02話.[一緒に帰ろうか]
「こんにちは」
「ん? あ、この前は拾ってくれてありがとう」
「いえ、たまたまでしたから」
なんとなく教室で勉強をしていたら女の子が話しかけてきた。
とりあえずお礼を言って、相手が話してくるのを待つことにする。
こういう場合はなんとなく想像できる、かいかれみに会わせてほしいとかそういうことだ。
寧ろそれ以外だったら驚いてしまうため、想像通りであってほしかった。
「あの、三年生の柳平先輩と仲がいいんですよね?」
「どうしてそう思うの?」
「だって敬語じゃありませんでしたから」
「ああ、うん、一応仲がいいつもりだよ」
れみの方だったか、これはまた意外だ。
ただまあ、優しいからそういうところを気に入った可能性がある。
「だけど今日はもういないと思うよ、もう十七時半だからね」
勉強をするにしても学校ではやっていかない子だからそういうことになる。
とにかく、こうしてここに来るぐらいなら最初から直接れみのところに行った方が遥かによかった。
「あなたと柳平先輩が付き合っているとかそういうことはないんですか?」
「ないよ、変わることもないよ」
ある程度勉強もやったし、会いたいなら家に連れて行くと言ったものの、彼女は静かに首を振っただけだった。
それならこちらにできることはなにもないから片付けて帰ることにする。
こういうときかいだったらもっと上手く対応するのだろうが、残念ながら僕はかいではないからこんな対応しかできない。
「一緒に帰ってもいいですか?」
「うん、じゃあ一緒に帰ろうか」
勘違いされたくないから家がある方角などは聞かないでおいた。
下心があるというわけでもないし、合わせるつもりもない、僕はいつものように帰路に就いているというだけだ。
「あ、そういえば自己紹介がまだでしたね、私は
「うん」
どういうつもりで彼女は横を歩いているんだろう、僕がいれば自然とかいやれみが来てくれると考えているのだろうか。
登校は一緒にしても下校はあまり一緒にしないから期待してもほとんど無駄に終わる、この前みたいに家に来てくれることは意外と少なかった。
普通数分でも一緒にいればこの人といても無駄だと分かるはずなのだが、彼女はやはり静かに横を歩いているだけだった。
いや、正直に言おう、なにも喋らずに一緒にいるのはやめてほしいというだけだ。
「長濱先輩は山口先輩とも仲がいいですよね。羨ましいです、ちゃんとそういう仲がいい人がいて」
「同学年にひとりぐらいは仲がいい存在がいてくれると助かるよ」
「私の方は長続きしないんです、どうしてだと思いますか?」
「んー、積極的に行かないから……とか?」
なにも知らないのにそんなことを言っていた。
いやほら、友達がほしいなら、仲良くしたいなら待つだけでは駄目だということは誰にとってもそうだと言える。
待っていたら自然とかいとれみが近づいてきてくれたとかそういうことではない、どちらも自分から近づいた結果がいまに繋がっているんだ。
「正直に言うと人に近づくのが怖いんですよね、自分が離れた後に悪口を言われているんじゃないかと考えてしまうんです」
「僕に近づけたのは同学年ではないからか」
「はい、そうです」
自分から近づかない限りは顔を見ることもない、あとはなにかを言われていたとしても直接聞くことになる可能性が低いから……というところか。
もちろん人の悪口なんか言ったりはしない、そんなことをしても自分が嫌な気持ちになるだけだ。
恐怖心を捨てきれないなら年上と関わるというのもありか、ひとりで過ごし続けるよりはよっぽどいいだろう。
だからこそ優しいと分かっているれみに会いたかったんだ、うん、こうなってくると協力してあげたくなる。
「いまから柳平先輩のところに行こうよ」
「迷惑……にならないですかね?」
「大丈夫だよ、柳平先輩は人といることが大好きだからきっと歓迎してくれるよ」
断ってくるとかそういうことはなかったから勝手に向かうことにした。
ちらりと確認してみると少し不安そうな顔で彼女は前を見ていた。
余程のことがなければ断られることはない、だから内で安心してと呟く。
「はい――さく君だったのね」
「この子が話したいみたいでさ」
「分かった、それなら上がって」
誘われてはいないが一応こちらも上がらせてもらう。
リビングに移動してからもいちいち端っことかに座らずに普通にする。
とにかくれみが気になるような行動はするべきではない、少なくとも年内はこれまで通りの自分でいることにしていた。
「この子は清水かこさんだよ」
「私は柳平れみ、よろしくね」
「はい、よろしくお願いします」
……自分から喋りだすのは無理か、それならと代わりに説明をする。
「さく君ならどうする?」
「ひとりの方が嫌だから勇気を出して話しかけるよ」
「実際、あなたはそうしてくれたものね」
「かいはともかく、れ、よく僕はきみに話しかけたよね」
「ふふ、あのときは物凄く緊張していたわよね、ズボンを思い切り握ってこっちを見たりあっちを見たりしていたもの」
所謂一目惚れというやつだった、そのため、話しかけないと一生後悔するぞと自分に言い聞かせたんだ。
って、昔話をしても仕方がない、なによりなんにも知らない清水さんが可哀想だ。
こちらが仲を深めるためにここに来ているわけでないのだから自重しよう。
「えっと、清水さんはそれでも誰かといたいんだよね?」
「はい、できることならその方がいいです」
「それなら勇気を出すしかないわね、私だってひとりは嫌だからそうするわ」
「ですよね」
考え込んでしまって必要以上に不安になってしまうことはこちらにもある。
ただ、実際に動いてからじゃないと分からないことも現実にはあるんだ。
そして動いた後に分かる、こんなに簡単なことだったんだ、とね。
他のことならそうならない可能性もあるが、少なくとも人に近づくことならそうなるはずだった。
「それならここにいる先輩――う」
「どうしたんですか?」
「え、えっとさ、先輩でも同性なら大丈夫だろうからさ」
このスタイルは本当に疲れる、あと、れみもこの程度のことで睨まないでほしい。
ただ僕が自意識過剰だった、そういうことで終わるならいいが、残念ながら妄想でもなんでもなく本当のことなんだ。
それにあのままきみと呼び続けていても同じ結果になっていたと思うので、ふたりきりじゃない時点で詰んでいるようなものだった。
「私なら大丈夫よ、清水さんが望むのならだけれど」
「え、いいんですか? あっ、私はつまらないですよ?」
「そんなこと言わないの、私でよければ本当にいいから」
「それならよろしくお願いしますっ」
よし、これなら分かりやすくこの子のために動けたということになる。
やっぱり誰かのために行動する、できるというのは幸せだ。
れみもにこにこ笑みを浮かべているから問題ない、少なくともこの点についてだけはそうだった。
だが、こうして動いてから言うのもなんだが、好きな人を振り向かせるための時間が減ってしまうということだからちょっと申し訳ない。
でも、だからって「そのかわりになにかするよ」なんて言ったところでれみが喜ぶことはないだろう。
どうすればいいんだ、気づいてしまったから解決するまで落ち着かないぞこれは。
「あ、ちょっとすみません、えっと……あ、帰ってこいと言われたので帰りますね」
「分かったわ、気をつけてね」
「はい、今日はありがとうございました」
微妙な気配を察してそういうことにした、とかではないんだろうな……。
しまった、僕もあっとなにかあることにして帰ればよかった。
なにも言わないからこそ逆に怖い、短くもないそんな関係だからなにをすれば僕に効くのかをよく分かっている。
「ねえ、もしかして山口君や清水さんの前では柳平先輩と言っているの?」
「うん、そうだよ」
「どうして? 仲がいいことを知られたくないから?」
「かいや清水さんに勘違いされたくないでしょ? だから僕はそうしているんだよ」
これは完全に彼女のためにしていることだった。
学校で続けるとよくないことが起こるかもしれない、振り向かせようと頑張っているときに邪魔になるかもしれない。
自分の影響力がないということは分かっているが、万が一ということもあり得るからこちらも考えて動いているんだ。
「勘違いもなにも、私達は別に付き合っているわけではないじゃない。仮にそうされたとしても冷静にそうじゃないと言えば分かってもらえるわよ、つまり無駄よ」
「付き合っているわけではないからだよ、そういうことを聞かれる度に違うと答えるのは疲れるからそうするんだ」
敬語を使っているわけではないからという理由でかいにはその度に「本当は付き合っているんじゃないの」と言われて困っていた。
ちなみに彼女が「敬語ではないのは私が求めたからよ」と言ってくれたものの、彼女の方からそう言ったことが怪しく見えるらしく駄目だった。
僕だってね、そういう関係だったら本当に嬉しかったよ、だけどね、残念ながらそんなことは一切ないから聞かれる度になにかが削れていく、違うよと言う度に確実にダメージを受ける。
そのため、こちらはそうやって自衛をするんだ、まあ、これを見る限りでは上手くいっていないことになるけども。
「これからもあのふたりの前では続けるよ」
「私とふたりきりのときは?」
「望むならこれまで通りかな」
「それならそれは絶対に守りなさい」
「分かったよ」
ご飯作りを始めるということだったから家をあとにした。
寄り道なんかするべきではない、だって遅くなると本当に寒いからだ。
家に帰ってからはベッドに転んでうーんうーんと唸っていた。
こちらも自分で作らなければご飯なんて出てこないから仕方がなくある程度のところで下りて作って食べた。
食事よりも入浴をしていられる時間の方が好きだ、なので湯船につかると勝手に息が溢れる。
微妙な点はすぐに出られないことで、ついつい追い焚きをしつつぼうっとしてしまうんだ。
「出るか……」
しっかり拭いてしっかり着て、それから歯も磨いて寝られるよう終わらせる。
部屋に戻ってベッドに転んでからは毎回こっちの方がいいなと呟く毎日だった。
「なんかさくの周りに女の子がどんどん増えているんだけど」
「もう疲れたの? 休むならちゃんと休んだ方がいいよ」
集中できなくなってしまったのなら無理して続けたところで意味がなくなる。
適当に書いたり見たりすれば覚えられるわけではないので、お菓子とかも持ってきていることだからそれを食べて休憩をすればいい。
「いやいや、事実でしょ?」
「どこに女の子がいるのさ、なに? 実はかいは女の子だったの?」
「違うって、柳平先輩とか一年生の女の子がいるじゃん」
毎日教室に来ているというわけでもないのになにを言っているのかという話だ。
そもそも彼は友達を優先して別行動をしている、そのため、確認することは不可能だった。
「本当は好きなのに隠してそう」
「かい的にはどうなの?」
「柳平先輩は奇麗で、清水さんは可愛いよね」
奇麗とか可愛いとか本人がいないところであってもよく言えるな。
「かいこそ本当は付き合っているとかそういうのはないの?」
「ないよ、あったらここでゆっくりしていないでしょ」
「だよね」
それならやっぱりれみも付き合い始めたら一緒に過ごせることはなくなるわけだ。
名前で呼ぶことや敬語をやめるようにいまは言ってきているものの、そんなことはいつかどうでもよくなる。
「あー、早くクリスマスにならないかなー、そうしたらなにか進みそうだから」
「クリスマスにならなくたって進んでいるでしょ」
「はぁ、分かってないなあ」
本当のことだ、間違ったことは言っていない。
僕らがこうして勉強を頑張っている間にもれみはそっち方向でも頑張っていることだろう。
それでいい、それが自分のためにもなるんだから頑張ってほしい。
どうしようもないぐらいの差ができればこっちもあの子のことばかりを考えなくて済むようになる。
「おーわりっと、さく、漫画を読ませてもらうね」
「いいよ」
三十分ぐらいは勉強をして、終わったら一階に移動した。
漫画をはははと笑いながら読んでいる彼を放置し、萎えてしまう前にご飯を作る。
早めに行動しておけば後の自分が楽になるからこれでいい、お風呂の時間だって伸ばせるからいいことしかなかった。
「ねえ、僕の分もあるよね?」
「え、食べていくつもりだったの? それなら先に言ってよ」
「なんでさっ、こうしているんだから分かるでしょ!」
「あー、はいはい、これをあげるから食べてて」
余ると大変だから本当に少なくしか作っていなかったのが問題となった、再度作る気にはなれないからご飯にふりかけをかけて食べることにする。
「こうして家にいればこそこそ会っているときも監視できるからいいよね」
「監視するなら会わせないようにするんじゃないの?」
「いやいや、制限したいわけじゃないからね、僕はただどんな感じで話すのか知りたいだけなんだよ。さくは僕になにかを隠しているから尚更ね」
隠していることは数個ある、やはり彼を前にすると言えないからだ。
言えば揶揄されることもなくなるのに馬鹿な選択をしている自分はおかしい。
あと、れみも違うと言ってくれたからだが、今度は「何回も振られて可哀想」とか言い始めたからやっていられなかった。
冷静に対応しなければそこを突かれるのは分かっている、が、冷静に「そういう関係じゃないわよ」と言われる度に結局彼らに違うと言うよりも精神ダメージを受けているというのが現状だった。
「もう年上の女の人というだけで高嶺の花感がでるよね」
「近くにいても手が届かない感じは確かにあるね」
「ただ、さくの場合は勝手に悪く考えて自分を納得させようとしているだけだよね」
「いや、そんなことはないよ」
僕にしては珍しくそういうことではなかった、悪い癖が出ていないということになるから悪く考える必要もない。
まあ、もっと歳を重ねて大人になったときに誰かを好きになって、振られ、そこで初めて失恋ダメージを受ける、なんてことにならなくてよかった。
学生である僕が泣きわめくのといい歳こいた大人である僕が泣きわめくのでは全く違うからだ。
「ちなみに僕はもう四回振られたことがあります」
「え、積極的なんだね」
このことで次へ次へと動けてしまうのはいいことなのかどうか分からない。
他のことで小さな失敗をして、でもと頑張ろうと動けるならいいだろうが、これは自分がさえよければいいわけではないからそういうことになる。
なんて、こんなのは言い訳をしているだけか。
結局そうやって行動できた人間がいっぱい得るんだ、言い訳ばかりをして固まっている人間には得られないものを得る。
「一時期は凄く彼女がほしくなったときがあってね、そのときに頑張ったんだ。だけどいまも言ったように失敗して、行動しなくなってからあっさり告白されて馬鹿らしくなったんだ」
「断ったの?」
「うん、だってその子のことは全く知らなかったから」
「そっか」
とりあえず受け入れてというのはなかなかできないか。
「だから諦めない方がいいよ、大丈夫、実際に振られても時間が経てばダメージはなんとかなるから」
「って、なんで柳平先輩のことを好きでいるみたいになっているの?」
「さくが柳平先輩と話しているときはなんか違うから、嬉しさや寂しさ、そういうのがいっぱい混じった顔になるんだよね」
もしそれが本当なら僕は常日頃から恥ずかしいことをしているということになる。
未練たらたら、無理なのに来てくれるからって捨てきれずにいるみたいだ。
僕としてはそんなつもりはないけどね、それどころか彼か清水さんがいると対応が大変でなるべく避けたいぐらいだった。
だから彼の勘違いということで終わらせたかった。
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