第134話 ※答えのためには仕方ありません。
友戯の自尊心という多大な犠牲を払いながらも、とりあえ勘違いを正すことに成功したトオル。
両手で顔を覆いながらしゃがみこむ彼女を見ていると申し訳なくなるが、とにもかくにも聴かなければならないことに変わりはない。
「で、なんで今朝から様子が変だったの?」
友戯の気を逸らすのにも少しは役立つだろうと、さっそく単刀直入に尋ねてみれば、
「だって、その……」
手の隙間からボソボソと喋り始めるも、何を言っているのかいまいち聞きとれない。
「……そんなに言いづらいことなの?」
「言いづらいというか、恥ずかしいというか……」
またもや沈黙しそうな様子に、先んじて尋ねてみると、どうやら友戯にとって照れるようなことであるらしい。
一応、悪い理由では無さそうでもなく、こうなると、あえて聴き出すのもデリカシーが無いだろうかと悩んでしまう。
「ただ、今度はルナと押し付け合いになってる、みたいな……」
「押し付け合い?」
が、意外にも、友戯は訥々と理由を語ってくれた。
押し付けという単語からして、あまり良いイメージが湧かないが、友戯の声色からするとそこまで深刻には思えない。
故に、考えても仕方がないとトオルは言葉の続きを待ち、
「だから、ほら……昨日帰ったあと、日並と付き合うのはそっちだ、って譲り合ったの」
「え?」
押し付けるものがまさか自分だとは思っていなかったため、困惑させられてしまった。
「私は友達だからって言ったんだけど、ルナがなんかしつこくって。好きならもっとグイグイ行けばいいのに」
どうやら、トオルの決断に対して、二人で相談し合っていたらしい。
そういうことが起きないために自分が決めると言ったのだが、結局はお互いに気を遣わせてしまったようだった。
「あはは……俺としては、二人にいざこざを起こしてもらいたくなくて言ったつもりだったんだけどな……」
「はぁ……だったらあの場で決めちゃうか、ルナへの答えまでにしておけば良かったのに」
念の為、意図を話してみるも、友戯からは呆れたような言葉をぶつけられてしまう。
確かに、あの一件を片付けるだけなら、友戯を巻き込んで大事にする必要は無かっただろう。
「悪い、でもそういうわけにもいかなかったから」
「っ!」
だが、トオルの気持ちとしては、それでは足りなかった。
そのため、ああして想いをハッキリさせると、そう宣言するしか無かったのだ。
「そ、それってやっぱり、私のことも……ってこと?」
その原因に何となく察しがついているのか、友戯はほんのりと頬を上気させながら尋ねてくる。
「うん、女の子として見てるんだと思う」
「うっ……」
今さらはぐらかす必要も無いだろうと正直に答えれば、友戯は困ったように視線を逸らした。
「友戯も、石徹白さんも、凄い魅力的な女の子で、俺なんかに選ぶ資格があるとは今でも思えないけど。それでも、必ず自分の気持ちをハッキリさせるべきだって、そう思ったんだ」
「…………」
顔を背けたまま黙って聞き入る友戯に、今言えることだけでも真摯に伝えていく。
それが、少しでも彼女を納得させてくれれば良いなと、そう願いながら。
「まあ、そんな感じってことで? そろそろ買い出し行こっか」
やがて、妙な静寂に照れくさくなったトオルは、少しおどけて見せつつ、そう問いかけた。
気まずいなら他の人と変わってもいい、と言うことはできたが、わざわざ口にするのも無粋というものだろう。
「……ん、そうだね」
友戯も決心がついたのか、特に逃げる素振りもなく頷くと、
「でも、一つだけいい?」
最後に、と確認を取ってくる。
トオルはもちろんそれを了承し、
「私が日並の気持ちに応えるなんて、自惚れないでよね。だから日並は大人しく、ルナの方を選んでおいた方が良いと思うなー?」
直後、悪戯っぽく笑った友戯は、さっそくとばかりに親友をプレゼンしてきた。
言われてみて、告白してきたわけでもない友戯が応えてくれる保証など何も無いことに気がついたトオルは、
「ははっ……そのアドバイス、ありがたく受け取っとくよ──」
自分もまた、釣られるように笑いながら、友戯を連れて買い出しへと向かうのだった。
その後、無事に買い出しを終え、学校生活を卒なく終えたトオルは、自宅でとある人物を待っていた。
──友戯の次は、もちろん石徹白さんだ。
わざと帰宅時間をずらした後、ターゲットである彼女をマインで誘ったのである。
ちなみに今回は友戯を誘っておらず、石徹白さんとの一騎打ちとなる予定だ。
もちろん、彼女には友戯も来ると話しているため、特に渋られることもなく誘いに乗っかってきてくれた、という流れである。
「来てくれてありがとう石徹白さん」
「う、うんっ! このくらいは全然!」
しばらくして、罠とも知らずにやってきた彼女を玄関へと招き入れると、勘づかれる前に鍵をカチャリと閉める。
「……あれ? 遊愛ちゃんはまだ来てないの?」
しかし、流石は石徹白さんというべきか。
鋭い勘で違和感を嗅ぎつけると、怪訝な顔で尋ねてくる。
「ああ、実はドタキャンされちゃって……」
「っ!!」
だが、トオルにとっては作戦通りの展開。
友戯から二人が押し付け合っているという情報を得ていたトオルは、あえてそれを利用し、あたかも仕方ないという雰囲気を出させることを画策していた。
「ゆ、遊愛ちゃん〜……っ!!」
石徹白さんは何かを察したのか、親友への恨み節を吐いているが、完全なる冤罪である。
二人には後で謝っておく必要はあるが、これも目的のため、致し方なしだろう。
「あ、そのっ、なら私も──」
石徹白さんはなんとか帰れないだろうかと試みるも、
「でも、丁度良かった。石徹白さんと話したいことあったから」
「っ……!」
ここまで来て強行突破できるほど、彼女も図太くないらしい。
「じゃあ、こっち行こっか」
「ひ、日並くんっ……うぅっ……」
惚れた弱みというべきか。
真正面から戦えば敵わない彼女も、優しく手を握って引っ張れば、大人しくついてこざるを得ないようで、
「あ、ここ……」
精一杯の唸りも虚しく、あっさりベランダまで連れてくることができた。
「今回はちゃんと綺麗に掃除しておいたよ」
「そ、そうなんだ……って、ん……?」
当然、腰かけるベンチは綺麗に整備しておいたのだが、
「遊愛ちゃんが来る予定だったんじゃ……あっ!?」
逆にそれが災いしたようで、石徹白さんは途端に冷めた表情に切り替わってしまう。
「日並くん……騙したね……?」
「っ……!?」
ゆらりと、幽鬼のようににじり寄ってきた彼女に、本能的に鳥肌が立つも、
「うん、ごめん」
「……へ? あっ」
今回はその程度で怯むほど、やわな覚悟ではない。
むしろ、久しぶりに見た彼女の表情に懐かしさを覚ええつつ、その手を引いて無理やりベンチに座らせていた。
「でも、石徹白さんのこと、知りたかったから」
「っ、ぅ……!?」
少し強引だが、これもまた、答えを出すために必要なことである。
戸惑う彼女の肩を掴み、強制的にこちらへ振り向かせると、
「少し、時間をもらってもいいかな」
その蒼い瞳を見つめて、できるだけ真剣な声で確認を取った。
断られればそれまでだが、不思議とそうならない気もしている。
「え、ええっと〜っ……!」
そんなことを考えていた中。
愛らしい顔を赤く染め、目をグルグルと回す彼女を、少し面白く思いながら眺めているうち、
「は、はい……」
やがて、頭から煙を吹き出した彼女は、諦めたように頷くのだった。
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