第125話 ※決断の時は近づいてきます。
日がすっかり暮れ、空も暗く染まり始めた頃。
狭いベランダの上、据え置かれたベンチに腰かけるトオルは、ささくれだっていた心にようやくの落ち着きを取り戻し始めていた。
「ほら、分かったらしゃんとして」
「うん、ありがとう……」
それもこれも、親身になって話を聴いてくれた、隣に座る少女のおかげである。
「それと、ごめん石徹白さん……色々迷惑かけて……」
「もう、謝らないでよ。その点に関してはお互い様でしょ?」
ほんの数ヶ月前に知り合ったばかりの、友戯の親友。
たったそれだけの関係だというのに、なぜこうも
──俺のこと、複雑なはずなのに。
そもそも、彼女が自分に好意を抱いてくれていること自体、不思議だった。
確かに、友戯との仲直りを手伝いはしたが、言ってしまえばそれくらいのことしかやっていない。
「……石徹白さんは、なんでここに来てくれたの?」
故に、疑問のままに言葉がこぼれてしまったのも、致し方のないことだった。
しかし、デリカシーも何も無いそんなトオルの質問に、
「……知ってるくせに」
石徹白さんはジトっと目を細めると、ぶうたれながらほんのりと顔を赤くする。
そのいじらしい仕草に、思わず胸が鳴ってしまったトオルは、
「いや、そのっ……そもそもそうなった理由が知りたいというかっ……!」
動揺を隠すことも忘れて、直球勝負を仕掛けてしまっていた。
口にしてからしまったと思うも、覆水盆に返らずである。
「……日並くん、デリカシー無さすぎ」
「す、すみません……」
呆れたようにため息をつく彼女に、トオルはただただ頭を下げることしかできない。
彼女からしたら、告白の答えも出さなかったくせに今さらなんだと思っていてもおかしくない──それほどの愚問だった。
せっかく気遣ってくれたのに、自分は何をしてるんだろうかと、ひたすらに申し訳なくなるトオルに、
「でも、そうだなー」
彼女は少しおどけた口調で喋り出すと、
「二人が仲直りしたら、教えてあげてもいいかも?」
意外なことに、そこまで気にした様子もなく、そんな条件を出してきた。
すぐ、彼女なりに背中を押してくれているのだということに気がついたトオルは、温かい感情が胸に込み上げてくるのを感じ始め、
「ありがとう……やっぱり優しいね、石徹白さんは」
「っ!」
柔らかく微笑む彼女に、トオルもまた釣られるように頬が緩んでいた。
「ふ、ふーん……悪いけど、褒めても何も出ないよ?」
すると、彼女はふいっと視線を逸らしながら、急に声を上擦らせる。
その白髪の隙間から覗く赤い耳に、もしかして嬉しかったのだろうかと察したトオルは、
──石徹白さん……。
なんだか急に、彼女のことが愛おしく思え始め、端正な横顔から目が離せなくなってしまう。
そして、ふと彼女が隠そうとしている表情を読み取りたくなったトオルは、首を伸ばして回り込もうとし、
「わっ!?」
「むぐっ……!?」
直後、彼女の柔らかい手に鷲掴みされたことで、阻止されてしまった。
「ふぁ、ふぁにふうの?」
そこまでして見られたくなかったのだろうかと、疑問に思いつつ尋ねてみれば、
「な、なにってっ、こっちの台詞!!」
何故か、彼女は怒ったような、恥ずかしがっているような、なんとも複雑な表情でこちらを責めてきた。
その赤面ぶりはと言えば、先ほどまでとは比べものにならないほどで、当然トオルの困惑も深まっていく。
「ふぁはら、ふぁんのふぉとふぁは……」
頬を挟まれているせいで喋りにくい中、トオルは精一杯の弁解を試み、
「とぼけても、ごまかされないからっ──」
しかし、聞く耳を持たない彼女はより一層声を震わせると、
「──今、き、キスしようとしたでしょっ……!!」
「ふぁいっ……!?」
あまりにも唐突すぎる文句をぶつけてきた。
──キス? 誰が?
当たり前だが、トオルはそんなことをしようとはしていない。
ただ、彼女の正面に回り込んで、顔を覗こうとしただけである。
決して、彼女の言うようなやましいことをしようとした記憶は無く、どう考えても向こうの早とちりでしか無かったが、
「ぷはっ……ち、違う違う! ただ、石徹白さんの顔が──」
いざ言い訳をしようとしたその時、
──あれ、なんでそんなことしようとしたんだ?
よく考えてみれば、元の理由も相当変なものであったことにも気がついてしまう。
わざわざ見たくなった動悸などそう多くは思いつかず、正直に説明するのが恥ずかしくなるも、
「わ、私の顔が……なに……?」
彼女にはしっかり聞かれていたようで、どうやらすでに逃げ道を奪われていたことが判明する。
「えっと、そのぉ……」
ジッと、上目遣いで見つめてくる
「ほら、やっぱりしようとしてたんだっ!」
そうして言葉に詰まっていると、何を悟ったのか彼女は再び怒り始め、
「だ、だめだからねっ……そういう、衝動的なのは……遊愛ちゃんと仲直り、するんでしょ……?」
かと思えば急に声を落とし、少し悲しそうに表情を歪めてしまった。
そこでようやく、彼女が怒っていた本当の原因を理解したトオルは、
「……うん、そうだね」
できるだけ真剣な声で、彼女の言葉に頷いた。
──俺もいい加減、覚悟を決めないと。
実際、彼女の言うようなことをしたわけでは無かったが、今は誤解を解くよりも先にやるべきことがあるだろう。
誤解だったのかどうかは、その後にでも判断してもらえばいい。
──そのためにも、まずは。
改めて自身のすべきことを思い出したトオルは、未だ困った顔の石徹白さんへと強い眼差しを向け、
「頼りにしてもいいかな、石徹白さん──」
きっと、彼女なら頷いてくれるに違いないという己の確信に、罪悪感を抱きながらそう尋ねるのだった。
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