第130話 ※居ても立ってもいられません。

 友戯が到着してから数分と少し。


 大好さんに慰められたことで、彼女はようやく落ち着きを取り戻し始めていた。



『それで、何があったの?』



 頃合と見たのだろう。


 大好さんがそう尋ねる声がスマホの向こうから聞こえてくる。


 いったい彼女の口からどんな言葉が出てくるのか。


 ある程度は推測しているが、やはり実際の解答を聴くとなれば自ずと緊張は高まっていく。



『っ……そ、その、一つだけいい……?』



 が、いざ尋常にといったところで、友戯は少し尻込みしたかのように確認を始めた。



『なに?』

『この話、誰にも話さないでほしいなって』

『え』



 どうやら、相当に重要な機密情報なのだろう。


 こっそり盗み聞きしている者がいる現状、『誰にも話さないで』という部分に思うところがあったのか、大好さんはつい戸惑いの声をこぼしてしまっていたが、



『レン……?』

『あ、えっと……それってもしかして、日並くんたちのこと?』

『!』



 咄嗟の判断で、上手くフォローを入れることに成功する。



『……レンも知ってたんだ』

『ま、まあ、流石におかしいと思ったし? 景井くんとかから、聴いたんだよねっ……』



 友戯は僅かに驚いた様子だったが、全く予想していなかったわけでもないのか、冷静にそう呟いた。


 ここでの判断は全て大好さんにかかっているため、傍観しているこちらとしてはヒヤヒヤしていることしかできない。



『そっか。じゃあ、細かいことは言わなくても大丈夫だよね』



 なんとももどかしい感覚に襲われるも、何はともあれ本題に入ることには成功したようだ。



『……まず、昨日なんだけど、私が日並のことを怒らせちゃったのは知ってるよね?』

『確か、最近避けられてるから、とかだっけ』

『ん、そう』



 すると、さっそく原因の部分に触れた友戯は、



『それで私、日並をそうさせちゃった自分が嫌で、すぐに逃げたの』



 最初に、逃げ出した理由を語ってくれた。


 もちろん、彼女の側が怒っているとは思っていなかったが、とりあえず自身に対し嫌な感情を持たれていないことが確定しトオルは安堵する。



『でも、そこまではまだ良かったんだよね』

『え、そうなの?』

『うん、私としてはそうなった方が都合が良くもあったから……』



 が、続く言葉に再び気を引き締めると、



『それはまた、なんでなの?』

『そ、それは……』



 おそらく核心部分なのだろう。


 しばらく言い淀んだことで訪れた沈黙の中、友戯の答えを待ち続けた。


 そして、



『……ふ、二人、が』



 やがて、声を震わせながら語り出した彼女は、



『日並と、ルナ、がっ……私のせいでっ……』



 堪えきれないように、嗚咽をこぼし始めた。



 ──『私のせい』……?



 その言葉に、トオルは疑念を抱く。


 何せ、自分や石徹白さんの名前が出てくることは想定していたが、友戯が気に病むほどのことまで抱えているとは思っていなかったからだ。


 この物言いでは、気を遣って避けていたというより、まるで明確な原因があってそうしていたように聞こえるではないか。



『だ、大丈夫だよ遊愛。ゆっくりでいいから』

『んっ……』



 何にせよ、その答えはもうじき明らかになる。


 今はただ、大好さんに宥められ友戯が落ち着くのを待つべきだろう。



『……実は、ね。夏休み、日並と二人でプールに行ったの』



 さらに少しして、今度こそはとばかりに、友戯は訥々と語り出した。



『え、そうなの?』

『うん、日並のお母さんからチケット貰ってね』



 その内容は意外なことに、夏休みの出来事から始まり、



『それで、ね。その時はルナもいたんだけど……来ないって言ってたの、最初は』



 早々に、トオルたちは驚かされることになる。



「遊愛ちゃん、知ってたの……?」



 言うまでもないが、プールに行ったあの日、友戯と石徹白さんは決して出会っていないはずであった。


 だが、『最初は』という文言を付ける当たり、友戯はどこかで知っていたということになるわけで、



『でも、本当は凄く来たかったんだろうね。その日、見ちゃった』



 そんな彼女は、スマホ越しに伝わってくる悲しい声をこぼすと、



『日並とルナが、二人で会ってるの』



 聞き捨てならない、衝撃の事実を告げてきた。


 張本人であるが故、当然それが真実であることは知っている。


 しかし、まさかあの瞬間、あの場に友戯が居合わせていたとは思いもしていなかった。



『しかも、さ。告白みたいな雰囲気で……でも、言ってたの──』



 ただただ、固まることしかできないこちらのことなど知る由もない彼女は、そのまま言葉を続けていき、



『──私がいるから……って』



 一番聞かれたくない部分まで知られていたことを知った、その瞬間。



「っ……!!」

「あ、石徹白さん……!」



 痛む心のままに立ち上がるより早く、石徹白さんが部屋を駆け出して行ってしまった。


 きっと、彼女も同じ痛みを味わい、居ても立ってもいられなくなったのだろう。



『それも、二人ともだよ? だから、私がいなければって……』



 止める理由など欠片も無かったトオルはただその背を見送り、



『遊愛ちゃんっ……!!』

『っ!? ルナ!?』



 当然、すぐにその結果がスマホから返ってきた。



『ごめんっ……ごめんね遊愛ちゃん……』

『え、な、なんでっ……!?』



 涙声で謝る石徹白さんの声と、何が起きているのか分かっていない様子の友戯の声が混じるそれに、



 ──俺も、行こう。



 トオルもまた、謝らねばならいことがあると、部屋を飛び出すのだった。

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