第128話 ※逆転の発想です。

 作戦会議が始まってはや数分。


 昼休みも半ばを過ぎ、食事を終えた活発な生徒たちが教室を出ていく中、机を囲む者たちの顔は重苦しかった。



「うーむ、結局原因が分からないことにはなー……」



 というのも、友戯を連れ出す計画を立てようにも、その口実が思い浮かばなかったのである。


 そもそも、直接の原因はトオルが友戯に怒りをぶつけてしまったからではあるのだが、その理由の部分を解決する当てがある訳では無いのだ。


 あれだけ頑なに口をつぐむほどの事情──きっと、呼び出されたところで素直に話せるようなもので無いことは想像に難くない。



 ──いっそのこと、熱出したって嘘をつくとか……いや、それは流石にダメか。



 こうなったら卑怯な手を使うしかないかと思うも、それはそれで後に禍根を残しそうなので断念する。



「うーん……」



 そうして、誰ともなく唸り声をあげながら悩むだけの時間が無駄に過ぎていき、



「ふぅ……分かってないな〜みんなは!」



 そんな暗礁に乗り上げたトオルたちに手を差し伸べてきたのは、やはりというべきか大好さんであった。



「いい? 遊愛が日並くんを避ける理由なんて一つしかないでしょ!」

「っ!」



 自信満々に言い切る彼女に、他の三人が息を飲む。


 まさか、これだけ悩んでいたことをあっさりと解決してしまうというのか。


 否が応でも期待は高まっていく。



「そう、それは好き避け……! 今まで友達としか思っていなかったのに、なんだか顔を見るだけで照れてしまう……そして、そのせいで自然と距離ができてしまう二人。すれ違う思いはやがて、重大な亀裂となって──」



 だがしかし、そこは大好さんクオリティだった。


 なんとも楽しそうに演説を繰り広げているところ申し訳ないが、あいにくそこまで単純に考えられるほど状況は優しくない。



「……うん、今はそういうのいいからね?」

「ヒェッ……!」



 石徹白さんも同じ気持ちだったのか、表情は笑顔のままに、凄みを利かせて威圧していた。



「………すれ違い、か」



 ところが、一方の景井はといえば、何やら興味深げに顎へと手を当て、思考に耽っている。



「なあ、日並。友戯さんは今、お前のことをどう思ってると思う?」



 そして、ハッとした様子でこちらを振り向くと、トオルへ質問を投げかけてくる。



「友戯が? そりゃ、昨日も言ったけど、好きな人ができた……のかどうかは知らないが、俺のことを避けたいと思ってるんじゃないか?」



 意図を読めないものの、とりあえず正直なままにそう答え、



「まあ、そうなるよなー……うーむ、だとするとなんだけど……いやでもなー……」



 景井もまた判然としないのか、再び悩みに悩んでしまう。



 ──友戯がどう思ってるか、ね……。



 またもや訪れた静寂に、トオルは先ほどの言葉を反芻はんすうする。


 あそこまでして避けるほどの、大きな理由。


 必ず存在するはずのそれは、やはりトオルが男友達であるからというものに行き着いてしまい、



 ──すれ違い……。



 しかしそこで、景井が食いついていた単語を思い出す。


 自分が何か、思い違いをしている可能性。


 それを探るため、思考の海へと沈んで行ったトオルは、



「あっ」



 ふと、ある発想が思い浮かんできたことで、声をこぼしてしまう。



 ──まさか。



 ずっと、友戯の側に原因があると思っていた。


 だが、もしも。


 もしも、それが外側に──自分や、あの子の方にあるのだとしたら。



「ど、どうしたの日並くん……?」



 トオルは咄嗟に振り向くと、突然見つめられて動揺する少女の顔をはっきりと捉えた。


 透き通るような白髪に、宝石のごとき蒼の瞳。


 友戯の親友でもある彼女を一目見て確信したトオルは、全員に視線を促すと、



「石徹白さん……いや、他の二人にも協力して貰いたいことがあるんだけど──」



 自身のたどり着いた結論を、頼れる彼らに伝えるのだった。








 閉じた扉に、今朝から一度も開かれていないカーテン。


 本来であれば落ち着くはずのその部屋に、しかし心はいつまで経っても安らぐことは無かった。



 ──もう、こんな時間……。



 皆が学校生活に励んでいる最中、ベッドの上で布団に包まれているだけの少女──友戯遊愛は、スマホの画面を見て余計に憂鬱な気分になる。


 いったい、どれだけの時間ここでこうしていたのだろうか。


 もはやいつ寝ていて、いつ起きていたのかも分からないそんな感覚に陥るも、やはり身体は動きそうに無かった。



 ──最低だ、私……。



 原因は言わずもがな、昨日、大事な親友を傷つけていたことが判明してしまったからである。



 ──あんな日並、見たことなかった。



 いつだって優しくて、どれだけ甘えたって煙たがったりしなかった彼が見せた、明確な怒り。


 それを受けた遊愛は、多大なショックを受けると同時、そうさせてしまった自分にとてつもない嫌気がさしてしまった。


 あの後、彼はどうしたのだろうか。


 知りたいけれど、今の遊愛にはそれを探るだけの術が思いつきそうにもない。



 ──でも、これで良いんだ。



 ただ、一つ分かることは、結果的に思惑通りにはなりそうだということだった。


 自分は彼に嫌われて、自然と距離が離れることになる。


 そうすれば、日並とルナ──想い合っている二人の仲を邪魔するものは何も無くなるのだ。



 ──ルナがきっと、日並のことを慰めてくれてる。



 それに、あの優しい彼女のことだ。


 自分が傷つけてしまった分も、しっかりと癒してくれるに違いない。



 ──だから、もう心残りなんて……。



 いずれ、学校には行かないといけなくなる。


 でも、その時にはもう、お互い気まずくなって、そのうち話すことも無くなるはずだ。


 後はただ、自身の胸に走る痛みさえ我慢すれば、大切な人たちは幸せになれる。



「うっ……っ……」



 そう思った瞬間、心が震え、涙が溢れ出してしまうが、今ばかりは許して欲しい。


 もう少しもすれば整理がついて、涙も枯れるはず。


 そっちの方が都合が良いと、無理やりに自分を納得させようとした、その時。



「っ……通知……?」



 手に握るスマホから、場違いに軽快な音が流れてくる。


 涙で霞んでいるせいで何も見えない目を拭うと、



 ──ルナ……?



 そこには、親友である少女からメッセージが届いた旨を告げるポップアップが表情されていた。


 もちろん、それ自体は何もおかしいことではない。


 昨日、あれだけのことがあって、学校にも行っていないのだ。


 連絡の一つしてくるのも当然といえた。



 ──怒ってる、よね……。



 予想が正しければ、彼女は日並から事情を聴いているはず。


 いくら親友と言えど、説教の一つくらい飛んでくるに違いないと、恐る恐るアプリを開き、



「え」



 直後、想定外の文面に固まってしまった。



『連絡遅れてごめんね遊愛ちゃん』


『なんて言おうか、色々と考えてて……』



 何せ、最初の方こそ至って普通の挨拶だったのだが、



『それで、なんだけど』


『とりあえず、アイツのことは懲らしめておいたから!』



 途中から、少しずつ怪しい方向へと転がっていたのだから。



 ──アイツ……?



 名前は明記されていない、が、この場面で出される人物などそうはおらず、



『酷いよね、遊愛ちゃんに八つ当たりみたいなことして』


『最近構ってくれないからって、そんなの自業自得だよ』


『少しは優しいところあるなーって、最近は思ってたのに……まさかあんな感じだとは思わなかった……』



 続く言葉を見ていくうち、不安は確信へと変わっていった。



 ──ち、違うっ……!!



 当然、遊愛は焦る。


 こんなはずじゃないと、慌てて文字を打ち、



『違う、悪いのは私だよ!!』



 なんとか誤解を解こうとするも、



『遊愛ちゃんは優しいね。あんなこと言われたのに……』



 しかし、彼女の思考はロックされているようで、まるで手応えがない。



『小学校からの仲なのは分かるけど……いいんだよ? 人って変わるものだから。無理して付き合わなくったって、大丈夫』



 どうやら相当に怒っているのだろう。


 自身のことを想ってくれる優しさに嬉しく思いつつも、今だけは勘弁して欲しかった。



『ごめん友戯さん。日並のやつがなんかやらかしちゃったみたいで。俺の方からもキツく言っておいたから、気にしないで学校に来て大丈夫だよー』



 さらにここで、別の人物からもメッセージが飛んでくる。


 そして、日並の親友を自負していた彼の言葉もまた、自身を気遣うものであることを理解した遊愛は、どんどんと血の気が引いていくのを感じた。



 ──あ、ああっ……どうすればっ……。



 彼らを想ってやったことが、全て裏目に出てしまっている。


 大事な親友が、自分のせいで見放され、孤立していくという光景を想像した遊愛は、考えうる中で最悪の展開に、ただただ戦慄するしかなかった。


 頭はパニックに陥り、布団から飛び出したはものの、何をすべきかまるで考えつかない。


 先ほどまでとは別の意味で泣きそうになった遊愛に、



『遊愛〜? 大丈夫〜? 悩んでることがあるならこの恋華ちゃんがきいてあげるよ〜?』



 しかし、救いの手を差し伸べてくれる者もまた、一人いたようだ。


 なんともお気楽そうな、でも確かに心配してくれていることが伝わってくる──そんな、腐れ縁の友人の言葉に、



 ──れ、レン〜〜っ……!!



 遊愛はかつてないほどの頼もしさを感じ、迷うことなく連絡を返すのだった。

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