第131話 ※思い思いに、応えます。

 友戯の口から一部始終を聴き出した後。


 開け放たれた扉をくぐれば、そこには泣きながら抱きつく石徹白さんと、そんな彼女の存在に未だ困惑する友戯の姿が映った。



「ひ、日並まで……」



 その目にはまだ涙がたたえられており、やはり相当に参っていたのだろうことが改めて伝わってくる。


 トオルはついもらい泣きしそうになるも、今はそれより先にすべきことがあるだろう。



「すまん、友戯。実は──」



 この作戦の発起人として、ここまでの裏事情を教えると、



「ぜ、全部、聞いてたってこと……?」

「ああ」



 友戯は一層、戸惑う様子を見せる。


 秘密がバレたことや、昨日のこと。


 色々な思考や感情がごっちゃになったのだろう友戯が、迷子になった子犬のような表情をし始めたところで、トオルは自分から言うべきだろうと一つ息を吐いた。



「ごめん、友戯」



 そして、素直に頭を下げ、謝罪の意を示すと、



「へ……? なんで、日並が謝るの……?」

「俺、友戯のこと怒る資格無かったって、今さら気がついたんだ」



 まさか謝られるとは思っていなかったのであろう友戯に、自身の思いの丈を口にする。



「友戯が俺に隠し事して、しかも避けてくるって、そう思ってたけど、人のこと言えなかったよ。あんな大事なこと何も言わないでさ……ほんと、ごめん……!」



 自分の怒りがどれだけ身勝手なものだったのかと、そう懺悔するために、もう一度深く頭を下げ、



「ち、違うの遊愛ちゃんっ……私が、忘れてって、言ったから……!」



 しかし、そこで今度は石徹白さんの声が割り込んできた。


 震える声のまま擁護してくれる彼女の優しさに、心がはち切れそうになる。



「遊愛ちゃんに内緒で付いていって、裏でこそこそしてっ……」



 胸を押さえながら、苦しそうに呟く彼女を見ていられなくなったトオルは、もう充分だと止めに入ろうとするも、



「それは、私を気遣ってくれたからでしょ? それを言うなら、ルナの気持ちを全然考えてなかった私の方が……」

「そ、そんなことないよ! 私が──」



 代わりに友戯が制止を試みたことで、今度は二人の謝り合いが始まってしまった。


 そんな、悪いのは自分の方だと互いに主張し合う光景を見ているとよく分かる。


 二人は本当に、お互いを愛し合っているのだと。


 自分さえいなければ、きっとこんな軋轢が生まれることも無く、いつまでも仲良くいれたに違いない。


 そう、無意識に自罰的な考えに至ったトオルは、



「っ、あははっ……」



 気がつけば、場違いにも笑い声をこぼしてしまっていた。



「日並……?」

「日並くん……?」



 先ほどまで泣きながら抱き合っていた二人は、キョトンとした顔でこちらを見つめてくるが、それでもなお、止まりそうもない。



 ──なんだ、結局みんな、同じじゃないか。



 でもこればかりは仕方がない、と思った。


 何せ、気がついてしまったのだ。



 ──友戯も、石徹白さんも、俺も。



 大切な誰かを想った先に至る発想が、ほとんど一緒であることに。


 友戯は、石徹白さんの恋を応援するために距離を取った。


 石徹白さんは、友戯を気遣って恋を諦めた。


 どちらも、自分さえ我慢すればという、他愛に満ち溢れた答えを選んだ。


 にも関わらず、結果的に見れば知らぬ間に傷つけてしまっていただけだった。


 故に、全く同じことを考えてしまった自分に、呆れるような、ちょっと嬉しいような、そんな笑いが込み上げてきてしまったのである。



「ごめん、なんか嬉しくって」



 とりあえず、空気を壊してしまったことを謝りつつ、依然として頭に疑問符を浮かべる彼女たちに近寄ると、



「俺も、いい?」



 その場にしゃがみながら、二人に尋ねた。



「え、うん……?」



 幸いにも、どちらともなく頷いてくれたので、許可は下りたと考えでいいだろう。


 二人、抱き合ったままの彼女たちに、堪えきれない愛おしさを感じたトオルは、



「っ〜〜!?」

「えっ……!?」



 躊躇うことなく、包み込むように抱きしめた。


 両腕を使っても上手くは出来なかったが、その分ぎゅっと、力を込めて気持ちを伝えようとした。



「ごめん……本当にっ……」



 やがて、二人の体温と共に、互いを想い合う優しさが染み渡ってくると、堪えていた涙が溢れだしてくる。


 きっと恥ずかしい顔をしているに違いないと、顔が熱くなるのを自覚しながらも、しかし手の力は緩めない。



「ひ、日並くんっ……」



 そんな気持ちが伝わったのか、少しして石徹白さんが片腕を回してくると、



「わ、私も……ごめんっ……!」



 続けて、友戯もその輪に加わってくれた。


 当然、そうなれば連鎖するように感情が溢れだし、



「お、俺が──」

「ううん、私がっ──」

「違うっ、二人は悪くなくて──」



 三人の涙が枯れるまで、部屋の中には思い思いに泣きじゃくる声が響き続けるのだった。







 その後、しばらくして。



「──あのぉ……そろそろいいですかぁ……?」

「っ!!」



 三人して身体中の水分を失いかけていたところ、不意に声をかけられたことで、ようやく慰め合いの時間は終わった。


 釣られて振り向けば、そこには当然、部屋の主である彼女の姿があって、



「あっ……ご、ごめん!」



 それに気がついた友戯が申し訳なさそうにしながら身体を離すと、



「え、えっと……今のはっ……」



 石徹白さんは顔を赤くしながら、目を泳がせる。


 トオルもまた、少し照れくさくなりながら、そっと離れ、



「ありがとう、大好さん。それと──」



 そのまま、礼を言いつつスマホを取り出すと、



「──景井もありがとな」



 ミュートを全て切って、もう一人の親友にも感謝を告げた。



『はは、まあ、上手くいったなら何よりだよ』



 スマホ越しに、このくらいなんでもないような声が返ってくると、



『それじゃ、後は任せたぜー』



 自分の出番が無いことを悟ったのか、景井は早々に通話を切る。



「じゃあ、私もちょっと出かけてくるかな〜」



 大好さんもまた、呼応するように立ち上がると、



「後で詳しく聴かせてよ〜?」



 ニヤニヤと笑いながら、部屋を出ていってしまう。


 すると、見慣れない部屋に残された三人は、当然のごとく気まずい空気となり、



「………………」



 数分もの間、時が止まったような静寂が訪れた。


 目が合う度にお互い顔を背け、かと思えばその先にある目と視線が交差し、また逸らすという無限ループが繰り返され続ける。



「ど、どうするの……これから……」



 やがて、一番最初に耐えかねたのだろう友戯が、曖昧な質問を投げかけてきた。



「どうするって、言われても……」



 その意図することをなんとなく察したのか、石徹白さんはこちらをちらりと見ながら、困ったような表情を浮かべる。


 おそらく、今になっても二人の想いは変わっていないのだろう。


 当然、彼女たちから答えを出すことは難しく、お互いに譲り合うことしかできない。



「大丈夫」



 故に、こうなったらもう、自分が悪役になるしかないと、覚悟を決めるだけだった。



「俺が、ちゃんと答えを決めるから」

「!!」



 あくまでも自分が選んだ結果になるようにと、二人を納得させるためにそう呟くと、



「こ、答えって……」

「うん、石徹白さんが想像しているので合ってると思う」



 石徹白さんは驚いた顔で尋ねてくるが、今さら隠す必要もない。



「学園祭の最終日──その日までに、必ず決めるから」



 二人の目を交互に見た後、本気を込めながらそう伝えるだけだ。



「ち、ちょっと待って日並っ、それならルナの方を──」



 友戯は慌てたようにそんな提案をしてくるが、



「待たないよ」

「っ……!?」



 あいにく、もうほとんど答えは決まっていた


 今はただ、その答えが本当に正しいのか判断するために、少しばかりの時間が欲しいだけなのである。


 なので、その目を見つめ返しながら迷うことなく返してやったのだが、



「なに、急にっ……」



 どういうことか、友戯は頬を赤くしながら、顔を背けてしまっていた。


 これでは納得してくれたのかどうかよく分からないのだが、まあどちらにせよやることを変える気はない。



「石徹白さんも、良いよね?」

「い、良いも何も、よく分からないしっ……」



 念の為、彼女の方にも確認してみるも、何やらしらばっくれてくるので、



「だから、俺が気持ちを決めて、伝えるってことだよ」

「ぴ!?」



 耳もとでハッキリと囁いてあげたのだが、



「そ、そそそ、そんなのっ……!? ダメっ……遊愛ちゃんが……!!」



 何を勘違いしているのか、ワタワタと暴れながら距離を取られてしまった。


 まだ何も言っていないというのにこの慌てよう、本当に大丈夫だろうかと心配になるも、今は我慢してもらうしかないだろう。



「わ、私、先帰るねっ」



 そんな風に石徹白さんに構っているのを隙と見たのか、友戯がそそくさと部屋を去っていくと、



「あっ、待ってよ遊愛ちゃん〜〜っ!?」



 一人残されることを恐れたのだろう石徹白さんもまた、ドタドタと立ち上がりながらその後を続いていく。


 何をそんなに慌てることがあるのだろうかと不思議に思うも、自分に乙女心が分かるはずもないと早々に諦めたトオルは、



 ──よし……やってやるぞっ……!!



 部屋主にマインでメッセージを送りつつ、自身の覚悟をより強く固めるのだった。

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