第126話 ※今は彼らが頼りです。

 石徹白さんの励ましによって、元気を取り戻しつつあるトオルは一つ息を吐くと、



「それじゃあ、そろそろ戻ろうか」



 ベンチから立ち上がり、石徹白さんへと声をかけた。



「う、うん」



 まだほんのりと頬を上気させている彼女はそれに頷き、続くように立ち上がる。


 それを見たところで、トオルは部屋へと戻るために歩き出そうとし、



「あ、待ってっ……!」



 しかし、急に背後から呼び止められたことで、すぐさま足を止められてしまう。


 振り向けば、何やら言いたいことがあるのか、悩んでいるような顔でもじもじとする彼女の姿があった。



「……どうしたの?」



 何か言いにくいことなのだろう。


 今の彼女との関係を思えば、不満の一つや二つあっても何もおかしくはない。


 迷惑をかけている立場のトオルからすれば、それらは正当なものであり、全てを受け止める覚悟で言葉を待つ。



「あ、えっと、うぅ……」



 真剣な顔で見つめるトオルに、彼女は一際眉を困らせ、



「そ、そのっ」



 やがて、思い切ったように口を開くと、



「また、今日みたいにここで、二人で……相談……」



 顔を真っ赤にしながら、そんなことを呟いてきた。


 語尾に近づくにつれ、声は萎れていき、最後の方はもはや聞き取ることすら困難だったが、言いたいことは充分に伝わってきた。



「や、やっぱりなんでもないっ!!」



 彼女は即座に手をブンブンと振って無かったことにしようとするが、流石に今さら忘れることはできそうにない。


 その、なんともいじらしい態度に、またもやドキリとさせられたトオルは、



「うん、もちろん。石徹白さんのこと、頼りにしてるから」



 あくまで、相談のためということを強調しつつ、首肯した。


 未だ自身の心に答えを見つけられていないトオルにとっては、これが今できる精一杯の恩返しであった。



「あ、ぅ……!」



 もはや頭から蒸気すら出ていそうなほど顔を赤くさせている彼女に、トオルは嬉しさから思わずクスリと笑ってしまい、



「っ〜〜! 日並くんのばかっ……!」



 やらかしたと思った時にはもう遅かった。


 キッと睨んできた彼女はズカズカと横を通り過ぎて行ってしまい、



「わー! 待った待った!」



 トオルは慌てて呼び止めるも、



「ふんっ……」

「石徹白さんっ、ごめんって……!」



 大層ご立腹な彼女の足は止まってくれない。


 こういう時、どうするのが正解かなど分かるはずもないトオルは、



 ──ええい、どうにでもなれっ……!



 唯一浮かんできた、解決法を試してみることにする。


 それは先日、友戯にかけようとして大失敗したもので、



 ──来るなら来いっ……!!



 背負い投げをされる覚悟を胸にしたトオルは、目の前の少女の背に追いすがると、



「っ!?」



 ぎゅっと、腕を回してその小さな身体を抱きしめてあげた。


 こんなことで彼女が喜んでくれるのかとか、そもそも複数の女子に抱きつくのは倫理的にどうなのかとか、色々と思うところはあったが、やってしまったものはもう仕方がない。


 後はただ、制裁を受け入れ、彼女の気が済むのを祈るだけだ。



「っ……」



 そう思い、目を閉じたトオルだったが、



 ──あれ?



 いつまで経っても何の反応も返ってこないことに、少しずつ違和感を覚え始める。


 やがて、ゆっくりと目を開き、彼女の様子を伺うことにしたトオルは、



「し、死んでる……」



 顔を茹でダコのように赤く染め、腕の中でぐったりとするその姿を見て、他人事のようにぼそりと呟くのだった。







 その後、彼女を背におぶって自室へと戻ったトオルは、そこに人の姿を見つけて驚いた。



「景井……」



 部屋を飛び出してからもう随分と時間が経っているため、てっきり帰っているかと思ったが、どうやらトオルのことを待っていてくれたようだった。



「なに驚いた顔してるんだよ。親友なんだから、当たり前だろー?」



 当たり前のようにそう言い、ニカッと笑う景井に思わず泣きそうになるトオルだったが、せっかく石徹白さんに慰められたばかりなのだからと、なんとか堪える。



「にしても……お熱いことで?」

「あっ」



 と、そんなことを考えていたからか、トオルは今自分が石徹白さんを背負っていることを忘れていた。


 当たり前だが、石徹白さんがトオルのもとに向かったことを景井は知っているはずであり、その帰りに顔を真っ赤にしておぶられているとなれば、変な勘ぐりをされても何もおかしくは無いだろう。



「いや、これはだな」



 冷や汗を流しながらも、至って真面目な顔で説明しようとし、



「いやー、自分が行くって言うからまさかとは思ったけど……本当にそうなんだなー」



 しかし、何やら石徹白さんの方を見て納得したように頷く景井によって遮られてしまう。



「もしかして、もうキスぐらいはしたか?」

「お前なぁ……」



 当たらずとも遠からずといった質問でからかってくる景井に、トオルは呆れながらも彼なりの気遣いだろうと捉えることにした。


 とりあえず、彼女を背負ったまま話すわけにもいかないので、ゆっくりと床へと降ろし、クッションを枕に寝かせてあげる。



「それで、実際はどうなったんだー?」

「ええっと──」



 そして、ようやく本題とばかりに、先ほど石徹白さんに勇気づけられたことや、友戯との諍いの原因についてを説明した。


 静かにそれを聞き届けてくれた景井は、



「──なるほど、俺が思ったよりずっと拗れてたのか……すまん、気づかなくて」

「いやいやっ、謝るなってっ……!」



 申し訳なさそうに、そう謝ってきた。


 トオルとしては自分の方が迷惑をかけている側だと思っているので、景井から謝罪を受けるのは余計に心苦しくなってしまう。



「それより! こっからどうしていくかを決めた方が良いんじゃないかっ……?」



 なので、ここは早々に話題を変更して、今後の相談をする方向に持っていくことにした。



「そうだなー……日並は何か、心当たりとか無いのか?」



 すると、まずはとばかりに、景井が質問を投げかけてくる。


 確かに、ここまで関係が拗れてしまっているのだから、何らかの見当がついていると思うのもおかしくは無かったが、



「いや、それがよく分からないんだ……」



 実のところ、トオルにとっても未だによく分かっていなかった。


 それもそのはずで、これといって大きな諍いがあったわけでも無ければ、一緒に遊ぶのに飽きられたといいうような感覚もあまり無かったからだ。


 一つあるとすれば、やはり他に意中の相手ができたからというものだが、これも思い当たる者がおらず、妄想の域を出ない。


 要するに、本当に唐突なことのため、まるでモヤがかかったかのように原因が判然としない状態なのである。



「別に、喧嘩をしたわけでもないし、ここ最近でやらかした事も特に無いし……」



 結局、いくら考えてもそうとしか言い表せないトオルに、



「……なあ、これはもしかしてかもなんだが」



 景井はふと何かに気がついたのか。


 難しい顔をしながらこちらを見つめ、



「…………」



 しかし、何故か答えを口にはしなかった。



「いや、これを憶測で話すのは良くないな」



 そして、神妙な雰囲気でそんなことを言うので、



「友戯に好きな人がいるのかもってことか? それなら俺も──」



 景井の思っていることを当てにかかるが、



「いや、そうじゃないんだが……まあ、どちらかというと逆だが、近いところはある」



 どうやらそういうわけではないらしい。


 そうなると、いったい何を思いついたというのか、非常に気になってくるも、



「悪い、これはちゃんと俺の方で調べてから話すわ」



 残念ながら、尋ねるまでもなく教えてくれる気が無いことを伝えられてしまう。



 ──まあ、仕方ないな。



 景井が言うからにはきっと、重要なことなのだろう。


 間違えたことを言えないほどの話だと思えば、そう易々は聴き出せそうに無い。



「そうだなー……とりあえず、日並は石徹白さんと一緒に仲直りを頑張ってくれ。今のままじゃ何も話を聞いてくれないだろうし」



 そう考えたトオルは、景井の指示を黙って聞き続け、



「そんで俺は、大好さんの方を当たってみるよ。何か心当たりがあるかもしれないし……とりあえずそんなとこでいいか?」

「ああ、そうだな」



 頼りになる親友の作戦に、大きく頷いた。


 今の友戯のことを思うと、果たして実際に上手くいくかどうかは怪しいところだったが、



 ──石徹白さんもいるんだ、やれるはず。



 こちらには石徹白さんがいることを思い出し、自分を奮い立たせる。


 自分も彼女も、友戯にとっては大切な友人のはず。


 二人で行けば、きっと何らかの反応を示してくれるはずだと、できるだけポジティブに考えながら、トオルは今日の会議を締めくくることにするのだった。

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