第121話 ※吉と出るかは分かりません。
澤谷さんの尋問から解放され、教室に戻った後のこと。
『今日、大丈夫か?』
スマホの通知音に釣られて画面を覗くと、景井からの短い連絡が映る。
おそらく、昨日の続きをしたいということであろう。
折りよく学園祭の出し物も決まったことなので、そのことも含めてさらに作戦を固めたいということなのかもしれない。
『おう』
先ほどの出来事が気にはなるものの、この件に関しては特に問題無いのですぐに返事を決める。
『じゃあ、友戯さんの方はよろしく頼む』
景井からの返信を確認した後、彼の席の方を見るとちょうど目が合った。
そのまま親指をグッと立てると、彼は一足先に教室を出ていく。
──二人で帰れってことか。
言葉は無くとも、言わんとすることはよく分かった。
少しでも近づけるようにというありがたい配慮に、トオルは無言で頭を下げて見送りつつ、改めて準備を始める。
──さて、どうするか。
二人きりで帰る、ということ自体は今でもそれなりの頻度でしているが、ただ他愛もなくお喋りするだけでは今までと変わらないだろう。
かといって、昨日のような大胆なアプローチをしかけるのも逆効果になりかねない。
──というかそもそも、近づいてもいいのだろうか。
さらに、それ以前の問題として、友戯に好きな人がいるのではないかという疑惑もある。
もし本当にそうなのであれば、彼女にとってはた迷惑な行為と取られてもおかしくはなく、
──ええいっ、考えてもダメだ!
しかし、悩んだところで答えが出ないこともまた、明白であった。
今さら、友戯が自分のことを嫌がるなどという可能性を考えるのは、それこそ信頼していないことの証明になってしまう。
「友戯、帰ろっか」
そう考えたトオルは、帰る途中に自分がすべきことを導き出し、意を決して友戯へと話しかけた。
「ええっと……」
相変わらず大好さんの近くで盛り上がっていた友戯は、少し尾を引かれるような表情をするも、
「いいよ日並くん! さっさと連れてっちゃって!」
からかいのターゲットである大好さんが好機とばかりにそう言ってしまえば、諦めざるを得ないだろう。
「だってさ」
「んー……」
だが、それでもまだ足りなかったのか、おもちゃ売り場から動かない子供のように不機嫌そうになるので、
「……昨日の続き、やるってさ」
「っ!」
この誘いの発起人が自分でないことを、耳もとでこっそり囁いてアピールしていく。
「……ん、分かった」
絶賛タイムリーな話なこともあって気を引けるだろうという算段だったが、どうやらその考えは間違えていなかった模様である。
「じゃ、またね」
「それじゃあ、さよなら」
良好な返事を貰えたところで大好さんらに別れの挨拶を告げ、友戯の気が変わる前にトオルはさっさとその場を去ろうとする。
「つ、ついでにこの子も連れてってくれない?」
その直前、困ったように友人であるはずの丸井さんを引き渡してこようとしていたが、
「後で分かったこと教えてね」
「ん〜、おっけ〜!」
むしろ、友戯によって残るよう進言される結果となっていた。
「うわ〜ん! いじめだ〜!!」
そうして、それを機に抵抗が無駄であることを悟ったのだろう大好さんは、ただただ現状を嘆くことしかできなくなっていたのだった。
そんな哀れな子羊を置いて教室を出たトオルは、友戯と共に下駄箱へと向かう。
「で、どうだったの大好さんは?」
「んーん、誰が気になってるのかとか色々聴いてみたけど、教えてくれなかった」
その道中、大好さんの件について他愛のない会話をしていたのだが、
「へー……でも、あの感じだとやっぱり──」
トオルがほぼほぼ確信している答えを話そうとした時、
「あ、ごめん。ちょっと待ってて……!」
友戯はふと何かを思い出したのか、どこかへと駆け出していった。
5組の教室に戻るわけではなかったため、忘れ物では無いらしい。
先生から頼まれごとでもしてたのだろうかと、暇な時間でその理由を考えるも、
「ごめん、お待たせっ」
すぐに、見当違いであることが発覚することとなる。
何せ、僅か数分で戻ってきた友戯のその横には、
「あ、えっと……よろしくね?」
気まずそうに視線を泳がせる、白髪少女の姿があったのだから。
いったいどういうことだと友戯に視線を投げかけてみれば、
「その、ルナにも手伝って貰おうかなって……」
おずおずとその理屈を語り出し、
「ごめん、相談する前に決めちゃって……!」
直後、流石にまずいと思ったのか慌てて頭を下げていた。
一見、大袈裟に見えるが、恋愛というのは人によってはかなりデリケートな問題である。
故に、本人に断りもなく第三者に話してしまったのは責められて然るべきことだろう。
「ええっと……まあ、うん。とりあえず景井に聴いてみるよ」
だが、友戯なりに考えた結果なのだと思うと、少なくともトオルが何かを言うことでも無い。
再びスマホを取り出すと、景井に現状を伝えるメッセージを送る。
『全然おっけー』
しかし、ほんの僅かな心配とは裏腹に速攻で既読が付くと、なんともあっけらかんとした答えが返ってきた。
流石は景井だと、親友の懐のデカさに感心しつつ、二人にも許してくれたことを教える。
「はぁ……良かった……」
これに友戯は安堵の息をこぼし、
「遊愛ちゃん、許可取って無かったんだ……」
石徹白さんは友戯の失態に珍しくジトッとした視線を向けていた。
「だ、だって、あの時はちょっと……」
「あの時は……?」
「な、なんでもないっ」
「あっ、逃げたっ!」
そんな二人は喧嘩のようなものを始めるが、あまりに仲睦まじいせいで可愛いイチャコラにしか見えない。
「はい、捕まえた!」
「ちょっと……っ、く、くすぐったいから離してっ……!」
「ちゃんと白状したら離してあげる!」
「そ、それは無理だから──っ〜〜!?」
下駄箱の前でじゃれ合う二人の姿はとても素晴らしいものだったが、あいにく放課後に入って時間が経ってることもあって他に辺りを歩く者はいなかった。
つまり、トオル一人でこの光景を独占しているということであり、時間の許す限り眺めていたい気持ちに駆られるが、
「おーい、景井が待ってるから早く行くよー!」
心を鬼にして、二人へと声をかけた。
もちろん、先に行っている景井を待たせないための、当然の配慮である。
「あ、ほら、日並もああ言ってるから!」
「……むぅ、仕方ないなぁ」
背後から抱きつかれ、顔を赤くしている友戯がそれに便乗すると、石徹白さんも諦めた様子でその手を離した。
そうして、三人でローファーに履き替えたところで、暗くなり始めている空の下を歩き始める。
「で、理由は結局なんだったの?」
「んー……なんだったっけ?」
「もう、はぐらかさないでよ〜!」
仲のいい二人の声を耳に、ぼうっと空を見上げたトオルは、
──それにしても、困ったな……。
当初の予定より一名多い状態での帰路に、少しばかり悩まされるハメになっていた。
──友戯に聴きたいこと、あったんだけど。
モヤモヤの原因となっている、その答え。
親友として、直接聴いてしまうのが一番手っ取り早いのではないかと、そう考えついたものの、不運なことにこれでは聴けそうもない。
──いや、時間はまだまだある。
だが、落ち込んだところで意味が無いことは百も承知。
今が駄目なら、その機会をなんとか作ってしまえば良いだけの話だと、決意を新たに景井のもとへとむかうのだった。
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