第129話 ※計画通りです。

 予想と全く違う事態に、音一つ無かった静かな部屋にドタバタと騒がしい音が鳴り響き始める。


 頭は混乱し、何の解決策も思い浮かんでこない。


 そんな遊愛が、ひとまず頼れる友に助けを求めるため、慌てて服を着替えていたからである。



 ──このままじゃ日並がっ……。



 今現在、誰も味方がいないであろう親友のことを思うと、否が応でも心に痛みが走る。


 その原因が自分にあるのだから当然の罰ではあったが、かといってこのままにしておくわけにもいかない。


 焦りからか、手足が上手くを服を通らず、いつものパーカースタイルに着替えるのでさえ時間がかかってしまったが、何はともあれ準備は完了である。



「あら、もう大丈夫なの遊愛?」



 扉を開け、勢いよく飛び出した遊愛は案の定、母に気づかれて声をかけられるが、



「うん、ちょっと、用事ができたから行ってくる!」



 あいにく、今は細かく説明していられるほど心に余裕はない。



「そう……色々と気をつけなさいよー!」



 そんな遊愛の心情を察したのか、特に深く尋ねてくることもなく、注意だけを促して送り出してくれた。


 身だしなみのセットをしている時間も惜しい遊愛は、洗面所に寄って顔を水で洗い流すと、躊躇うことなく玄関へと向かう。


 目的地は当然、レンの家。


 学校の反対側であるため多少の距離はあったが、文句を言っている場合でもないだろう。


 急いで靴を履き、半ばコケそうになりながら扉を開けると、



「い、行ってきまーす!!」



 母の返事も待たずに、早足で駆け始めるのだった。






 ちょうどその頃。


 閑静な住宅街に存在する細い路地裏から、慌てた様子で走る少女へとこっそり視線を送る者がいた。



「……よし、とりあえず第一段階は達成みたいだなー」



 ボサボサな前髪の隙間から彼女の移動を確認したその少年は、スマホを取り出してマインのアプリを開く。



『今、友戯さんが家を出た。たぶん、そっちに向かってる』



 そして、連絡のために文字を打つと、送信ボタンを指でタップした。



『了解。念の為そのまま追跡を頼む』

『おっけー』



 すると間髪入れずに返信が帰ってきたので、こちらも了承の旨を即座に伝える。


 あのペースなら、すでに随分と距離を取られてしまっているはず。


 そう考えた少年──景井静雄はスマホをポケットにしまうと、次なる任務のために彼女の後を追うのだった。







 家を出てから、はや数十分。


 母の言いつけ通り、事故は起こさないよう気を使いながら街を走った遊愛は、ようやく目的のマンション前へとたどり着いていた。


 この先に、彼女がいる。


 そう思うと、早く会って悩みを吐き出したいという気持ちの強さから、自然と足が進んでいく。



 ──でも、本当にいいのかな。



 が、一瞬、これから本心を話すということに、思わず尻込みしてしまう。


 そもそも、こんな状況になったのは誰にも話せないほどの悩みだったからだ。


 それを、ここに来て急に話すことなど、果たして本当にできるのだろうか。



 ──だめ、日並のためなんだから……!



 とはいえ、そうしなければいけない理由はあるのだ。


 少なくとも、保身のために彼を犠牲にするつもりなどさらさら無いのだから、悩むだけ時間の無駄であろう。



 ピンポーンッ……。



 エレベーターを待つことさえもどかしかった遊愛は階段で三階まで駆け上がると、何度か訪ねたことのある部屋のインターホンを鳴らした。



『はーい』

「れ、レン? 私だけど、いい?」

『お、今開けるねー』



 ほんの少しして聞こえてきた声に、目が潤みそうになるのを堪えつつ返事をするも、



「ほーい、いらっしゃい遊愛──」



 扉の先から出てきた友の姿を前に、我慢などできるはずもなかった。



「──わっ……!?」



 気がつけば、靴を脱ぐことも忘れて彼女の胸へと飛び込み、



「う、ぐすっ……れん……!」

「お、おお、よしよし……!」



 服を濡らすことを申し訳なく思いながらも、とめどなく涙を零してしまっていた。



「遊愛……」



 そんな情けない自分に、彼女がどう思ったのかは分からない。



「とりあえず、部屋に入ろっか。話、聴いたげるから」

「んっ……」



 ただ、きっと優しく受け止めてくれるに違いないと、そう信じられるだけの温かさが、彼女の声にはあった。


 遊愛はそこでやっと身体を離すと、靴を脱いでから彼女の後に続くのだった。







 少女二人の涙ぐましい会話。


 それを別の部屋でスマホ越しに聴いていた少年少女は、思い思いの反応を示していた。



「ど、どもぎ……」



 涙脆い少年は、感情移入からもらい泣きをしてしまっていて、



「……ずるい」



 僅かばかり涙ぐむ少女は、しかし頬を膨らませながら、不機嫌そうな顔でボソリと呟く。



「私、あっちやりたかった」



 恨みがましそうに文句を言ってくる少女に、



「し、仕方ない、よ……予想が正しかったら、石徹白さんはこっちしか……」



 少年──日並トオルはなんとか涙を引っ込めながら、まだ若干震えている声で宥めようと試みるも、



「分かってるけどっ……でも、ずるいのはずるいもん……!」

「そう言われても……」



 彼女──石徹白さんの不満は収まらないようで、子どもみたいに拗ねられてしまった。


 もはや、どっちの意味で目が潤んでいるのか分からなかったが、たぶん両方だろうと納得しておくことにする。



 ──気持ちは分かるんだけどね……。



 彼女の言いたいことは理解しているつもりだが、こればかりは仕方ない。


 何せ、こうして友戯がこの家に──大好さん宅にやってきたのは全て計画の中の出来事であり、前提の関係で代わりをできる人物は他にいなかったのだから。



「で、でもほら、友戯は連れ出せたし、作戦通りだし、このまま仲直りできるかもだし、ね?」



 そう、石徹白さんを説き伏せながら、トオルはこうなった経緯に思いを馳せる。



『遊愛ちゃんが私に気を遣ってる?』



 本日の昼休み、ある可能性に気がついたトオルは、彼女たちに自身の推測を語った。



『うん、それなら辻褄が合うと思うんだ』



 話はこうである。


 友戯は何かをきっかけに石徹白さんの想いに気がついた。


 でも、自分がいたら気を遣われて上手くいかないかもしれない。


 故に、自ら距離を取ることで石徹白さんを後押ししようとした。



『だから、石徹白さんに優しくなって、日並のことを避けた……ってわけかー』

『ああ、あくまで推測でしかないけど……でも、そんなには外れてないと思う』



 あの友戯のことだ。


 自分の都合でやったというよりも、友達のために行動を起こしたという方がしっくりくる。



『エリーと日並くんの関係とか、気になることはめっちゃあるけど……とりあえず、私たちに協力してもらいたいっていうのは?』

『ああ、それなんだけど──』



 大好さんの問いに、トオルは真剣な顔で頷き、



『──友戯の思惑を失敗させる……つまり、俺が石徹白さんに嫌われたって流れにすれば、出てこざるをえないんじゃないかなって』



 今回の計画について、細かく語っていった。


 後は現状からも分かる通り、石徹白さんと景井の協力で友戯を困らせ、大好さんという逃げ道を作ることで誘き出せた、というわけである。



「むぅ……」



 まあつまるところ、石徹白さんが不機嫌なのは、大好きな遊愛ちゃんが泣きつく相手が自分ではないというところであり、作戦上どうしようもないということでもあったのだ。



「そ、それより石徹白さん! 始まりそうだよ──」



 よって、ここは逃げの一手を打つしかないと考えたトオルは、再びスマホの向こうから聞こえてくる音に集中するのだった。

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