第115話 ※作戦会議は、順調です。
外もすっかり暗くなり始めた頃、日並宅にて。
「と、いうわけで……第一回、恋愛相談のコーナー開始ー!」
日並トオルと景井静雄──そして、
「……景井くんってこんなキャラだっけ……?」
新たに一名、友戯遊愛を加えた三人による、秘密の会合が開催されることと相成った。
「ほら、さっきまで色々話してて、テンション上がってるから……」
「ふーん……?」
顔を合わせてすぐの時はやや緊張気味の友戯だったが、予想と雰囲気が違ったのか今は困惑が勝っているようである。
おかげで、お互い変に意識することも無く、要件の方に集中することができそうだった。
「それで、なんだっけ、景井くんの恋愛相談? 私いるの、それ?」
「ああ、もちろん。なんなら友戯にしか頼れないくらいだ」
「そ、そうなんだ……」
まだ詳しいことを話していないため、あまり乗り気では無さそうな彼女だったが、トオルの一言に少し顔を綻ばせる。
「何せ、景井のターゲットはあの大好さんだからな」
「っ!」
そして、勿体ぶらずにそう教えたところで、
「へぇ……」
友戯は驚いたような、感心したような、そんな声をこぼした。
「良いんじゃない? レン、喜ぶと思うよ」
対景井にしては珍しく柔らかいその態度に、トオルは若干の違和感を覚えるも、
「一番そういうのに興味あるのに、いつも上手くいってなかったから……。それに、景井くんのことも多分悪くは思ってないだろうし」
友達である彼女のことを想う気持ちが強いのだろうことが伝わってくると、すぐに納得がいった。
「あれ、でもなんかライバルいるみたいな話じゃ……?」
が、一つ気になることがあったので確認してみると、
「あれはほら、付き合ってるとまではいってないし、景井くんの方が可能性高そうだと思うけど」
「ほ、ほう……」
長い付き合いからくる確信のようなものがあるのか、あっさりと頼りになる一言を告げてくれた。
これには、普段マイペースな景井も期待感が高まってしまったのか、頷く声に喜びの感情が混じっているのが分かる。
「で、どこ好きになったの?」
「え?」
と、どうやら友戯もまた年頃の少女だからか、はたまた仲のいい友人の話題だからか。
彼女らしくもなく、グイグイと景井に詰めていく。
「うーん、なんだろ……」
これに、景井は今さら考える素振りを見せると、
「あれだけ恋バナ好きだけど、いざ自分がって言う時は臆病そうなとことか?」
妙に細かい理由をスラスラと語り始めた。
「後はまあ、シンプルに明るいから一緒にいたら楽しそうだし、付き合ったら凄く喜んでくれそうだし、恋愛好きだからことある事に甘えてくれそうなところとかもかなー」
そのまま、何を躊躇うことなく堂々と供述していく。
──いや、恥ずかしくないのかそれ!?
トオルは思わず心の中でツッコミを入れるが、至って当然のことだろう。
この場にいるのがトオルだけならまだしも、景井からしたらそこそこ距離感のある友戯を前にして、照れの一つも見せずに喋れるのはもはや才能としか言いようがない。
これはドン引きされるのではないかと、慌てて友戯の反応を窺うトオルだったが、
「ああ、うん。レンはそんな感じかもね」
意外にも、大した影響もなく平然と頷きを返していた。
普通、異性に対してはもっと無難な回答をするものだと思うのだが、
「やっぱり景井くん、見る目はあるよね」
「はは、それ褒めてるのー?」
当人たちが特に問題なく会話を続けているせいで、自分の方がおかしいのだろうかと錯覚させられてくる。
──まあ、友戯が気にしてないならいいか……。
結局、正解が見当たらなかったトオルはそういうことにしておき、
「じゃあ、話も盛り上がってきたとこだし、そろそろ本題にいこうっ──」
真なる作戦遂行のために、司会の進行を務めるのだった。
その後しばらくして。
「──と、すまん、俺はそろそろ帰るわー」
大好さん攻略のための作戦会議をそこそこ進めたあたりで、予定通り景井が離脱を図る。
「おう、じゃあまた今度な」
トオルがこれを後押しすると、
「え、あ、うん。またね」
友戯もまた、自然と別れの挨拶を口にした。
その場で待っているよう手で制止しつつ、景井を玄関まで見送りに行き、
「……頑張れよー」
別れ際、景井から小さな声で激励をもらうと、いよいよ、部屋には友戯と二人きりになってしまう。
もちろん、こんなシチュエーション自体は以前にいくらでもあった、なんてことのないものだったが、今回ばかりはそうもいかない。
──ほ、本当にやるのか……。
なぜならこの後、トオルは友戯に対して気を惹くためのアピールを計画だったからだ。
一応、恋愛的などうのについてはあくまで方便であり、主目的は微妙に開いてしまった距離を縮めることにある。
ただ、そうは言っても、一度意識すると変に力が入ってしまうのはやむを得ないことで、
「…………」
「…………」
そんな雰囲気が友戯にも伝わってしまったのか、お互いに何も話さないというおかしな空間が出来上がることになってしまっていた。
──大丈夫だ、落ち着け……。
こうしている間にも、友戯の帰りたいゲージは上がっているに違いない。
そう考えたトオルはゆっくりと呼吸を鎮めつつ、意識を切り替えていく。
──そう、前に友戯がやってきたことと、逆のことをするだけだ。
思い出されるのは、夏休みの少し前から始まった、楽しい一時のこと。
今にして思えば、いつも構ってくれるのは友戯の方ばかりで、自分からスキンシップを図ったことなどほんの数回しか無いことに気がつく。
そうすると、今こうして気まずい空気になっているのも、友戯の愛想が尽きてきているせいかもしれないとさえ思えてきて、
「と、友戯っ」
気がつけば、彼女の目を見つめたまま、その名を口にしていた。
「さっきの話の続き、しないか?」
「え……?」
そして、とうとう行動を起こす決意が確かになったところで、
「ほら、景井を応援する件なんだけどさ。俺たちの方でもっと良い案が出せないか試してみないかなって」
作戦通り、トオルの方から提案を持ちかける。
一見、友達思いからきているそれに、
「別にいいけど……具体的に何の話するの?」
友戯は僅かに視線を逸らしながらも、特に嫌がる様子もなくそう尋ねてきた。
「そうだな……例えばほら、実践的なこととか?」
こうなったらしめたものだと、用意していた言葉をそのまま友戯へと伝え、
「実践?」
「こういうことをしたら喜ぶんじゃないかー、みたいなことはさっき話したけど、実際に現場でやるとなったら勝手が違うかもだろ?」
「それは……うん、そうかも」
疑念を抱かれないよう、細心の注意を払いながら説明をしていく。
「だから、例えば──」
そうして、ある程度の言い訳が完成したところで、トオルはごくりと唾を呑み込むと、
「──こ、こういうのはどうだ?」
「っ!?」
意を決して、一気に友戯との距離を詰めた。
小さな座椅子に座っている友戯のすぐ真横、身体が触れ合いそうなまでの場所に腰を下ろした後、肩に手を回してその目を見つめる。
普段であれば絶対にありえない大胆な行動に、トオルは恥ずかしさで顔が熱くなってくるも、
「ひ、ひなっ……なにしてっ……!?」
実際に攻撃を受けている側の友戯は、おそらくトオル以上に真っ赤な顔で狼狽していた。
──よ、よし、効いてるぞっ……!
視線こそ泳いでいるものの、少なくとも嫌がっている様子ではないことに安堵しつつ、
「ど、どうだ、使えそうか?」
あくまでそういう
「どうって、言われてもっ……」
しかし、友戯からするとそれどころではないのか、未だ困惑した顔で声を震わせるばかり。
「じゃあ、次は──」
時間がかかって冷静になられるのも困るトオルは、さっさと二手目を出すことにし、
「──後ろからこういうの、とか?」
「っ〜〜!!」
今度は背後に回って、その細い身体をギュッと抱きしめてやった。
その柔らかくて温かい感触に、トオルは自分でやっておいて罪悪感を覚えるも、ここまで来たらもう、きっと友戯は喜んでくれていると信じ込むしかない。
「も、もうっ……なんなのこれっ……?」
すると、いつの間に平常心を取り戻したのか、今起きていることが不自然だとばかりに尋ねられてしまう。
「だから、景井に教えるための実践だって」
「っ……だ、だからじゃっ、なくてっ……」
それでも、赤くなった耳と震えている声を信じ、我ながら酷い弁明をしつつ、彼女を逃がさないようしっかりとホールドし続け、
「え──」
次の瞬間、視界が回ったかと思えば、
「──げふっ……!?」
背中に強い衝撃が走り、視界がチカチカと光り始めた。
──な、何が起き……。
突然の事態に動揺を隠せなかったトオルは辺りを見回し、
「あ」
その途中、眉を吊り上げながらこちらを睨む友戯と目が合った時に、ようやく自身の企みが失敗に終わったことを悟ると、
「ひ、日並のばかっ……!」
美少女からかけられたい可愛らしい罵声第一位をその身に受けることとなった。
そして、友戯がそのまま部屋を飛び出すと、トオルが声を発する間もなく玄関扉の閉まる音が鳴り響いてきて、
──話が違うぞッ……景井〜〜ッ!!
やがて、どうしようもない感情に苛まれたトオルは、親指を立てながら他人事のように幸運を祈ってきた男に対し、責任転嫁をせずにはいられないのだった。
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