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Nora
01話.[多いから好きだ]
まだ大丈夫と先延ばしにした結果、好きな人に好きな人ができた。
しかもそれを好きな人から聞くことになるとは全く考えていなかった。
ただ、努力をしたうえで格好いいなどといったそういう力に負けるよりはマシだったので、気にしないふりをすることにした。
「さくー、帰ろー」
「うん、帰ろうか」
しかもその話を聞いたのは今朝だったため、今日一日考えた結果がいまの答えに繋がっている。
現実逃避とも言える、というか、間違いなくそれだろう。
嬉しそうな顔をされたら「頑張って」としか言えない、いくら好きでも迷惑をかけてしまうのは違うからだ。
「さくは冬休み、どういう風に過ごすの?」
靴に履き替えて歩き出すと山口かい――彼がそう聞いてきた。
「課題をやったり掃除をしたりかな、かいは?」
「僕は親戚の家に行くことになっているんだ、さくも知っていることだけど」
「今年も集まるんだ、本当に親戚間で仲がいいね」
「向こうに行ったらこう過ごすってお母さんなんかハイテンションだよ? お父さんはそれを見て笑ってる」
「ははは、簡単に想像できるよ」
遊びに行くとよく話しかけてくれるから長時間話す、なんてことも多かった。
明るいし、色々楽しい話を聞かせてくれることも多いから好きだ。
ちなみにそれは息子である彼にもしっかり受け継がれていて、出会ってからまだ一年しか経っていないものの上手く仲良くなることができていた。
自分が中途半端でもこういう相手がいてくれれば学校生活が楽しくなるということを知ったため、少なくとも卒業するまでは一緒にいたいと思う。
ところで、好きな人がいるということも好きな人に好きな人ができたということも教えていないが、教えたほうがいいのだろうか?
「楽しみだなあ、だってその前にクリスマスだってあるからね」
「楽しみとかそういう風に思ったことはないなあ」
「えー、もったいないよ」
「いや、だって誰かと過ごすとかそういうこともないし」
仕事大好き夫婦だから帰ってくるのはいつも夜中とかで会話は全くできていない。
そんな人達がわざわざクリスマスだからってこっちと過ごそうとするわけがない、だからこちらも誘うこともなくて楽しい時間は延々にこないんだ。
そもそも口を開けば「真面目にやりなさい」とかそういうことを言われるだけだから誘いたくないというのが正直なところだった。
とはいえ、自分がそんなだからってクリスマスに盛り上がろうとする人を馬鹿にするわけではないので、誰かと一緒に過ごせるのなら大いに楽しんでほしかった。
「あ、さくの家で課題をやってもいい?」
「うん、いいよ、あ、ケーキをあげるよ」
「おお! そのためにじゃないけど尚更行きたくなったよ!」
彼はケーキを食べられてよくて、こちらはひとりじゃなくて済むんだから正にウインウインと言えるだろう。
こちらも課題が出ていたから飲み物などを持ってきたてから取り組み始める。
「うわー、やっぱり最近の問題は難しいなー」
「見せて? えっと……これはこうしてさ」
「お……そうだっけ?」
「うん、合っていると思うけど」
心配になったから色々取り出して確認してみた結果、大丈夫だと分かった。
もっとしっかりしなければならない、他者に教えるのであれば尚更のことだ。
「よ、よし、多分だけどこれで大丈夫かな」
「それならゆっくりしようか」
こっちはベッドまで移動してそこに座る、彼はそのままの状態で少し足を伸ばしただけだった。
「そういえば朝はどこに行っていたの? 教室に行ってもさくがいないからちょっと探したんだけど」
「お腹が痛くてね、トイレで悪戦苦闘していたんだ」
「あ、そうなんだ、だからいなかったんだね」
トイレに行ったということは本当のことだ、何故なら先程みたいに朝は落ち着けていなかったからだ。
直接あんなことを言われたら気になるよ、すぐに教室になんて戻れない。
賑やかさが確実にこちらにダメージを与えていた、そのため、少しだけでも逃げる必要があったということになる。
「さくは急に消えることがあるからなあ、そこだけは不満かな」
「大抵はトイレだよ、それ以外は移動教室とかそういうのだね」
「誰かに呼び出されているとかそういうのじゃないの? あっ、怖い先輩に脅されているとか……」
「ないよ、そんなことをしても無駄だからね」
僕を脅したところでいいことなんてなにもない、こちらができることもなにもないからこちらからやめた方がいいと言わせてもらうよ。
んー、抜ける度に怪しまれるというのも少しあれだな、嘘に嘘を重ねることになるから言っておいた方が楽だということで言わせてもらった。
「嘘つき」
「まあまあ」
「でも、教えてもらえたのは嬉しいかな、これでいないときはおしっこかその人と会っているかと分かったわけだし」
「うん」
「これからもなるべく教えてね」
大丈夫、そのこと以外は全部吐いている。
抱え込めるような強さは持っていないから仕方がないことだった。
「こんばんは」
扉を開けたらいまはあまり関わりたくない女の人がいた。
柳平れみ、彼女は僕らと違って一学年上の存在だった。
「さく君?」
「あ、なんで来たの?」
気になる存在、好きな存在と一緒に過ごせばいい。
迷惑をかけたくないということならいまは我慢して明日会えばいい。
まあ、なんにも動いていなかったわけだから彼女がこうするのは別に違和感のある行為というわけではなかった、ただの友達としてここに来ているだけだ。
「暇だったからよ、上がらせてもら――なによ?」
「いまから歩こうよ、家じゃなくたって話すことはできるんだから」
ちなみにこれ、敬語をやめているのは本人から求められたからだった。
一年とか二年とか、決してそんな少ない時間ではなかったから僕もそれならと受け入れたことになるが、こうなったら戻した方がいいのかな?
こうして来るのだって上手く仲を深めることができれば減っていくはずで、その状態で年数だけでなんにもないこちらが続けるというのも微妙だろうし……。
「嫌よ、外は寒いじゃない」
「じゃあなんで暇だからって出てきたの? 分かりきっていたことだよね?」
「いいから上がらせなさい、先輩命令よ」
……結局、負けて上げることになってしまったので飲み物を渡してソファに座る。
話したいことなんてこちらには全くない、もう「頑張ってね」と応援したんだからこれ以上の関係には延々になれないからだ。
それならこうして話すのすら無駄だ、なんて言うつもりはないものの、ただの暇つぶしの手段として利用されるのはごめんだった。
「今朝言ったこと、覚えてる?」
「当たり前だよ、寧ろ今朝のことをこの歳で忘れていたらやばいでしょ」
「そう。あ、この歳になって急にできるとは思っていなかったのよ、だからあなたに言って自分を落ち着かせようとしたの」
「落ち着けたの?」
「ええ、だって人を好きになることは悪いことではないから」
それはそうだ、他者を好きになることが悪いことなら僕らは生まれていない。
「どんな人なの?」
「真面目な子なの、私はそういう子の方が好きだから」
「あ、それって隣の人だよね?」
「そうね、そういえばあなたは私の教室に来ることが何回かあったものね」
席替えを全くしないと彼女は教えてくれていた、で、隣の人が男の人だから適当に言ってみたら合っていたということになる。
というか、普通に教えてくれるんだな……って、彼女にとってはいいことなんだから当たり前か。
それに意識していなくても牽制になる、だってそれでもうこちらは行動することもできなくなっているからだ。
後悔しているかどうかと問われれば……どうなんだろうね。
当然告白なんかすれば断られることもあり得るわけで、僕のことだからそっちの方が高かっただろうからこれでよかったのかもしれない。
「そっか、ついにれみにも恋人ができるのか」
「まだ分からないわ」
「でも、初めて誰かを好きになったんだよ? それだけでこれまでとは全く違うよ」
告白されることはあっても全部振り続けてきたんだからそういうことになる。
やっぱりこうなったら名字呼びにとか、敬語にとか戻した方がいい。
極端にやると面倒くさいことになるからゆっくり変えていく、普通に相手をしていれば好きな人に夢中になっている人間的には問題ないはずだ。
「それにれみから告白されたら受け入れるでしょ」
「なんで?」
「それこそ真面目で優秀で、それなのに他者にも優しい人だからだよ」
友達が多いのは間違いなくそこからきている、かいもそうだから合っている。
「もう暗いのにこんな時間に出歩くところは問題だけどね」
「その問題行為をしている相手を誘おうとしたのがあなたよ?」
「ははは、そうだね」
で、この人、この子はいつまでここにいるつもりなんだろうか?
僕もよくこんなに普通に対応できているな、褒めてあげたくなる偉さだ。
あ、だけどこれも優しさなのかもしれない、これが最後だから話すチャンスというやつをくれているのかもしれない。
それなら……いいか、どうせ両親はいないし、ひとりよりも誰かといられた方が僕としてはいいんだ。
「もしできそうなら色々教えてね」
「そんなことを聞いてどうするの?」
「おおとかえぇとかリアクションができるじゃん、それになによりもそういうことを教えてもらえたということが嬉しいだろうからさ」
「なるほどね。それなら進展したら教えるわ、これまでのようにね」
「うん、約束だ」
曖昧な態度でこられるよりも分かりやすく差を見せつけられた方がよかった。
もうこうなってしまったのならとなんにも動かなくてよかったとすら思えてくる
現実逃避でもなんでもいい、好きな子に迷惑をかけなくて済んだんだからそれが一番嬉しいことだった。
「がーん! 課題のプリントを忘れちゃったよ!」
「えぇ、もう教室なんですけど……」
「と、取ってくる! すぐに戻ってくるから!」
というわけでかいは行ってしまったので、こちらは席で休んでおくことにした。
一応こちらも心配になって確認してみたが、ちゃんとそこに存在してくれて安心できた。
ところで、昨日終わった後にちゃんと鞄にしまっていたのにどうしたら忘れられるのだろうか? 教科書などを入れ替えた際に入れ忘れてしまったのかな?
「おはよう」
「おはよう、珍しいね」
「ええ――あれ、いつも一緒にいる子はいないの?」
「忘れたから出ていったんだ」
いつも一緒にいる子とは言うが、彼女がふたりでいるときに来たことはなかった。
ここまで来たのにそうしているからと遠慮する子でもないし、適当に言っているようにしか聞こえない。
「あの子とは今度ゆっくり話してみたいわ、いつもさく君がお世話になっているからお礼をしたいのもあるの」
「れみがしなければいけないのは隣の席の男の人を振り向かせることでしょ? かいと話すのはその後でも遅くはないよ」
大学を志望するとはいってもそれで慌てるような存在ではないため、本当に大事なことをしてからでも十分間に合うんだ。
そもそも彼女がお礼を言うのは違う、まあ、本当はかいに興味があるということならそのために時間を使うのはありだけどね。
「セーフ! まだまだ僕の足は元気だよ!」
「お疲れ様」
「うん……ええ!?」
彼は彼女を見て大声を上げた、正直かなりうるさかった。
実は昔に出会っていて再会できたとかそういうことではないらしく、彼はこちらの後ろに隠れてから「昨日言っていた人なの?」と聞いてきた。
「そうだよ。柳平れみ、友達なんだ」
年上であることはわざわざ説明しなくてもいいだろう、だってシューズを見れば分かるんだから必要ない。
さて、どうしようか、このまま彼女の相手を任せようか、彼女的にも興味があると言っていたんだから怪しまれることはないはずだった。
「ちょっと待った! どこに行こうとしているのっ?」
「どこってまだ時間があるから歩いてこようと思ってね」
「こ、この人を放置して?」
「柳平先輩はかいと話したかったみたいなんだ、だから相手をしてあげてよ」
「えっと……」
よし、それじゃあゆっくりと歩いてくることにしよう。
冬ということもあって廊下はとても冷えていた、生徒の少なさは単純にまだ時間が早いからだと思う。
冬のいいところはしんみりとするところだ、外も内も静かで落ち着ける。
好きな相手から自分にとって嫌なことを言われてもあの程度で終わらせられたのはこれも影響している気がした。
それにほら、冬に実質振られたような感じになるのも自分らしくていいというか、勘違いしなくて済んだというのはありがたい話なんだ。
勢いで変なことをしてみろ、例え家でゆっくりしていたとしても急にそれが浮かんできてうわー! と叫びたくなってしまう。
このタイミングだからよかったんだ、れみは本当にいいことをしてくれた。
「あの」
「ん? どうしたの?」
「これ、落ちていたので」
「おお、ありがとう」
まだ使用していなくてよかった、奇麗な状態なら問題にはならない。
ところで、先程のあれは自然だっただろうか? 急に名字及び先輩をつけて呼んだけどこの後どうなるんだろう。
ちなみに過去に喧嘩をした際に敬語に戻したらそれで怒られたことがある、それでもこちらとしても許せなくて続けていたら泣かせてしまったぐらいだった。
……もしかしてあの頃にアタックしていたら僕にも可能性が、
「はは、ないない」
ちょっと頑固な子でもあるから自分の思い通りにならなくて、それでコントロールできなくなって涙が出てしまったというだけだ。
幼馴染同士でも大抵は付き合わずに終わるんだからなにもおかしなことではない、しかもそこまで僕らも長いというわけでもないからね。
「さく君」
「うお!? え、なんでこんなところに……」
適当なところでUターンして自分の教室近くまで戻ってきていたものの、それでも敢えてそうしなければここには普通は来ないから違和感しかなかった。
「山口君はおもしろいわね、元気いっぱいで力を貰えたわ」
「でも、れみ的には――な、なに?」
こっちの腕を掴まなくたって逃げたりはしない、そもそも走ったところでどうにかなる相手ではなかった。
彼女もかいと同じで運動能力が高いからだ、小さい頃に鬼ごっこをした際には本当に酷いことになったことを思い出して内で苦笑する。
「よかった、あなたがまた同じことを繰り返さなくて」
「え?」
「……なんでもないわ、それじゃあまたお昼休みに会いましょう」
彼女は少し離れてから「山口君とあなたと私の三人で一緒にお昼ご飯を食べましょう」と言って歩いていった。
別に彼女といることが嫌というわけではないから構わないものの、早くも悪い方に向かっている気がした。
悪いのはこちらだ、原因も分かっているから直しやすくはあるけど……。
「さく! なんで僕を放置して離れたの!」
「柳平先輩がかいのこと気に入ったって」
「え、そうなの? 普通に話していただけだけど……」
とはいえ、一度彼がいる前で名字及び先輩をつけて呼んでしまったのだからこちらでは続けるしかない。
さっきのは冗談だったんだ、そう言ってしまえばいいのにこういうとき彼が相手だと言えなくなる。
信用できているのに何故なんだ? もしかして信用できているつもりなのかな?
とにかく自分で自分の首を絞めているというのは本当にそうで、そういう小さな悪い積み重ねで大変になると経験して分かっているのに同じことを繰り返してしまう。
「さくは聞いた? お昼休みに一緒にお弁当を食べようと言われたんだけど」
「うん、かいさえよければ三人で食べよう」
「当たり前だよっ、寧ろさくがいてくれなかったら怖いよ」
「え? れ、柳平先輩は無表情のときが多いけど優しいよ?」
「うーん、だけどさっきは怖い顔をしていたからなあ」
ああ、それもこっちが悪いことだ。
僕が上手くやれば彼にはとにかく優しくしてくれるだろうから問題はないことだからそこで終わらせたのだった。
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