第118話 ※向こうの方は順調そうです。

 その後、クラスの全員でいくつか案を出し合い、各々がやりたいものに投票した結果、1年5組における出し物が決まった。


 もちろんそれは、圧倒的な熱意によって最後まで諦めなかった大好さんの案、



「というわけで、うちの出し物はお化け屋敷に決定しました!」



 などではなく、なんか面白そうという理由で選ばれたなんとも無難なものだった。



「な、なぜっ……」



 無惨な敗北を喫した大好さんは理解し難い現実に打ちひしがれていたが、



 ──いや、それはそうでしょ……。



 彼女以外の全員は満場一致で納得をしていた。


 当たり前のことだが、学生の身分で席に着いて接客業をするなど、どう考えても学校側から許可が下りないだろう。



「くぅっ、これが現代高校生かっ……冷たいっ、冷たいなぁ……!」



 なおも諦めきれないのか、恨み節を吐き続ける姿を見ていると若干哀れになってくるが、こればかりは仕方がないだろう。



「あれ、でも二票入ってるけど」



 しかし、ここで一つ訂正しなければいけないことが発覚する。


 どうやら彼女以外の全員では無かったらしく、たった一人賛同する者がいたようだ。



「ほ、ほんとだ……!?」



 本人も気づいていなかったのか、驚愕に目を見開くと、



「ありがとう遊愛……! 流石は私の親友だよ〜!」



 その正体に見当をつけて抱きつきに行こうとするが、



「え、私じゃないけど」



 残念ながら、彼女の想いは一方通行のようだった。



「なんで!?」



 おかごで、悲しんだり喜んだり、感情が一転二転した大好さんは、



「この裏切り者ッ! スカートめくってやる!!」

「ちょっと……!?」



 最終的に闇堕ちし、友戯のスカート裾を掴んで捲り上げようとし始めた。


 なんとか防御が間に合った友戯だったが、周りで見ていた男子たちはにわかにどよめき始める。



「レンっ……怒るよっ……!」

「ぐへへっ……私を敵に回したこと、後悔するがい──」



 当然、トオルも思わずその太ももに視線を釘付けにされるも、他の男子には見させたくないという強い意思から前へと踏み出そうとし、



「──ぐへぇっ!?」



 それよりも早く、担任教師が持つ学級日誌による一撃が火を噴いた。


 角を使った容赦のない打撃に、大好さんは頭を押さえてしゃがみこみ、



「大好お前、今週の日誌全部書けよ」

「えぇっ!?」



 静かな怒りを滲ませた低い声が降りかかる。



「そんな無体なっ……」



 大好さんは震える声で慈悲を乞うも、



「今は遊ぶための時間じゃないんだぞ」

「うっ、あぁ……」



 あまりのド正論を前にしては、ただその場に崩れ落ちるしか無かった。



「……はい、じゃあ実行委員会の二人、続き進めていいぞ──」



 結局、踏んだり蹴ったりの大好さんを置いて、細かいところが決められて行く中、トオルはふと景井の方を見る。



「? どうした?」



 すぐ視線に気がついた景井にそう尋ねられたので、



「いや、あの一票もしかしてお前かなって」



 こっそり耳元で確認してみると、



「……ふっ」



 机の影に手を隠しながら、親指を立ててきた。


 どうやら、予想通り景井の優しさであったことを知ったトオルは、



 ──大好さん、真の救世主はちゃんといるよっ……!



 机に伏してすすり泣く彼女が報われる日を思い浮かべ、密かにその幸せを祈るのだった。








 そして、一悶着のような何かがあったHR《ホームルーム》も無事に終わり、それぞれが満足感を胸に帰宅していく最中。



「まあまあ、日誌程度で済んで良かったじゃん」

「そうだよ! 課題とか出されるよりマシだって!」



 相変わらずへこたれている大好さんには、彼女の周りでよく見る二人の女子がついて励まそうとしていた。



「うぅ……私の恋バナ喫茶……」



 だが、彼女にとって大きなダメージだったのは日誌を押し付けられた方ではなく、破れた夢の方であったようで、



「それは、うん……」

「ま、まあ、恋バナなら私たちが聞いてあげるからさ!」



 どうにも効果のある言葉が出てこないようだった。



 ──まあ、こればっかりはな……。



 何となく気になり、自席から観察していたトオルにしても、言うまでもなくお手上げな案件であった。


 かといって、このまま放って帰るというのは、仮にも普段昼休みを共にしている友人の立場としては気分がよろしくない。


 故に、鍵を握っているであろう景井に意見を求めようかと思うも、



「あ、そうだ!」



 その直前に、大好さんの友人が何やら思いついたような声をあげる。



「ほら、もう一票入れてた人いたよ! ヨシコは一人じゃないよ!」



 少しぽっちゃり気味の少女──確か、丸井まるいさんという名前だったはず──がそう声をかけた。


 これに、悪くない判断だと謎の上から目線で見ていたトオルだが、



「どうせ、香澄か翔子が悪戯で入れたんでしょ……」



 当の大好さんには響かなかったようで、すっかりぶぅたれてしまっていた。



「え、私たちでも無いよ」

「あ、サワコっ……!」



 さらにここで、仲のいい彼女たちでさえ入れてなかったという事実まで発覚し、



「ひ、酷すぎるっ……!」

「今のは、ええっと……」



 もはや、にっちもさっちも行かなくなってしまう。


 これを見かねたトオルは冷静に頭を回し、



 ──そうだ。



 ちょうどいい考えが思いついたこともあって、勇気を出して話しかけに行く。



「え?」

「あ、君……」



 すると、ある程度の予測はしていたが、近づいてくるのに勘づいた女子二人から怪訝な目を向けられてしまう。


 しかし、今さら引くこともできなかったトオルは、これも景井のためだと思って口を開き、



「大好さん、それもしかしてなんだけど──」



 彼女の名前を呼んで意識を引きつけると、



「──大好さんのこと好きな男子とかなんじゃないかな?」

「っ!!」



 思い切って、核心を突く言葉を与えてあげた。



「え、き、急にどうしたの日並くんっ……」



 これに、明らかな動揺を見せた大好さんに対し、



「だってほら、あの状況でわざわざ大好さんの案に票を入れたってことは、別の目的があったんじゃないかなって」

「別の、目的……」



 答えを知っている故の圧倒的な自信と説得力を武器に畳みかけ、



「あ、確かに。だとしたらこのクラスにレンのこと好きな人いるかもってことだね」

「なっ……!?」



 同じく様子を窺っていたのだろう友戯が、トオルの意図を汲み取って援軍に駆けつけてくれた。



「あ〜そういうことね。良かったじゃん」

「え、えっ……!?」

「試合に負けて勝負に勝つってやつだね!」

「ま、待ったっ……状況がよく分かんないんだけどっ……」



 どん底からの急展開に大好さんは混乱を極めたのか、本来だったら大喜びするところを余裕もなくあたふたとし続け、



「え……? 私のこと好きな男子がいる……?」



 やがて、僅かな冷静さを取り戻したところで、辺りをキョロキョロと見渡し、



「あ」



 何かに気がついたのか、途端に顔を赤く染め始めた。



「お、誰か心当たりあった感じ?」

「な、ないない!」



 サバサバとした友人女子──澤谷さんにそこを追求された大好さんは柄にもなく慌てふためき、



「へ〜? あ、その顔はあれか、そうだったら良いなーって方か」

「こ、こら香澄っ、それっぽいこと言って誤解を生むのはやめなさいっ……!」



 案の定、これでもかとばかりに攻め立てられていた。


 なんとかいつもの調子でおどけて返そうとはしているものの、



「うわ、ヨシコ真っ赤だね」

「レン……」



 丸井さんには真正面から事実を突きつけられ、裏事情を知っている友戯には温かい目を向けられるばかり。



「隠さなくてもいいじゃん。恋バナしたかったんでしょ?」

「そーそー、学園祭でできない分、今私たちが付き合ってあげるよ!」

「う、ぐぐっ……!」



 そして、落ち込んでいた原因を逆手に取られた大好さんは、汗を滝のごとく流しながら唸ると、



「うんっ、やっぱりお化け屋敷が最高だよねっ……!!」



 宿願であったはずの恋バナ喫茶をあっさりと手放してしまうのだった。

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