第133話 ※そう何度も悩みません。

 一件落着と相成ったその翌日。


 ひとまず、直近の問題が解決したトオルは、自宅まんしょのエントランスで一人、穏やかな気持ちで待ちぼうけしていた。



 ──さあ、やるぞ。



 理由はひとえに、あの二人を呼んでいたからである。


 仲直りもできたことだからと、改めて三人で登校しようと誘いかけた、という経緯だ。


 だが、トオルからすると目的はそれだけではない。



 ──二人ともっと接して、気持ちをハッキリさせてみせる。



 昨日約束した言葉を守るため、そのための努力をさっそく今から始める必要があったのだ。


 彼女たちに対し、そういう意識を抱きながら行動するというのはやはり緊張するものではあったが、ここは男の見せどころだろう。


 できるだけ心を落ち着かせ、今か今かとその時を待ち、



 ──なんか、遅いな……。



 しかし、逸る気持ちとは真逆に、一向に二人は姿を表さない。


 流石に、遅刻ギリギリまでは待てないぞ、とマインで連絡を試みようとしたその時。



「──遊愛ちゃんが先にっ……」

「──ちょっと……押さないでっ……」



 ふと違和感を覚えて耳を澄ませてみれば、入口の方から何やら揉める声が聞こえてくる。



 ──なんだ、来てたのか。



 着いているならさっさと入ってくればいいのに、と思いつつ、とっくに焦れていたトオルは前へと歩き出し、



「二人ともおはよ──」



 自動ドアをくぐって挨拶を交わそうとしてみたのだが、



「ぴっ……」

「あっ」



 二人はこちらを視界に捉えるや否や、不自然に固まってしまう。


 シーンという擬音が付きそうな、その妙な間に、トオルも釣られて言葉が続かなくなる。



 ──え、なにこれ??



 確かに、昨日の今日であるということは分かる。


 いくら誤解が解けたとはいえ、お互い気恥ずかしい思いをしたのも事実であるのだから、ぎこちなくなるのもある程度は仕方が無いだろう。


 ただ、挨拶しただけで視線を逸らされ、未だ言葉を発する気配が感じられないのは、些か過剰なように思えた。



「あの……?」



 結局、気まずい雰囲気に耐えかねたトオルがもう一度声をかけたのが始まりとなり、



「あ、うん、おはよっ……!」



 友戯のなんとも言えない、絞り出した感のある挨拶と、



「ひ、日並くん……おは、よう……?」



 石徹白さんの、そっぽを向きながらの不可解な挨拶が、辛うじて返ってくることとなった。


 そんな、どう見ても何かあったとしか思えない不審な挙動に、トオルは首を傾げるしかない。



「あのさ──」



 まさか、あの後にまた問題が発生したのだろうかと、つい気になったところで、



「そ、それより、早く行こっ……!」

「あ、待ってよ遊愛ちゃん……!」



 友戯が逃げ出すように歩き始めたため、聴きそびれてしまう。


 石徹白さんもそれに続き、昨日もこんな光景を見たなと引っかかりを覚えたトオルもまた、登校時刻が近づいてきていることを察し、追いすがる。



 ──なんなんだ……?



 その途中、違和感にモヤモヤさせられたトオルだったが、残念ながら、彼女たちの奇妙な行動はそこだけに終わらなかった。



「で、どうだったのよあの後は〜」



 例えばそれは昼休み。


 案の定、大好さんからの質問攻めを受けることになったトオルは、



「あはは……まあその、俺が──」



 正直に、己の決意を話そうとしたのだが、



「あ、あー!」



 何を思ったのか、石徹白さんが急に大きな声を出して遮ってくる。


 当然、トオルに限らず他のメンバーも驚くが、



「それにしても遊愛ちゃんって、ほんと健気というか、優しいよね!」



 彼女はまるで気にした様子もなく、友戯を褒め始めた。


 あまりに突拍子もない持ち上げ方に、その意図を測りかねるも、



「日並くんもそう思わない?」

「え、うん、まあ……」



 質問を投げかけられては返さざるを得ない。



「本当に石徹白さんのことを大切に想ってるんだなーって思ったよ」



 照れくさくはあるものの、仕方なく乗ってあげれば、



「だ、だよね! 日並くんもやっぱり、遊愛ちゃんの良さ分かってるよね!」



 何やら、うんうんと納得した様子で詰め寄ってくる。


 今朝の様子だと揉めている感じだったのだが、こうして褒め称えているあたりそういうわけでもないらしい。



「ちょっと待ってっ……それを言うならルナの方がよっぽどでしょ……!」



 が、そう考えるのも早計だったようで、



「ルナなんて、私のために自分の気持ちを諦めるくらいだよ? 私よりずっと友達想いで優しいって」

「そんなことないよ! あれはただ、臆病だっただけでっ……」



 喧嘩しているのか、お互いを褒め合っているのかよく分からない時間が始まってしまう。



「ねえ、日並はどう思う?」

「え」

「だから、ルナの方が良い子で可愛いよねって話」



 挙句の果てに、二人の論争はトオルをも巻き込み始め、



「ち、違うよね日並くん? ずっと一緒にいて、しかも寂しがりなくせに離れる決意したくらいだもん。遊愛ちゃんの方が放っておけないよね?」



 何故かどちらかを選ばなければいけないような雰囲気にまでなり始める。



 ──いや、それを学園祭の最終日までに決めるって話なんだけども……。



 彼女たちは昨日の話を覚えていないのだろうかと、つい呆れてしまいそうになるが、これも仲直りの弊害だと思って割り切るしかない。



「……あはは、二人とも仲良くなりすぎじゃない? なあ景井──」



 故に、話題を無理やり逸らすことに決めたトオルは、そうじゃないという二人の視線を浴びながら、キョトンとしている親友の少年に救援を求めるのだった。








 そしてその後、学園祭の準備が始まり、実行委員会の指示に従ってクラスの生徒たちがそれぞれ今できることをやり始めた頃。



「友戯、ちょっといいか?」



 お化け屋敷に使えそうな小道具の調達役を買って出たトオルは、さっそく件の少女を呼び出すことに決めていた。



「え?」

「小道具、一人だと何買うか迷いそうだから一緒に来て欲しいんだけど」



 もちろん、小道具云々は建前で、本筋の目的は他にあった。



「あ、でもその私、他のことやろうかなって思っててっ」



 それを察したのかどうかは分からないが、友戯が拒否してきそうな雰囲気を出してくるので、



「そっか……じゃあ、一人で行ってくるよ……」



 あえて、寂しそうな感じを出してとぼとぼと歩き出すと、



「うっ……わ、分かったから……!」



 最近の失敗を思い出したのか、まんまと引っかかってくれた。


 こうなれば、後は簡単である。



「ありがとう、友戯」



 とりあえず礼だけはちゃんと言っておきつつ、二人で教室を抜け出すと、



「あれ、下駄箱こっち……」

「いいからいいから」



 わざと人気ひとけのないルートを通って、定番の逢瀬スポット──すなわち、旧校舎の階段へと誘い込んでいった。


 そうして、視線の通らない踊り場で足を止めて振り返ると、友戯の不思議そうな顔が映る。



「えっと……?」



 状況を理解できないのか、戸惑いを浮かべる友戯に、細かい要件はさっさと終わらせてしまおうと一つ息を吐き、



「友戯」



 真剣な、それでいて優しさを込めた声を作って近寄る。


 今朝からの違和感、今度は先延ばしにしないと、そう意気込んだトオルは、



「っ、ち、ちょっと待って……!?」



 しかし、飛びずさった友戯の慌てた声で反射的に止められてしまった。



「もう、なんなの日並っ、買い出しに行くんじゃ」

「いや、その前にどうしても済ませておきたいことがあるんだよ」

「あっ……!?」



 しかし、もはやその程度で諦めるトオルではない。


 距離ができた分、ぐいぐいと近づいていったトオルは、すぐに壁際まで彼女を追い詰め、



「あ、ぅ……ま、待ってってばぁっ……」

「いいや、今度はちゃんとハッキリさせるぞ」



 顔を真っ赤にしながら、へにゃへにゃな声で抵抗してくるのにも構わず、ずいっと顔を寄せた。


 潤んだその瞳を至近距離で見つめ、いざ、聴き出してやろうと思ったその瞬間、



「ん……」



 何故か友戯は目を閉じると、唇をきゅっとさせたままプルプルと震え始めた。


 まるで、何かを待っているかのような体勢に、トオルの頭には疑問符が浮かぶも、



 ──あ、まさか。



 そこでふと、彼女の壮絶な勘違いに気がついてしまう。


 これはどうするべきかと悩むも、放っておけば放っておくほど友戯が恥をかくだけであるので、



「あの、今朝から変だった理由、聴きたかっただけなんだけど……」



 トオルはおずおずと真実を教えてあげることにした。


 そこからはもう、言うまでもないだろう。



「え……?」



 ゆっくりと瞼を開けながら、驚きに目を見開いた友戯は、



「っ〜〜!!??」



 やがて、肌色の面積が無くなるほどに顔を沸騰させるのだった。

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