第122話 ※途中で手を離さないでください。

 友戯と石徹白さん──二人の女子を連れて自宅へと帰還したトオルは、



「ごめん、待たせた?」

「いんや、問題ないぞー」



 エントランスで待っていた景井と合流を果たすこととなっていた。



「ごめん景井くん。勝手に誘っちゃって」

「いやいや、そんな気にしてないよ。むしろ相談相手増えて助かったみたいなー?」



 すかさず初手謝罪をする友戯に、景井はあっけらかんとした様子で応える。



「そうなら良いんだけど……」



 自身の失態に、友戯はなおも落ち込んだ様子だったが、



「まあまあ、そんなことより早く部屋入って本題にしよう」

「……ん、そうだね」



 景井にそう急かされたところで、ようやく気持ちを切り替えることができたのか、少し明るい表情を取り戻した。


 とりあえず、石徹白さんを誘った件についてはこれで問題ないだろう。


 そう考えたトオルは、エレベーターに乗っている最中、自身の課題について思索を始める。



 ──なんとか、友戯と一体一の状況を作らないとだな……。



 流石に、他の人間がいる状態で自分を避けている理由──すなわち、好きな人ができたのではないかといった核心を突くようなことは聴けない。


 もちろん、別段急ぐことでも無いのだが、気持ちとしては早くこのモヤモヤを振り払いたいのも事実。


 いつまでも後回しにしてはおけない以上、今日中に解決することを目標にするのは、なんらおかしくはないはずである。



「じゃあ、どうぞ」



 と、そうこう考えているうちに玄関前までたどり着いていたトオルは、鍵を開けて三人を部屋の中へと案内していく。


 座椅子や座布団を用意し、それぞれ適当に座らせたところで、主催である景井へと目線で合図をすると、



「それじゃあ、新メンバーが加わったところで、さっそくなんだけど……今日のあれ、どう思うー?」



 やはりそう来たかという議題が飛んできた。



「? 今日のあれって?」



 当然、トオルと友戯には何のことか察しがついているが、ただ一人別のクラスである石徹白さんだけは頭上に疑問符を浮かべている。



「あ、そっかー。石徹白さんには説明しないとだね──」



 これにすぐ気づいた景井は、本日、学園祭の出し物を決めた後に起きた出来事を簡潔に説明し、



「えぇ……!? それってつまり……!」

「うむ、少なくとも大好さんは誰かに見当をつけた、ということだー」



 予想通り、驚いたリアクションを取っていた。


 正直、それが本気のものなのか演技によるものなのかは判断しかねたが、今は気にすることでもないだろう。



「まあ、それが気になる人なのか、単純に可能性が高い人なのか……はたまた両方なのかは分からないけどね」



 トオルが補足するようにそう教えると、石徹白さんは少し考えるような仕草をした後、



「それ、もうほとんどゴールしてるんじゃ……」



 自分が誘われた意味はあるのか、といったニュアンスで怪訝な目を友戯に向け始めた。


 確かに、言われてみればわざわざ石徹白さんを誘うほどの理由があったのかと疑問になってくるが、



「だって、昨日の今日でこんなに進むと思わないでしょ……」



 おそらく、誘ったのは昨日のことなのだろう。


 そう思うと、友戯の言っている通り今日起きたことは予想できるわけもないので、多少の同情心も芽生えてくる。



「まあ、いいけど……それで、この後は何話すの?」



 石徹白さんもそれ以上責める気は無いのか、次にやることへと興味を向けていた。



「うーん、とはいっても確定したわけでは無いからねー。予定通り、学園祭で勝負を決めるための計画を練る感じかなー」



 対し、景井の答えは昨日と変わらず、学園祭までに答えを出す気は無いようである。



「へぇ……本気なんだ……」



 景井の言葉に、石徹白さんはどこか感心したような、少しドキドキしているような、そんな感情を声色に滲ませる。


 プールでの出来事を思い出すと、他人の恋に関わることについてどんな考えに至ったのかが気になってくるが、



 ──石徹白さんも俺たちと同じ年頃だしな……。



 過去はどうあれ、石徹白さんも普通に恋をする一人の人間であることはトオル自身がよく知っていた。


 知人同士が恋愛ごとに励んでいるというのなら、単純に気になるものなのだろうと、その横顔にぼうっと視線を送り、



「っ!」

「あ」



 不意にこちらに振り向いてきたせいで、自然と目が合ってしまう。


 明らかに動揺した様子の石徹白さんが視線を逸らすと、トオルもまた釣られるように意識させられ、顔が熱くなってくる。



 ──い、いかんいかん。



 こんなところで変な気持ちになってどうするのだと、心の中でそっと自分を戒めるも、



 ──耳、赤いな……。



 無意識に彼女の方へと視線が向いてしまい、白い髪の向こうにある小さな耳の異変に気がついてしまう。


 まだ自分に対して未練があるのかと、そしてそれをどうにか隠そうとしているのかと思うと、徐々に彼女のことが愛おしく思えてきて、



「日並、大丈夫か?」

「っ!?」



 そんな風にぼうっと考えていたのが、表に出てしまっていたようだ。


 不意に声をかけられたトオルは、心臓をバクバクと跳ねさせられながらも、なんとかバレないように表情筋に力を込める。



「ああ、すまん。なんだっけか?」

「? まあいっか……」



 そうして、なんでもないように取り繕うと、景井は訝しがりながらも意識を逸らし、



「じゃあ本題に戻るけど……うちのクラスはお化け屋敷に決まったから、まずは当番を被せるのは確定事項だよねー」



 無事、悟られることなくやり過ごすことに成功した。



「うん、それはそうだと思う」



 友戯も特に思うところは無かったのか、景井の話に耳を傾けており、問題があるとしたら石徹白さんだけであろう。



「当番中は一緒に暗いとこ居れるし、終わった後は二人で学園祭回れるからな」

「うむ、その通り!」



 トオルも二人に合わせるため、昨日の打ち合わせを思い出しながら話の道筋を誘導していく。



「ただ、流石に二人で回ろうなんて誘ったら露骨過ぎるよなー……」



 景井も意図を理解したのだろう。


 解決策は最初から決まっているというのに、あえて委ねるように考え込む仕草を見せる。



 ──なるほど、友戯から提案させることで逃げ道を無くそうってことか。



 もし、景井から答えを与えてしまえば、回避する余地を与えてしまうかもしれない。


 しかし、友戯からダブルデートの発案をさせてしまえば、言い出しっぺの法則で逃げるのは苦しくなるはず。



 ──流石は景井と褒めてやりたいところだな……。



 そこまで考えていなかったトオルは、親友の策士っぷりを内心で褒めつつ、自身も同じように何も思いつかないフリをする。


 後は、友戯が答えを導き出すのを待つだけで、計画が一歩進む。



「あっ」



 そんなトオルと景井の企ては、あるイレギュラーの存在を失念していたことで、一気に雲行きが怪しくなってしまった。



 ──い、石徹白さんっ……!?



 そう、当初と違い、この場にはもう一人登場人物がいたことを忘れていたのだ。


 当たり前ではあるが、彼女もまたこの議論の参加者であり、発言権を持っている。


 何かを思いついたように声を上げられれば、わざわざ呼んだこちら側が無視するわけにもいかず、



「……ええっと、何か思いついたり?」



 景井がおずおずといった様子で尋ねてみれば、



「そ、そのっ……他の人も誘えば良いんじゃないかなって……」



 案の定、一番発案されたくない意見を先に言われてしまった。


 これに、本来は意気揚々と乗っかるはずの景井が固まり、



「例えばほら、ダブルデートみたいな……」



 一方で、石徹白さんは止まることなく最後まで言い切ってしまう。


 どうすればいいのだと景井に視線を送るも、静かに首を横に振るばかり。



「あ、そういえば、私とトオルの恋愛相談? みたいなていで行くんじゃなかったっけ」



 だが、ここに来てまさかのファインプレーをしてきたのは、ターゲットである友戯だった。


 自分たちで考えておいてすっかり忘れていたが、そもそもの話、大好さんには友戯との仲を手伝ってもらうという設定で接触する予定だったのだ。


 逃げられるも何も、自分と友戯の同行は必須であり悩む必要など無かったではないか。



 ──よくやった、友戯!



 自ら墓穴を掘ったことなど知る由もない少女に、トオルが心からのいいねを送ると、



「あー、じゃあ……」



 景井が隙を逃がさないよう、まとめに入ろうとする。


 一転して勝ちを確信したトオルは肩からを力を抜き、



「あ、でも待ってっ……!」



 だがしかし、そんな安堵感は、何故か割り込んできた友戯の声によって瞬く間に霧散していった。



「その、日並の相手なんだけど」



 何せ、ここに来て彼女が言い出したのは、



「ルナの方が、良いんじゃないかなって──」



 根底の目的が覆ってしまううえに、トオルにとっては最悪の組み合わせが実現してしまうような、とんでもない提案だったのだから。

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