第117話 ※考えることは同じです。

 友戯を怒らせてしまった、その翌朝。


 マインで散々謝り倒したことで、なんとかお許しの返事をいただけたトオルは、いつものように自宅マンションのエントランスで友戯との合流を果たしていた。



「いや、昨日はほんとすまん……」

「もういいってば、悪気があったわけじゃないんでしょ?」



 あの時はおかしなテンションになっていたせいで平気でやらかしていたが、改めて思い出すと友戯に顔を見られるだけで罪悪感が湧いてくる。


 そもそもの話、ちょっとした下心をもってしまったこと自体が誤りであった。


 最初から、距離感を取り戻すためということを念頭に置いておけば、ああして友戯に逃げられるということも無かったはず。



 ──おかげで余計に近寄りにくくなってしまった……。



 状況を改善する予定が、むしろさらに悪化してしまった事実にトオルはうなだれざるを得ない。



「そ、そんなに落ち込まないでって……」



 と、そんなへこんだトオルを見かねたのか、友戯がオロオロと戸惑った様子で近寄ってくる。


 流石は親友、優しいものだなと逆に傷が染みてくるが、



「その、昨日のやつ、ちょっとは嬉しかったし……」



 なんと、続く言葉は意外にも良好なものだった。


 思わずパッと顔を上げると、目の前には頬をほんのりと赤くさせながら視線を逸らす、いじらしい友戯の姿。



「ほ、本当か……?」

「本当にちょっとだけねっ」



 安心感が湧いてくるままに尋ねてみれば、友戯は念押しするようにそう告げてきて、



「でも、次はダメだから」



 しかし、ついでとばかりに禁止令を出されてしまった。


 結局、そのせいで素直には喜べず、なんとも微妙な心持ちになったトオルは、



「……もう、手を繋いだりとかは、やりたくないってことか……?」

「っ……!」



 つい、気にかかっていたことを真正面から聴いてしまっていた。


 すぐに発言を後悔するも、友戯が明らかに動揺を見せている時点で何もかも手遅れだろう。



「そ、それは……」



 何かを言い淀む友戯に、トオルはまたしても心苦しい感情を覚えてしまう。


 自分から言い出したことなのに、今はもうそうではない──そうさせるだけの原因は、きっと大きなものであるはず。


 そして、



 ──あ、まさか。



 それがトオル自身にあるのか、それとも外部にあるのかと思索を巡らせた時、ふと一つの可能性にたどり着く──否、たどり着いてしまった。



「ああいやっ、いいよ! 友戯にも、色々と事情があるだろうし!」



 瞬間、トオルは友戯の言葉を待つことなく、そう締めくくっていた。


 そうして有耶無耶にしなければ、友戯との関係が壊れてしまうのではないかと、そんな気がしたのだ。



「……うん、ありがと」

「はは、別にお礼を言うほどのことじゃないだろ……!」



 昨日始まったばかりの期待はどこへやら。


 気まずそうに感謝を述べてくる彼女に、トオルの心はどんよりと曇り始めていた。


 何故なら、



 ──友戯にも好きな人の一人くらい、できるよな……。



 彼女にとって、自分の存在が大きな足枷になっているのかもしれないという可能性に、気がついてしまったのだから。








 それからというもの、トオルは悶々とした感情のまま、学校生活を過ごすハメとなった。



 ──いったい、どこのどいつなんだっ……。



 当然のことではあるが、親友である少女が想いを向けている相手が誰なのか気にせずにはいられなかったからである。


 もちろん、知っている者の中に心当たりがあるわけもなく、だとすると自分の知らないところで出会ったのはないかという発想にさえなっていく。


 知人ならまだ人となりを理解しているから良いものの、全くの見知らぬ相手ともなると心配が勝ってきてしまい、



 ──くっ……俺にくらい教えてくれてもいいのにっ……!



 頑なに隠そうとする友戯にも、ついモヤッとした気持ちを向けてしまう。


 トオルが隠れて色々としていた際にはイチャモンをつけてきたのに、いざ自分がとなったら同じことをしているのだから、当然だろう。



 ──いや、落ち着け……何もそうと決まったわけじゃない。



 が、今のところ全て自分の想像でしかない以上、文句をつけにいくわけにもいかない。



 ──でも、それ以外にあるのかっ……!?



 ただ、あの友戯が急に自分を避け始めるほどのことなどそうは無く、やはり男である自分と一緒にいるのが厳しいからなのではと思えてきてしまう。



 ──すまん友戯……お前の気持ち、やっと分かったよっ……。



 そうして、ひたすらに頭を悩ませていたトオルは、これがあの時の友戯の気持ちかと、今さらになって申し訳なさが込み上げてきて、



「──ちょっと日並くん、聞いてる〜?」

「っ!?」



 直後、不意に聞こえてきた少女の声によって、現実へと引き戻された。



「あ、えっと……?」

「だから、学園祭の出し物、何が良いかなって話!」

「え、ああっ……!」



 いったい何事かと辺りを見渡せば、友戯と景井、そして目の前に詰め寄ってきている大好さんの顔が映る。


 そこでようやく、今がHR《ホームルーム》中であり、学園祭のために取られた時間であることをトオルは思い出した。



「俺はその、お化け屋敷とか……?」



 とりあえず、何か答えなくてはという思考から、咄嗟に浮かんできた言葉を口にするが、



「え〜? なんか普通〜」

「ぐっ……」



 大好さんのつまらなさそうな声によって、精神的ダメージを負わされることになってしまう。


 確かに、自分で言っておいてなんだが、学生レベルのお化け屋敷って面白いのかという疑問はあった。


 だが、ガラスメンタル男子のトオルにとって、女子のネガティブ批評が痛恨の一撃であることくらいは知っておいて欲しかったものである。



「そう? 私は結構、面白そうだと思うけど……」



 そんなトオルの心情を悟ったのか、もしくは単純にそう思っただけなのか。


 おそらく後者であろう友戯が、すかさずフォローに入ってくれる。



「ちっちっちっ……甘いよ二人とも!」



 これに、大好さんは首を横に振りながら指を突きつけてくると、



「せっかくの学園祭だよ? もっと高校生らしさっていうのかな〜、若さを生かさなくちゃさ〜」



 何やら自信ありげに説明してくる。


 若さ、という単語からしてすでに嫌な予感が漂ってくるが、ここで回れ右をするわけにもいかない。



「……ちなみに、大好さんは何が良いと思ってるの?」



 恐る恐る、彼女が求めているであろう質問をして見れば、



「もちろん、恋バナ喫茶に決まってるでしょ!!」



 案の定、聞いたことの無いワードをぶち込んできた。



「……レン、何なのそれ?」

「これはね、私がここ数日寝る間も惜しんで考えた最高のサービス飲食店だよ……!」



 呆れた様子の友戯が聴くと、大好さんは鼻息を荒くしながら堂々と答える。



「いい? ただ食べ物や飲み物を提供してお金を貰うなんて、そんなの普通に外食した方が良いに決まってるでしょ?」



 そして、学園祭の根底を覆すようなとんでも発言をしたかと思うと、



「だから、私は考えた。いったい、私たちが加えられる最高のスパイスはなんなのかと……」



 意味深な感じで語り始め、



「そしてたどり着いた答えが青春──すなわち、恋バナだということに……!」



 やがて、全くもって理解できない結論を自信満々に教えてくれた。



「恋に悩むお客様からまだ恋を知らないお客様まで、色んな人たちの恋バナに、現役の高校生が等身大の気持ちで応える──こんな素晴らしい出し物が他にあると思う!?」



 テンションがMAXになった彼女を止める方法はもはや無く、その勢いはあの景井ですら若干引いているほど。


 これはもう、友戯に頼るしかないと思うも、



『無理』



 語らずとも分かるように、目を閉じて首を振っていた。


 しかし結局、そんな彼女の暴走も、



「おーい、大好ー。はしゃいでるところ悪いが、席に着いた後の接客は無しだぞー」

「そんなっ……嘘だっ……!?」



 彼女にとっては世知辛すぎる、担任教師からの無情な一言によって呆気なく終わりを告げるのだった。

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