第132話 ※類は友を呼びます。

 訳が分からないというのは、こういうことなのだろうか。


 先ほど来たばかりの道を逆走する遊愛は、未だ整理のつかない頭の中で、そう考えた。 



 ──ルナには伝えないとかもだけどっ。



 確かに、日並の言うことには一理ある。


 いったいどちらを優先するのか──彼女に対する答えをハッキリとさせるのは、今回の件に決着をつける上では必要なことだろう。



 ──決めるって、そんなの。



 しかし、問題は彼のニュアンスが、ただそれだけではないように思えたことである。


 まるで、意中の相手に想いを伝えるような、そんな迫力のある言葉。


 少なくとも、ルナを振ってはい終わりという雰囲気ではなく、



 ──なんで、私まで入ってるみたいに……!



 つまるところ、彼の選択肢に自分が混ざっているということは確定に近かった。


 確かに、自分のことを友達として優先してくれるという意味であれば嬉しくはあるのだが、あの様子ではそうとも思えない。



 ──そこまでは求めて無かった、けどっ……。



 もしも、彼がさらに深い関係まで望んでいるのだとしたら。


 その可能性が過ぎるだけで胸が高鳴ってしまうあたり、我ながら満更でも無いというわけで、



 ──ど、どうしよう。



 否が応でも、先のことまで考えてしまう。


 何せ、今でこそ親友だからと平気で彼の家に上がったりしているが、もし付き合うことになったりすれば、何をされるかわかったものでは無い。


 あの狭い部屋で二人きり。


 きっと、恋人を言い訳に迫られるのは間違いなく、ゲーム中だろうと容赦なく求めてくるだろう。


 そうなったらもう、告白を了承した遊愛に断る術が残されているはずもなく、



 ──っ……ま、まずいでしょ、それはっ……。



 毎日、家に誘われては、いやらしいことをされてしまうのではないか。


 そんなふしだらな日々を想像してしまった遊愛は、勝手に警戒心を高めるものの、



 ──まあ、まだ決まったわけじゃないし……。



 ただ、そもそもの話、日並の答えが決まっているというわけでも無いのだ。


 学園祭の最終日までに決めると言っていたのだから、逆に言えばそれまでの行動でどうにでもなるのではないかと、そう考え、



 ──よし、なんとか避けて……あれ?



 どうにか自身への好感度を下げようと考えるも、ここであることに気がついてしまう。



 ──それやったら、またおんなじことになるような?



 先ほど、せっかく落着したばかりのことを、もう一度繰り返す。


 どう考えてもありえないその選択に、自ずと逃げ道が失われていることを悟った遊愛は、



 ──や、やばいかも?



 汗がダラダラと流れ始めるのを感じていた。


 このまま行くと、場合によっては本当に恋人にされてしまうかもしれない。


 そうなれば、例えゲームをやりに行っただけだとしても、



『もう、今ゲームやってるからっ……』

『うん、分かってる』



 集中していて抵抗できないところを一方的に絡まれて、



『ちょっと、ダメだって……!』

『気にしなくていいって、俺は俺で好きなことやるからさ』

『そ、そんなのっ……あっ──』



 的な感じで、なし崩し的に別のゲームが始まってしまうことだろう。



 ──っ〜〜! む、むりむりっ!!



 当然、そういうことに免疫のない遊愛にとっては堪え難い恥辱であり、できるならば避けたい結末だった。


 時折、日並が喜んでくれるならだとか、なぜか勝手に妄想が膨らんできたりだとか。


 そんなおかしな思考が発生するものの、きっと突然のことで混乱しているだけだろうと慌てて振り払う。



 ──そ、そうだ!



 そうして、悶々とした気分のまま帰路を駆けていた遊愛だったが、自宅も間近に迫ったところで一つの解決策が思い浮かんできた。


 思い立ったが吉日。


 すぐさまスマホを取り出した遊愛は、頼れる親友へと連絡を送るのだった。







 時間は少し遡って、二人の少女が部屋を飛び出してすぐのこと。



「はぁ……はぁ……! ゆ、遊愛ちゃん、こんなに足早かったっけ……?」



 一拍遅れて外に出た少女──石徹白エルナは、追いかけていたはずの親友を見失い、息を切らしていた。


 あの状況で置いていくなど、なんと薄情なのだろうかと思いつつも、気持ちはよく分かったので責める気にもなれない。



 ──そ、それよりも、なに考えてるの日並くんはっ……!



 故に、エルナが文句をぶつける先は当然、彼の少年であった。


 ようやく解決して安堵したばっかりだというのに、いきなり告白宣言するとはいったいどういう了見か。


 そう思ったらエルナは自然、耳もとで囁かれたあの熱のこもった言葉を思い出そうとし、



「っ〜〜!!」



 瞬間湯沸かし器のごとく、顔が熱くなるのを感じてしまった。



 ──あの声、絶対本気だったっ……。



 それもそのはずで、あそこまで真剣な彼の声を聞いたことが無かったのだ。


 つまり、その想いは確かなものということであり、場合によってはそれが自身に向くということを意識させられるのも仕方のないことであろう。



 ──で、でもそうなったら。



 が、しかし。


 本来であれば、喜ぶべきことのはずが、今は素直に受け止められそうに無かった。


 何せ、



 ──日並くんと、そういうことを……!?



 彼と恋人になるということは、その他色々、やることをやることになるわけなのだから。


 もちろん、前から好意を抱いていたのは今さら誤魔化すことでもないが、今と以前とでは明確に違いがあった。



 ──だってっ……本当に付き合えるなんて思って無かったしっ……!!



 そう、前までは遊愛ちゃんがいるからどうせ無理だろうと、無意識に諦めていた節があったのだ。


 故に、彼の決意によって現実味を帯び始めた結果、エルナの頭は自ずとそうなった場合のことでいっぱいになり、



 ──うぅ、どうしよう〜〜っ!?



 彼と違って全く覚悟が決まっていなかったことが災いし、パンク寸前となっていた。


 当たり前だが、絶対に自分が選ばれるなどとは自惚れていない。


 相手はあの遊愛ちゃんである。


 前提条件を考えると圧倒的に不利なことは言うまでもない。


 それでも、だ。


 昨日のベランダの出来事や、今朝の手繋ぎのことを思い出すと、割と可能性があるのでは、とつい考えてしまうのだ。



 ──ま、待って、落ち着いて私……まずは心頭滅却しなきゃ……。



 が、このままでは彼と顔を合わせた時にまともに応対できないと、ひとまず心を落ち着かせることにし、


 

 ──……付き合ったら、私も毎日家に行って良いのかな? あ、でも、そんなことしたらきっと……。



 しかし、自身の思っていた以上に煩悩が存在していたため、



 ──って、何考えてるの私は!?



 無意識にピンク色の妄想に入りかけたところで結局、現実へと戻されるはめになっていた。


 よく考えてみたら、恋人になるとはそういうことであり、何をするにしてもHな方向に誘導されてしまうのではないか、ということに気がつく。



 ──や、やっぱりやめとこっかな……?



 決して怖いわけではないが、いくら自分とて未経験のこと。


 実際にそういうことをすると思うと尻込みしてしまうのも当然なはずで、



 ──そ、そうだ!



 ふと、ここに来て良いことを思いつく。


 確かに、彼と付き合えたら嬉しいかもしれないが、エルナ的には選択肢がもう一つあったことを思い出したのだ。


 思い立ったが吉日。


 大切な親友のために動くのもまた、悪いことではないだろうと、さっそくスマホでメッセージを送るのだった。

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