第127話 ※そう簡単にはいきません。

 友戯と仲違いをした、その翌日からさっそく作戦は始まった。



「おはよう、石徹白さん」

「うん、おはよ」



 時刻は明朝。まだ生徒たちが登校するにはやや早い時間に、マンションのエントランスへと降りたトオルは、事前の打ち合わせ通り石徹白さんと合流を果たす。


 もちろんこの後、友戯を待ち伏せし確実に接触をするためである。



「なんか、新鮮な感じだね?」

「ああ、うん。俺も思った」



 二人、まるで人のいない道を歩いている途中、彼女が話しかけてくる。


 確かに、この時間帯に彼女と普段歩かない道を歩いているというのは、なんとも不思議な感覚があった。


 新鮮な空気が心地よく、静かな世界に子鳥のさえずりだけが流れる、とても落ち着く時間。


 おかげで、これから挑みに行くという状況にも関わらず、自然と緊張が和らいでいく。



「…………」



 ふと、隣の少女の姿を見てみると、何やらとこちらの手をちらちらと気にしているのが映った。



「どうしたの?」

「っ!?」



 なんとなしに尋ねてみれば、彼女は露骨に肩を跳ねさせ、



「な、なにがっ……!?」



 顔を赤くしながら、誤魔化そうとしてきた。


 一瞬、どういうことかと思うも、すぐにその原因に気がつく。



「……手、繋ぐ?」

「ぴ!?」



 ちょっとした嗜虐心が芽生えたトオルが提案してみれば、やはり図星だったのか、特有の鳴き声を上げながら後ずさる石徹白さん。



「何言ってっ……」

「いや、手を見てた気がしたから、そういうことかなって」

「そ、そんなことは……ない……こともない、けど……」



 しどろもどろになる彼女に直球を突きつけてみれば、おずおずと認め始め、



「でも、遊愛ちゃんが……」



 しかし、どうしても引っかかることがあるらしく、素直にはなれないようだった。



「……一応、友戯とは友人として手を繋いだこと、あるけど」

「っ!」



 そこで、思わずそんな言葉を口にしてしまったが、



「日並くん……」

「あ、いやっ、その、下心とかそういうのではなくっ……!」



 言ってから、浮気の言い訳じみていることに気がつき、慌てて否定する。


 それでもなお、ジトっと蔑むような目を向けてくる彼女に、



「ただ、石徹白さんが喜んでくれるなら、そのくらいは良いかなって……」



 釈明とも言えない釈明を返すことしかできなかった。


 これで嫌われるのであれば、それはそれで仕方がない。


 元より、自分は大した人間ではなく、例えそうなったとしても自然の摂理だろうと自嘲し、



「はぁ……」



 だが、彼女は一つため息を落とすと、



「あ」



 そっと手を伸ばし、トオルの手を優しく掴んできた。


 意外な行動に、どういう心変わりだろうかと驚くトオル。



「女ったらし」

「うっ……」



 直後、人生で一度も言われることは無いだろうと思っていた一言をもらい、



「私にそんなこと言って……後悔するよ?」



 続けて、イタズラっぽく笑う彼女の愛らしい顔に、一転して安堵を覚える。


 感情をコロコロと転がされるトオルだったが、こればかりは自業自得だと諦めるしか無かった。



「あはは……うん、覚えとくよ」



 乾いた笑いをこぼしながら軽く手を握り返すと、



 ──友戯と、石徹白さん……。



 二人の少女の顔を頭の中に思い浮かべる。


 一つは、幼馴染であり親友でもある気の置けない、されど確かに魅力のある女の子。


 一つは、そんな彼女のことを大切に想う、可愛いけれど少しおっかないところもある女の子。


 どちらも、自分には勿体ないほどの存在であり、本来なら選ぶ側の人間になれるほど、トオルは偉くはないはずだった。



 ──なのに、なんで……。



 だというのに、今自分を求めてくれている石徹白さんのことをはっきりと選ぶことができない。


 そんな自分が情けなく、油断すると涙が込み上げてきそうになるが、



「大丈夫、日並くんがどんな答えを出しても、ちゃんと受け止めるから」



 不意に、彼女の手を握る力が強くなったかと思うと、真剣な声色でと表情でそう教えてくれた。



「……うん、ありがとう」



 トオルはただ、深く感謝をすることしかできないのだった。








 その後、なんとも言えない感情のまま、友戯の家が見える位置までやってきた二人だったが、



「……来ないね」

「……うん」



 いつまで経っても、ターゲットである友戯が出てくる気配は無かった。


 周りにはすでに人通りが増え始め、登校時間も刻々と迫ってきている。



「私、ちょっと行ってみるね!」

「うん」



 と、痺れを切らした石徹白さんが玄関先へと走っていってインターホンを鳴らした。


 さらに少しして、とてとてと戻ってきた彼女は、



「今日は休むみたいだって、遊愛ちゃんのお母さんが」

「そうか……」



 首を横に振りながら、残念そうにそう告げてくる。


 とはいえ、こうなったら今はどうしようも無いだろう。



「とりあえず、学校行こっか石徹白さん」

「うん、そうしよっか」



 流石に彼女を遅刻させるわけにもいかないだろうと、そう考えたトオルは、何の手柄も無いままに来た道を戻るのだった。







 時は過ぎて昼休み。



「──で、友戯と会うことも困難というわけなんだけど……やっぱり、放課後にもう一回行くべきかな?」



 一堂に会した三人を前に、さっそく作戦会議を始めた。



「あ、あの〜……」



 すると、最初に手を挙げたのは、今回が初参加の大好さん。



「え、ごめん。一応、昨日景井くんからマインで聞いてはいたけど、そんなにヤバいの……?」



 当たり前ではあるが、ただ一人細かい事情をほとんど知らない彼女は、温度差を感じたのか恐る恐るといった様子で確認してきた。



「うん……結構、ヤバめだと思う……」



 その質問に、トオルは正直に答える。


 彼女もまた友戯と仲のいい友人なのだ。


 当然、今回の一件について、関わるだけの権利があるだろう。



「そ、そうなんだ……」



 あまりこういう雰囲気に慣れていないのか、露骨に困った表情になる彼女に、



「大好さんは何か心当たりない?」



 景井が真っ先に気になっていた問いを投げかけるも、



「そう言われてもなぁ……遊愛、最近付き合いが良いなーっていうくらいで特に変なことは無かったし……」



 残念ながら、これといって有益な情報が出てくるということも無かった。



「誰か、他の男子と仲良くなったとかはないかな?」

「んー、無いと思うよ」


「日並の愚痴を言ってたとかは?」

「それも全然」


「恋バナ好きの勘は? それには反応してなかったの?」

「え〜? あるとしたら日並くんだと思ってたから、今はもうよく分からないよ」



 その後も、三者三様の質問をぶつけるがまるで手応えがなく、



「はぁ〜〜…………」



 誰ともなく、深いため息をつかされることとなってしまった。


 おそらく、大好さん以外の三人の意見は完全に一致していたに違いない。



「な、なんだい! その役に立たないなって顔は!?」



 それは当人も悟ったのか、心外だとばかりに憤慨するも、あれだけ近くにいて何も無いのかとは思わずにいられないだろう。



「そこまで言うなら、この恋華ちゃんの華麗な恋バナ推理を見せてあげ──」



 彼女は怒りのままに怪しいワードを言い放つが、



「……仕方ない、とりあえずは友戯さんをどうやって表に引き出すかを考えるかー」

「あれ!? 景井くん!?」



 この中で一番裏切らなさそうな景井に、思いっきり遮られてしまっていた。


 大好さんの変わらないハツラツさに安心感を覚えつつ、



「ああ、そうだな──」



 トオルもまた、景井の案に乗って策を練り始めるのだった。

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