方が正しかった。

 表情があまり変わらない子が相手だとこういうことになるんだ、ただ、だからこそ変わったときには影響を受けやすくなるということになる。


「お待たせしました」


 料理が運ばれてきてゆっくり食べ始めた。

 美味しい、クリスマスの翌朝も感じたことだけどご飯を食べられるということは幸せだ。


「ふぅ、大体想像はできていましたけど長濱先輩は長濱先輩ですね」

「でもさ、求めすぎるような人間ではなくてよかったでしょ?」

「それだけのことをしてくれたんですから求めすぎるぐらいでいいんですよ、れみ先輩と比べたら私にできることなんてほとんどないと言ってもいいですけど……」

「仮にれみやかいが同じように言ってきても『これからも一緒にいて』と言うだけだよ。そもそも一緒にいてって発言はでかすぎると思わない? 自分で言っておいてあれだけど相手の行動を制限してしまうことになりかねないからね」


 それでも自分勝手なのと、ひとりになってしまうのが嫌だから言わせてもらう。


「それならこれならどう? 自分が少し動いた結果、きみが他の誰かといて嬉しそうにしているところが見られて満足している――それならもう返してもらったようなものだよね?」

「……本当に私が相手だからとかそういうことじゃないんですね?」

「うん、そうだよ、相手によって求めたり求めなかったりするわけではないよ」


 分かりやすく態度を変えるような人間だったら自分が嫌になる、が、それが僕にとって所謂普通のことだったら反省しようともしないだろうな。

 結局、いまの僕が違うから言えることだった、そして、いまの僕にだって悪いところはあるだろうから気をつけておかなければならない。

 自滅するだけなら他者を巻き込まなくていいから問題にはならないが、他者を巻き込んだ形でそうなってしまったときのことを考えると……。


「それなら長濱先輩が卒業を迎えるまで私は一緒にいさせてもらいます」

「うん、よろしく」

「もちろん、卒業してからも一緒にいられた方がいいですけどね、長濱先輩とれみ先輩を近くで見たいですから」

「そうだね、こうして関わるようになったからにはなるべく長期化を目指したいから分かるよ」


 関わってくれている誰とだってこれからもずっと一緒にいられるなんて保証はないが、いられると信じて行動しなければ可能性すら出てこないから頑張ろうと決めたのだった。

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